日本が略奪した事実があったら示して下さい、これは重大な発言です。
日本が略奪した事実があったら示して下さい、これは重大な発言です。
作戦によって与えた損害はこれはほとんど原住民にはないのです。私は知っております。なぜならばフランス軍の正規軍だけをやった。兵営と官術はやられている。ベトナムにはほとんどない。それから先ほど、これは私は軍人として軍の名誉のために弁解しておきますが、あのときおった車は絶対に軍紀は厳正であったということです。そのために一つの例を申し上げましょう。ただ一つあった、略奪したことが。それは武力行使のときに北部国境の要塞を攻撃した三十七師団の大隊の大隊長であった沢野源六少佐、最も有能な将校であったのですが少数の兵力で要塞に入っている多数の仏印軍の武装を解除する一つの手段として、攻撃をやる前の晩に仏印側を宴会に呼んだ。そしてだまして将校を殺したとき
調査できる条件をそろえておる。軍司令官以下健在です。なぜ、それを呼んでほんとうに検討しないのか。
サイゴンに餓死者は出ましたか。
聞いておらない……。
戦争中ベトナム人に精神的苦痛を与えたということは、どういうことですか。
ベトナム人の一番大きな苦痛は、八十年間にわたるフランスのこの統治であります。それを日本というお医者さんが注射をしてフランス病をなおした。(笑声)そうすると、なおった病人が注射が痛かったから賠償を要求する、また、なおした患者から訴えられて、お医者さんが、それは注射が痛かったのはしようがないから、慰謝料を出そうという、そういうばかな医者はおりますか。
餓死者が北部に出た大きな理由はどこにありますか。
もっと大きな原因はあったはずです、御存じないのですか。
根本問題は、十九年と二十年が非常な不作です、雨が多くて。その結果であります。雨が多くて不作の結果まで、日本軍の責任にして賠償を払うのですか。
日本軍が徴発したから餓死者が出たと言われるが、それじゃ根拠を聞くが、仏印にどれくらいの日本軍がいつおったのですか、その総数。
各別によって兵力が逢っているが、各別における給与兵力をお調べになりましたか。何にも調べていないが、ただそう思うのじゃないか。はっきり言いなさい。こんな調べやすいことはないじゃないか。
時期別。何年に幾らおったかということ。
そういうことを調べずに、日本軍が徴発したから餓死者が出たという議論がどうして言える。
外務大臣のこういうずさんな調査の上に賠償金額を決定するという態度を、私は詰め寄るのであります。よろしゅうございますか、これで。もう一ぺんやり直しませんか。
二百億の賠償の、この算定の基準が戦争中に与えた損害なんです。その損害という基礎条件をもっとまじめに、生きている人から開いて、そうしてやらなければ、国民は何のために、どのくらいの損害で二百億取られるかわからぬじゃありませんか。
その調査が国民の目から見るとでたらめであります。その一語に尽きます。まじめに真剣に科学的に、調査された資料じゃない、山かんでやったんだ、それでいいかと言う。
山かんですよ。基礎がないじゃないか、出して下さい。
要するに、この問答を通じて明らかになったことは、政府は十九年の八月二十五日、ドゴールを相手に交戦状態に入ったというこの認定に誤りがある。国民は納得できない。ほんとうは、もし戦争状態に入ったと仮定しても、二十年の三月九日、それ以後じゃないか。そうすると、二十年三月九日以後だと、この与えた損害というものはほとんどゼロになります。多いのは十九年に出ている、天災、不作のために……。そうなりますと、この賠償は根拠がはなはだ不確実であり、いいかげんな資料で、日本の国民にとってはたまらないところの重圧を受けることになるのだ、外務大臣、いいですか、総理大臣どうです、総理大臣……。
私は戦前仏印におった者です。戦争中も仏印におった。戦後も仏印におった。そうして現在司令官以下幕僚みな生きておる。あなた方の資料はどういうのか知らぬが、その資料によっては、いつでも証人をここに呼んで対決できます。これほどずさんな資料はありません。そうして国民には百万死んだとか、百何万死んだとか、日本軍を鬼畜のようにあなた方は言っている。あなたは日本の総理大臣ですよ。これでいいのですか。どうですか。やり直しなさい、調査を。