十億の税金をわれわれが負担をして、国連において日本の主張を通そうとしておる。にもかかわらず、外務大臣は地図に関心が全くないということは、すなわち領土の国際的世論に訴えての解決に熱意がないと見られても文句ない、それを私が言う。政府委員でもよろしい、国連が戦後の世界地図について、どういう地図を発行しているか、あるいはどういう見解を持っているかということを、答えられる人があったらどなたでもいいから答えてもらいたい。
十億の税金をわれわれが負担をして、国連において日本の主張を通そうとしておる。にもかかわらず、外務大臣は地図に関心が全くないということは、すなわち領土の国際的世論に訴えての解決に熱意がないと見られても文句ない、それを私が言う。政府委員でもよろしい、国連が戦後の世界地図について、どういう地図を発行しているか、あるいはどういう見解を持っているかということを、答えられる人があったらどなたでもいいから答えてもらいたい。
これを言うんですよ。藤山さん、岸さんよく聞いて下さい。国連中心外交と言い、国民は十億の税金をやっているんでしょう。そうしてどういうことを国連でやるのであるかこれから注意しよう——今まで注意してなければならぬ。おそらく私が注意しなければ永久に注意しないでしょう、地図なんというものを。私は外務省で調べてもわからず、どこへ聞いてもわからぬから、毎日新聞社にお願いをして、毎日新聞社からこの問題を国連の責任者について調べてもらった。その結果を御参考までに申し上げます。それは国連本部では、現在のところ公式の地図を作っていない。国連には測量部があります。その測量部で世界地図を作成中だ、いつできるかはまだわからない。かりに歯舞、色丹島がこの地図に入
外務省の方に聞きますが、この地図の問題であなた方の先輩で、近代外交に非常な活躍をした事例がありますが、どなたでもいいから御記憶であったらお知らせ願いたい。皆さんの先輩ですよ。——第二ヒントを与えましょう。徳川幕府の末期においていかがですか。——第三ヒント、松平石見守、それでもわからぬですか。——これだからいけない。藤山さんもよく聞いて下さい。文久二年の七月に、徳川幕府の全権特使として、樺太の紛争を解決する使命でロシアに行ったのが松平石見守です。これは行く前にイギリス、フランス、オランダ、アメリカで発行されている世界地図を買った、それを見ると北緯五十度以南が日本領土になっておる、以北がロシアになっておる。ペテルブルグに乗り込むと同時に
それほどおっしゃるなら、われわれの交渉相手のソ連において、どういう地図を使っているか。これは終戦後すぐできた地図です。三枚あります。このソ連の地図をごらんになると、歯舞、色丹まで全部ソ連の色にして、そうして一九四八年にはソ連の憲法をこのために改めているのです。歯舞、色丹も含んで、これらはソ連の一色にしている。それほど徹底している。日本にはどこにもないこの地図をごらんなさい。同じソ連の地図でも、これは北海道の根室の海岸までソ連の色にまっかに塗っております。根室の海岸まで上陸している。これも同様です。これほどこの領土問題の解決には、各国とも自分の主張を大胆に世界に訴えているときに、村上さんのおっしゃったように色だけは塗っている。境をはず
そういうことを考えたときに、私は党派をこえて国民にかわって怒りを覚える。この重大問題は、あなたが全責任を持っておられる。党内派閥の争いで野たれ死にするくらいなら、この問題ではっきり政令を変え、法令を変え、地図を変えて、そうして今日まで怠っておった責任をとっていさぎよくその総理の地位から去られ、総理の地位をかけて国境問題に一つの信頼性を持たしたということが、なお捨て石になる。こう思うが、ほんとうのあなたの良心的な御回答をお願いしまして、私の質問を終わります。
この問題はロッキード問題よりも小さい問題ですけれども、(笑声)筋が通らぬから一言申し上げておく。実は、伊藤委員が先ほどおっしゃったように、二十八国会で官房長をやめるといったときに、私も実は衆議院の内閣委員会でこの審議をした。この修正は、野党から出た修正じゃない。与党の良心からきた修正です、当時行政簡素化という点から。それを逐次一省ずつ小刻みに平衡運動をやって盛り込んできた。良心的なのは法務省だけなんだ。そこで、おそらくこの案が出たのは、大臣の本旨でなくて、隣におる人たちの平衡運動で大臣がなめられた。必要がない。ほんとうは必要はない。この予算が六十一万二千円になっておる。たぶん、これは基本給でありましょう。今の郵便業務の遅滞するのは、
年賀郵便のお手並みを拝見してから再審議しましょう。だめだ、これは出したら。
私はこの委員会はきょうは飛び込みでありますから、過去においていろいろ詳しく論議されたことがあったら、適当に御答弁は省略をしていただいてけっこうであります。 まず最初に、質問の核心に入る前に、藤山外務大臣の外交に対しての根本的な考え方、と申しますことは、二つの中国、二つの朝鮮、二つのベトナムがあります。これを大臣はアジア的な観点から一つにしようとする努力をなさるか、それとも国際共産主義というものは相いれないから、現状のまま力のバランスの上に外交を進めようとされるか、その方針について伺いたい。
では今度の協定で、南北の統一ができないうちに、南だけに賠償を支払う、その結果が南北の対立というものをむしろ激化させるか、それともそれを緩和させるとお考えになるのですか。
では、南北の統一を妨げている最大の原因は、どこにあるとお考えになりますか。
これを妨害している原因は、アメリカのつっかい棒にあるのじゃないか。南に対するアメリカの支援がなくなったならば、南北はどうなるとお考えになりますか。
まさにその通りでありますが、それじゃ南に対するアメリカの支援と北に対するソ連の支援と、たとえば経済的に、軍事的にいずれが比重が大とお考えになっておりますか。
私の知る限りにおきましては、南に対しましては、ほとんどがアメリカの経済的、軍事的援助というものが、南ベトナムの財政の主体をなしておるように考える。しかし、北に対するソ連なり中共なりの影響力というものは、多分に政治的なものであります。思想的なものである。経済的、軍事的な具体的援助というものはきわめて少ない、こういうことを考えますが、いかがでありますか。
それじゃさらにお伺いしますが、ベトナムにおきまして、民族主義と共産主義との関係、これがどこまで協調していけるとお考えになっておりますか。
このベトナム問題を解決なさるときの一番の要点はそこにあるのでありまして、ベトナム革命というものは、ほかの革命と少し本質が違っております。それは、日本軍の進駐によって、まずフランスの政治的軍事的支配を断った。それから終戦後は、フランスがそれを奪回しようとしたことに対して、ホー・チミンの越盟軍が武力でもって、八年間の抗戦の後にフランスの支配を断った。もう一つ残っているものがあります。革命はまだできておらない。何が残っておるかといえば、ベトナム全体を通じての華僑の経済的支配というものが、革命の最後の目標として残されておる。現在はその段階にあるわけです。そうなってくるというと、インドネシアにおいても現われておると同じように、華僑の経済支配を
私は、終戦前と終戦後に分けまして、かなり長くベトナムにおりました。特にベトナム人に接触した一人でありますが、そうして得た印象は、南北を通じて例外なしに、ホー・チミンに対してはこれは百パーセントの信頼です。イデオロギーをこえたいわゆる民族独立の英雄としての信頼が深いのであります。これに対してバオダイであるとか、ゴ・ディン・ジェムという人は、失礼でありますが、ほとんど名前が知られておらない。こういうことから考えてみると、単にホー・チミンを表面上のレッテルだけで赤呼ばわりをして、そうして北は共産圏だからこれは手をつけられない、南は自由主義諸国の一つであるから結ぶというような考え方はあまりにも皮相ではないか、おそらく私の観察では、アメリカの
中絶しなければそれにこしたことはありませんが、私の言うことは、最悪の場合に中絶したならば、民間業者が数年間努力した今日のこの結果を、政府は何らかの形において補償する用意があるかどうか、それを承っているのであります。
先ほどサンフランシスコ条約の問題が出ましたから申し上げますが、この賠償という性格がアメリカの政策によってかなりゆがめられている。最初はポーレー案が出ました。その次にストライク案になっている。それからジョンストン・ドレーパー案になっている。この賠償方式の移り変わりを見ますというと、純賠償という性格が、アメリカの共産圏に対する軍事、外交上の要求に利用されたといったらおかしいけれども、賠償本来の性格がゆがめられて来つつある。そして現在は日本のこれに対する戦争の罪の償いという性格をはずされてしまいまして、アメリカのアジアにおける政策に賠償という名目でもって同一歩調をとらすような傾向が過去の歴史の上において立証されておる。これはそうお考えにな
大臣としてはそれ以上お答えになることはできぬと思います。腹の中じゃお感じになっておっても。これはそこまで追及しません。 それじゃ特別円の問題に移ります。フランス本国との間に契約されておった戦争中の費用、それを決済なさっておられますが、あれは平和進駐の昭和十五年から終戦までのすべての軍費を含んでいるものかどうか。
私の問いに答えていただきたいと思う。それはわかっておる。わかっておるのですが、日本がフランスに渡した金額というものは、平和進駐のときから終戦までの金額を含んでおるかどうか、それを聞いておる。