その日仏間の債権債務関係をいつからいつまでと、この期限があるでしょう。それをどう見ておられるか。
その日仏間の債権債務関係をいつからいつまでと、この期限があるでしょう。それをどう見ておられるか。
そうしますと、結局平和進駐をした昭和十五年から終戦の年までのこの一切の取引関係を清算をした、こう見てよろしゅうございますね。
実際は一九四四年八月二十五日になっておりますか、帳簿の締めくくりは。あるいは終戦のときになっておりますか。
そうなりますというと、あなた方が開戦の期日というものは昭和十九年の八月二十五日である、それまでは平和進駐である、それからあとは交戦になったとしつこく説明しております。これは間違っておるのですか、実体は。理屈からいえば、少なくともフランスへ返す分は、昭和十九年の八月二十五日までの分を返すべきであって、それからあとは交戦をして被害を与えた現地に賠償の形式で返すのが建前じゃありませんか。
そうすると、あなた方がフランスの主張に押しまくられて、理屈はないのだが、負けたからといって押しまくられて、払わぬでもいいものをフランス本国に払った。少なくとも十三億から六億を引いた七億というものはそうなりますね。十九年の八月二十五日までのその帳じりが、あなたの説によると六億だった、そしてほんとうに払ったのは十三億だとおっしゃる、それでよろしゅうございますか。
フランスのピアストルを現地で使ったが、フランスの本国から物を買った例はない。フランスのピアストルを使って現地の物資を買い、現地の労力を徴用しておるのですから、金はフランスの貨幣を使ったが、与えた影響というものは現地に残しておる。その現地に残された損害と苦痛に対して払うのが賠償であります。従いまして、この本質からいいますというと、金塊を三十三トン返し、その他特別円の処理をしたことは、フランス本国に支払ったことは根本的な間違い、いかがでありますか、外務大臣。
ただいまの答弁でちょっとふに落ちぬのは、フランスがベトナムとの間にどう処理するかは別な問題だとおっしゃるが、この協定をやったときにはベトナムは独立しておるじゃありませんか、フランスという国と。いかがでありますか、フランスの支配下になかった。
理屈じゃそういうふうに逃げられますが、このことがいわゆる沈船引揚協定で二百二十五万ドルというごく少額で一応決定しかかったものを破棄されて、そして今日のように二百億近い金をベトナム政府から開き直って要求された大きな動機になっておる。それは大臣どうお考えになりまりか。
なくなった重光外務大臣がこの点は非常に反対をされた。それを岸さんになって気前よく払ってしまった。それが今日二百二十五万ドルでいいやつを、二百億払わなければならぬ大きな原因になっておる。これは岸外交の一大汚点です。あまりに軽率だったとお考えになりませんか。われわれは戦争をしたけれども、フランスの本国に対しては何一つ損害を与えておらない。いわゆる特別円で決済されたすべてのものは直接間接ベトナムの現地から吸い上げた、その本質をわきまえずに、岸外務大臣の時代に重光さんが反対したという経緯を知りながらやってしまったことに、今日の禍根があると率直にお考えになりませんか。
大臣は正直な方だと思っておったが、今の御答弁は納得できませんね。三十三トンの金塊とあの金をベトナムにやっておったならば、おそらく今日のような賠償問題はベトナムからは要求されておりません。フランスに対しては本国に損害を与えたことはないのです、われわれは。いかがでありますか。
これは藤山外務大臣がおやりになったことではない。岸大臣の責任でありますから、藤山さんの立場ではそれ以上お答えになることはできぬだろうと思うが、特別に経済人であるあなたは、今の御答弁に対してはおそらく良心的に納得できないものがあるだろう。それ以上は追求いたしませんが、この問題の処理に見のがすことができない大きなミスを犯しておる。だれでもよろしいからお答え願いたいが、南ベトナム、ベトナムから昭和十九年から二十年にわたって日本の軍費として仏印総督に要求した貨幣はどのくらいになりますか。先ほど調査をお願いしておいたが。
これの軍費はどういうふうに使われたとお考えになっておりますか、軍費の内容です。ごく大ざっぱで。
そうじゃなしに、この貨幣のおそらく半分以上は現地におった八方ないし十万の兵隊の俸給に支払われておる、人件費であります、平和進駐をやっておる。ほかの地区においては軍票を使っておるが、この地区ではフランスの貨幣でもって俸給を渡しておる。それを兵隊がフランスの銀行に預けておった、仏印の。そして終戦と同時にその仏印の銀行から預金の全額を引き出して、そして帰ろうとするときに大事件が起こっておる。そのことについて御調査なさった方がありましたら、どなたでも御答弁を願いたい。
ですから、そこに大きなあやまちを犯しておるというのです。今から読み上げるのはその当時の実情の手記でございます。これを御参考までに大臣に申し上げておく。「昭和二十年八月二十日頃より「サイゴン」飛行場及びプノンペン飛行場に仏軍進駐先遣隊が空中より逐次到着「カンボチャ」全地区及び南部ベトナム地区に駐屯していた日本軍人及び軍属は逐次「西貢」飛行場を中心とする周辺に集結を命ぜられ、八月二十八日頃概ね集結を完了したが再度連合軍命令により「サンジャック」を最終集結地と指定、九月十日前後該地に移動終結完了、当時の集結人員は、陸軍軍人軍属総計約五万」これはサイゴン周辺サンジャックにかけて五万です。「日本軍集結地の駐屯司令官は長久少将」これは私はよく知
別の問題というのはおかしい。戦争に負けても、固有の個人の財産というものは取り上げられない。これはれっきとしたものを取り上げておる、受領証まで出して。これを不問に付して、そうして向こうの帳尻だけ払うということはないはずです。もしこれを切り離すならば、あらためて再調査して、その受領証のある者にフランスの本国から返還させるかどうか、その処置をおとりになるかどうか、あるいは二百億のその賠償金額を是正されるかどうか。これをはっきりお答え願いたい。
それではよく研究して、次の機会にその御返事をお待ちします。とにかく国から払った月給ですから、国家が。それを、個人の財産を召し上げられておる、それを国も補償せず、また賠償にも考慮に入れないということは、非常な片手落だと私は思う。観念で議論しておるのではないのですから、この席上で御返答は無理でしょうから、よく御研究なさった上で、次回に御返答いただくようにしたいと思います。
これは私どもの計算で、正確なものではございませんが、大体五万人の者が一人平均二千ピアストル取られたとして一億ピアストルになります。そうしますと、これを今日の金に直しますというと、五百億円、これは国家のものならばいざ知らず、国が国民に払った俸給です。もし請求権を放棄するというならば、国が、その私有財産の没収された者に対して補償するというのが当然です。そういうことについて、この次の機会までに書類をもって御返答願いたい。 これで私の質問を終わります。
時間がないのでなるべく重複を避けて新しい資料に基づいて二、三お伺いします。 防衛庁がきょうの新聞で御発表になった「ロッキード問答」というこの資料、新聞には要旨しか出ておりませんが、この内容には赤城長官は責任をお持ちになりますか。
どういうことかとおっしゃるのですが、そうじゃない。防衛庁がお作りになったならこの内容には誤りないという一つの自信がおありかどうかということを言っておるわけです。
もし誤ったら、誤りがあったら、ロッキードの白紙還元、少なくとも決定を延ばしますか。