率直に言って、政調会の意見にも大蔵省の意見にも、どちらに賛成であるということを言うべき時期にまだきてないということです。
率直に言って、政調会の意見にも大蔵省の意見にも、どちらに賛成であるということを言うべき時期にまだきてないということです。
郵便貯金をよけいに集めるというためには、金利を上げるということのほうがいいということはわかるのですけれども、それが郵便貯金だけ金利を上げて、ほかのほうの金利が上がらなければ、これは郵便貯金に金が集まってくることは事実です。そうかといって、そういうことはできないので、銀行預金の利子も当然そうなれば上がってくるでありましょうし、そうなった場合には、預金金利全体の引きあげということが、現在の日本の金融情勢についてどういう影響を及ぼしてくるかということを考えなければならない立場でありまして、そういう趣旨でございますので、私は、今金利を上げるべきかどうかということは、日本の預金金利一般について、郵便貯金ばかりでなしに、預金金利一般について議論
言葉が非常にむずかしくて、正しいというような言葉がどういう趣旨でおっしゃるのか——現状が一つあるわけです。現在の預金金利の現状というものはあるわけですが、この預金金利の現状を変更することがいいかどうかということについては、現在のところ、私としては意見を表明すべき段階でない、そういうことですから、結局現在の段階においては現状維持でいいんじゃないか、こういうふうに考えておると、結果的にはそうなるわけですけれども、正しいという、積極的にそれを支持しておるというのとはやや違う、こういうことです。
かりに税法との関係がなしでというところがむずかしいところなんで、要するに税法の関係がなしに、無税でありますから、他の銀行との競争関係が出てくるので、それで、他の銀行と、金融機関が抵抗をするということでむずかしいところが出てくるわけですから、まあ無税であるという特権を放棄してしまえば、これはもう制限額を幾らにしても、ちっとも差しつかえないわけですけれども、無税であるという特権は、これはぜひ維持したいと考えますので、そこのところの間をうまく縫っていこうと、こういう考え方です。
現在のところでは、預金部が私のほうによこします利子というものは、そういっては言葉が悪いのですが、生きぬよう、死なぬようという、ちょうどそういうところに押えられてきているのではないかと思う。したがって、現在は六分五厘でございますけれども、これで赤が出るようになったら、それでは六分七厘とか、六分五厘五毛とか、六分六厘とかいうようなことで、大蔵省は抑えてくるというようなことに、だんだんになっていくのではないかと思うのですが、したがって、郵便貯金というものは経営が赤であって、それを郵便のほうから補てんしなければならないというようなことには、私はすべきではない、大蔵省もそこはわかるだろうと思うのです。しかし、そういう事柄ばかりではなしに、せっ
ただいまのお話、よく了承をいたしました。一々ごもっともだと思いますので、御趣旨に沿うように努力いたします。
過去のいろいろな経験を聞いてみまして、結局消化の悪いのは、手数料といいますか、簡易郵便局の手数料というようなものが著しく低くて、やっても引き合わないからそういうことになっておるのだというふうに考えたものですから、ことしは特にお願いしまして、手数料を倍にしました。これを倍にしたということを一つのてこの支点にして、昭和三十七年度は大いに推進しようと考えて、その気持を現わすために八百局という、もう一つ拡大した目標を掲げてやってみよう、こういう次第でございます。
上林山先生のだんだんの御意見、お話が胸にこたえるところもあります。よく一つ勉強をいたしますが、当面のところは、もう少し待遇改善の幅も広くしたいと実は考えましたけれども、大蔵省というタイト・スカートをはいた足幅の非常に広くない役所を相手にいたしまして、とうとうこの限度でとどまってしまったことは、まことに申しわけございませんけれども、このところでもう一段の努力をしてみたいと思います。
私は、特定郵便局長というものが非常に大事な位置だと思います。信用は、もちろんなければなりません。同時に、ことに大事だと思いますのは、管理者としての識見と能力を備えているということが大事だと思います。そういうようなことから考えまして、ただ単純に保守党の先生が御推薦になるから、それをそのままとろうというふうにも考えませんし、全逓のといいますか、組合側の推薦者だからこれをとる、こういうふうにも考えないで、明鏡止水、ほんとうに局長の本質に一番いいという人を選ぶように、そういう見識を持って考えるように、地方郵政局長、監察局長に申しております。
私はさっき上林山先生が言われた通り、その比率でものを考えて、それで大体計算といいますか、ものさしでこうやるべき筋のものではなくて、特定局というのは、具体的な、地理的な位置があるのですから、その地理的な位置、その地域社会における実情の考慮ということが大事だと思うのです。ですから、比率はどういうふうに考えているかと言われますと、全然比率は考えておりませんで、部外者であろうと部内者であろうと、先ほど申しましたように、一番適当な人を探す、こういう立場が一番いいのじゃないか、それをなまじっか大体部内者がどのくらいあるから今度は部外者をどのくらいにしなければならぬというふうに考えてくると、そこに曲がってくるのじゃないか、これは抽象的でありますけ
さっき私が答弁しますときに、実は非常に言葉に気をつけて申しまして、事務的な知識があるとか、ないとかという、事務という言葉は、一言も申しておりません。私は、管理者としての識見と能力、こういう言葉を使いました。その点で御了解を願います。
特定郵便局長の人選につきましては、先ほど申しましたような標準で考えまして、その間に原則は部内者をもって優先し、部内者のないときに限って部外者を求めるという考えではございません。
私から御答弁いたしますが、郵政省の中で一番自由民主党から影響を受けるとすれば私なんですけれども、私自身が、今回の処分なり、あるいは上林山さんの言われた郵袋誤送事件等のことについて、そういうものの調査については、決して自民党に気がねをしたりなんかはいたしておりませんから、先ほどおっしゃいましたような、すべてのことが何か自民党に気がねしつつあるのじゃなかろうかというようなことは、言葉は悪いけれども、思い過ごしというか、思い過ごしという言葉では足りないで、邪推ですから、そのお考え方はやめになって、明鏡水の境地から、一つ御質問を願いたいと思います。
きわめて重要な、ものの事柄の本質に触れる御質問でございまして、私ここで簡単に答弁をすると、いろいろ言葉の上で問題があるんじゃないかと思います。ただ率直に言いますと、今原先年のお言葉の中に、当局者、われわれの方は親だからと、こういうお言葉だったのですけれども、私は全く管理者と従業者との関係が親子のごとき関係であることを期待して、そういう関係ができておれば事態というものはもうよほど違うんじゃないか。私はきょうのお話で非常にうれしかったのは、当局者だから、親だからと、こういうことなんですけれども、今までみんな敵、敵と言われて、当局者を親と言った人、従業者はないのです。それを今のお話で親という言葉が出てきて、私は非常にある感慨を覚えるもので
現在の放送法は、一ぺん免許を出してしまいますと、具体的に役所が監督するような施設にはなっていないようでございます。そういうような関係で、いわゆる三年間に一ぺんずつの再免許という問題が考えられているのだと思いますが、したがいまして、番組の内容につきましても、具体的に政府としては指示しあるいは監督をするという方法はございません。また、そういうような道が開けてないことのほうが、かえっていいのかもしれないとも思う節もあるのでありますが、ただ私は、機会のあるたびに、電波法、放送法の電波、放送は、社会公共の福祉のために使われなければならないというあの趣旨についての注意を喚起することに努めておる次第でございます。
再免許を番組の内容が適当でないからという理由だけでこれを拒否し得ることになるのかどうか、私は法律的に考えると若干疑問が実はございます。けれども再免許の機会には、非常に厳粛にその点についての調査を行ないまして、そうして先方から、何と申しますか、十分、番組の編成については注意をするというような言質をとることに努力もするし、可能なる限界における最大の処置をとっているつもりでございます。最近三年間の免許が満了して、再免許の時期が参りますが、すべて大臣室で直接に大臣、次官、幹部立ち会いで、その点についての十分な審査をいたしておりますので、効果は相当に上がっているように思います。
教育専門のチャンネルを使わしております放送局が、番組の編成上その申請したとおりの比率というものが守られておるかどうか。これは見方によりまして、なかなかむずかしいと思うのでございますが、従来はずいぶん無理をした解釈をしなければ、その比率は守られてないといったほうが早道のような状況であったことも事実でありますが、再免許後におきましては、相当改善されたように私たちは考えております。具体的に、たとえばこういうような番組というものは、少なくとも教育にプラスにならないで、逆にマイナスになるようなことが多いのじゃないかということを指摘しました番組は、当該局において自発的にこれを取りやめたりしておる事例もございますので、相当の効果が出ているように私
現在の法律におきましては、そういうことの検閲といっちゃ語弊があるのかもしれませんが、検閲的なにおいがあるといわれるようなことは、できないというような建前をとっております。それで、まあ私は今、山田先生のおっしゃる何らかの形において、検閲というようなことでなしに、何かそこにやはり公共の福祉というものを代表する立場において、何と申しますか、監視するような仕組というものが必要じゃないかという感じも実はしないわけではありません。したがって、そういうような問題については、今度できまする放送法等の法律の改正に関する調査会——二年間の時限立法で国会にお願いしておりますが——こういうようなところで一ぺん取り上げてみるべき問題の一つだとは思っております
一つの波を一つの放送局に免許をいたしますのに、一種の権利の設定だから、そのときに権利金のようなものを取ったらいいのじゃないかとか、あるいは税金はどうするとかと、いろんな問題、いろいろ議論があることを知っておりますが、やはりそういうような問題も——何でもかんでもみんな例の放送調査会のほうに逃げ込むような答弁をして相済みませんけれども——すべてこの調査会に研究をしてもらうことにしたらどうか。私個人は、免許料を取って権利を設定するようなことにすることは必ずしも賛成ではありません。今のお話、手数料と申しますか、それが安過ぎるかどうかということについては、さらに研究をいたします。
現在内閣委員会に郵政省設置法の改正をお願いしておる。その中にこの調査会を設置するということ、四月から設置されるということになっております。