野
野崎陽之輔
東京拘置所医務課長
1948-05-22
参議院・司法委員会
八月二十二日でございますか、さあ日にちが‥‥。
AI要約は Premium 機能ですプランを見る →
八月二十二日でございますか、さあ日にちが‥‥。
そういうことになると、記憶がはつきりないのでございますけれども。
六日でございますか、五日でございますか。
さようでございますか。
その病況書のことは、私ちよつと記憶が、病況書を見てからでないとはつきり分りません。
多分そのときには大分衰弱が増して來たのじやないかというふうに考えておりましたですが。
病況書にある程度で、病況書に書いた程度には申しております。
さあ、そういう電話は‥‥。
そのことは、はつきり私記憶にございませんですけれども。その病況書以外にそれ程に言つたようには私記憶ございませんですが。大体病況書の通りに申上げたと思います。
言つてないように思いますが。
これははつきり記憶はしませんが。
それ程のことには言つたように思つておりませんけれども‥‥。
私、判事さんの名前やその日にちのことがよく分らないのですか‥‥。
それは幾日頃ですか。
ああそうですか。それは出る日か前の日ぐらいのことですか。
多分、確か尾津が保釈で出る、こういうようなことをおつしやつておられたように思うのですが‥‥。それで、もう一遍病況書を出して呉れとおつしやつて、そのとき又病況書を書いてお渡ししたように思うのですがね。
そのときは私は九月五日頃出しておりますから、別に特別の病状は書きませんでした、ただ‥‥。
それは詳しく私共一遍前に出ておりますから、詳しく書く必要はないと思つて書いてお渡ししたのです。
病院までも指定したという話を‥‥。
もう一遍診断書を出して呉れとおつしやつて、それで、そのときに書いてお渡したのです。