まさに僕の持っている大蔵省から来ている資料もそれを裏づけているんですけれども、加入者数の伸び悩みというか横ばいというか、それはいろんな分析ができるとは思うんですが、大企業は確かに多い。しかし、中から下はなかなか数がふえていかないんだが、結局これは財形の欠陥みたいなもので、金融機関との契約を企業がしてくれていないというか、その辺に原因があるの。それとも給料そのものがレベルが低いからとか、どっちなんでしょうね。
まさに僕の持っている大蔵省から来ている資料もそれを裏づけているんですけれども、加入者数の伸び悩みというか横ばいというか、それはいろんな分析ができるとは思うんですが、大企業は確かに多い。しかし、中から下はなかなか数がふえていかないんだが、結局これは財形の欠陥みたいなもので、金融機関との契約を企業がしてくれていないというか、その辺に原因があるの。それとも給料そのものがレベルが低いからとか、どっちなんでしょうね。
まさに普及がはかばかしくないのはいろいろ複合的な理由が考えられると思いますから、それをもって今後財形がどうあるべきかはなかなか安易な結論は出せないんですが、一つ考えるのは、ほんのちょっとですけれども枠が拡大された、この枠拡大ということの効果というのはきっちりと出ていますか。それとも余り出ていませんでしたか。
これは老人マル優を五十万円上げたときに財形も一緒になったんだけれども、これはちょっと拡大するのはどうかなという気がしていたから僕は反対だったんだ。そしたら哀れなお年寄りを優遇とか、哀れな年寄りがそんな一千万からの貯金を持っているわけないだろうというようなことを言っていたぐらいなんですが、サラリーマンにとってはこれが効果があるかどうかちょっと知りたかったんですが、まあそれはもうちょっと先ということですから。 ところで、今までの話だけでも僕が感じるのは、この財形は創設から一時はすごい勢いで伸びだし、また役に立ったんだけれども、どうも利用する人たちのニーズが一巡しちゃっているんじゃないかと。これからはいろいろ普及に努めても伸びていく要
じゃ、中小企業への普及をもう少し頑張ってやってもらいましょう。やはりこれは住宅と年金については非常にいい制度ではあるんですけれども、二十年もたっちゃったから、何となくもう一巡したかなと思っているんで、一応さらなる普及を望んでおきますね。 今、たまたま話が出ましたけれども、マル優ですね、マル優というとどうしてもマル老というふうになってきて老人マル優の話になりますが、これどうなんでしょう、五十万ずつ上げるときに、僕は余り積極的じゃなかったんだけれども、そのときにやはり基本的にお年寄りは気の毒で弱者であってというような発想がかなりあったですよ。それがいい悪いは別として、この老人マル優も減収額が大きいからね。 そこで聞きますが、今い
今のは興味ある数字ですが、そしてもう一つは、いわゆる貯蓄からくる利子部分ですね、配当も入るかもしれないけれども、利子配当が生活費全体に占める割合というのはどのくらいなのか、つまり利子をどれぐらい当てにした生活が設計されているのか、それはどうですか。
確かに、高齢者の貯蓄が年々ふえている。それだけ一部のお年寄りは裕福になったということなんだよね。今の局長の答え、高齢者世帯の所得の種類別で年金、恩給が半分、これはいいことで、となると今の利子配当部分というのが生活費全体に占めるウエートが思ったより低いということが感じられるんだね。 僕がいろいろ聞いてみると、高金利のとき一番はっきりしていたんだけれども、やはり利息の非課税というのはすごいありがたい、遊べるお金なんですね、生活費じゃなくて。これはいいことだと当時は思った。海外旅行に行くのにも利息が減っちゃうと当てが外れちゃうとかいろんなことを言っていたんで、それはそれで、お年寄りがレジャーのお金がそういう利息で賄えるというのは悪いこ
問題はそういうことなんですが、具体的にいかないとやっぱりだめだと思うんで、これからは大臣の考えも聞きたいところなんです。 年金も優遇してある、貯蓄にも優遇がある、その他の所得に対する諸控除もいろんな点で優遇がある、というようなことで高齢者優遇というのが税制改正の柱であった時代がずっと続いたんですけれども、高齢者の中の同一世代内にも相当な開きが出てきた、暮らしぶりなり資産状況、所得にも。同時に今度は若い人との世代間の、つまり年金で言うならば保険料を掛ける世代ともらう世代との世代間の髪もかなり広がってきた。いろいろなデータを参考にしても、お年寄りを全部一色で、弱者あるいはお気の毒だから優遇という時代はもう完全に過ぎたと、そう思います
税制だけじゃありませんが、まさに高齢者優遇ということを金科玉条のようにして改正をしてきたという経過はもう既に役割を終わったわけで、これから始まる時代は、高齢者を支える世代に対して余りにも過酷な負担があってはいけないわけですから、その場合にじゃどうするかといったらば、やはり高齢者にも応分の負担をいろんな面でしていただくと。ただし、そういう憎まれることをやるのはみんな嫌ですからね、嫌だけれども、それをやるべき時期に来たんだということですよ。 そうすると、毎年の税制改正の手直しのような作業は、租特ならなおそうですけれども、既得権というものがありますから一年ごとでは大胆な改正はできないから、やはりもう三年、五年ぐらいの期間の中でやるんだ
御質問したいことは円高あるいは今の政府系の金融機関とかありますが、きのうの証人喚問のきょうですから、例の東京共同銀行の方から入っていきたいと思います。 これは、これまでの質疑にもありましたが、破綻した二つの信用組合を倒産させてペイオフにするべきかどうだったか、この辺は非常に難しいというよりも、だれも結果論は言えても事前に正しい判断というような適切な判断はできないような非常に難しいことで、それはよくわかっているんですが、問題は、ペイオフをさせた場合に金融秩序が乱れて信用不安が起こるかどうか、この判断の基礎になる情報などがあるかないか、ここが一番大事だと思うんですね。 そこで銀行局長にお伺いしますが、民間の金融機関に協力を求めた
つまり、銀行界の代表に今回の仕組みの説明をそういう資料をつけて三十分くらいやったと。それはいいんですが、そうすると、この乱脈をきわめた二つの信用組合、つまりこの金融機関の経営内容などを具体的な資料で説明する、いわゆる情報開示に近い、そういうことはしていないんですか。
我々を含め一般国民すべてが今回大蔵省と日銀のつくったシナリオを無理からぬことと思う半面、やはりいろんな疑問があって反発もあるというのは、やはりこの情報が十分でないと。それから国民に対しても全く説明がないという、これは簡単に説明できるような性格のものとは言えませんけれども、いずれにしても、上から決めてそれを金融秩序の維持という大義名分だけで押しつけてくるという、これがやはりもう時代おくれというか、大蔵省のおこりというか、そんな気がするんですね。 大臣もそうなんだけど、ペイオフしたらどうかといっても、五%の可能性でもあればできないと。それはそのとおりですよ。しかし、これを教材にして今後と言うと、国民は非常にばかにされているというか国
今回のことで大蔵省もきっと勉強したし、国民も非常にいろいろないい知識を得る方向へ進むプラスは当然あると思います。 大蔵大臣に聞きますけれども、やはり今回の問題で一番のポイントは、公的資金を使うということの是非を議論する、あるいは話題と言ってもいいんですけれども、それすらも全然なかったわけですね、結論が出てからそれがどっと吹き出したわけですから。ですからこういうルールが、例えば民間金融機関だけで救うという救済シナリオだったらともかく、今回は東京都のお金も含めて公的資金、この是非を議論もしないで、させないで決めちゃったと。これが今から思えばまずいと思うんで、大臣も東京都がああいう反乱を起こすということは予想しなかったでしょう。直前ま
大臣のお答えも、半分は理屈ではそのとおりでわかるんですね。でも、感情的な問題も絡めると、やっぱり半分はどうもという気もしないでもないから、これからは今回のことをあらゆる角度からチェックしていい教訓にすべきだとは思いますよ。 大蔵省の方にも聞きますけれども、どうも二信組の預金が現在半分以上も流出しているんだという話も聞くんですが、この事態も、どうだったんですか、大蔵省のシナリオへの反発というか予想外の、つまり見通しが甘くて誤算だったんじゃないかという気がするが、これについてはどういうふうに考えていたんですか。
この一連の質疑を前から聞いていてもなかなか納得できないところもあるんですが、これは難しいから余り細かいことは言いませんけれども、少なくもさっきのプロセス、時系列的に志苫委員の質問に答えた東京都と大蔵省の検査、監督の数年間にわたるいきさつ、それを聞いてもやはりこれは手おくれになってしまったというか、見通しが甘いというか、そんな印象も受けるんです。 ここはどうなんですか、このスキームをつくってこれで共同銀行を発足させる。それはいいとしても、東京都、同時に大蔵省の監督責任というのはこれで済んだとすべきなのか、それともこれがまだ残っているというふうに考えるのか、それはどういうふうに思っていらっしゃいますか。
そういう基本的な責任のほかに、こういう事態を招いてしまった責任のとり方はどうなるか。これは大蔵大臣の方がいいんですよね。
ですから、考え方が間違っているかどうかについてはなかなか微妙で、私もそんなに断定しては言えないんだけれども、さっきの検査状況、そういういきさつを聞いてみると、もっと早く手は打てるし見通しが随分甘いな、そういう監督責任はあるのかないのか、あるんじゃないのかと、こう聞いているわけですから。
これは水かけ論みたいになりますから、責任問題なんて余り言いたくはないんですけれども、大蔵省が今回の結論を出すに至った経過がまだまだ不透明なところが多いから、結論は正しいように聞こえるけれども、そのプロセスをいろいろ考えると、そのあたりが国民感情からしても、あるいは私からしてもどうしても色眼鏡でいろいろ見てしまう。その最たるものが、きのうもちょっと出たけれども、大蔵官僚と例の人物との交遊というか、そういうところにつながってきたりする。そういういろいろな問題が絡まり合っているので、正論だけ大臣お答えになっても、それはそのとおりだが、すべてよかったというわけにはいかないというのが国民感情のいろいろな反発であり不満だと思うんです。 ちょ
つまり、大臣に下からの報告が正しく伝わっていないということになって、大臣は香港の話を知らないから節度を越えていない交際、こういうふうにお答えなさったわけですよね。 そこがちょっと不思議なのは、あれは有名な話で、週刊誌を信じてやるという程度の話じゃないんですね。だから、大臣が大蔵官僚の下からの報告をうのみにしちゃうというのもちょっとうかつというか、甘いというか、部下をかばい過ぎというか、ちょっと変に聞こえることは聞こえますよ。たくさん知っていますよ。でもそんな私的なことをばらす気はありませんけれども、もうちょっと大臣がそのときに神経質であったらよかったと思いますね。 さてそこで、きのうの証言が出てきた。今度はちょっと度を越して
通常、業者とそういうことをやればもう役人の癒着で、直接何か頼まれる頼まれないでなくて、そういう関係自体があるまじきことだというふうにとりますよね。そこへこの問題が出てきたからなおなんですけれどもね。 ちょっと聞きますけれども、大臣が報告を受けた実情は、これは新聞で読んだのでそれを確かめるんですよ、大臣のお答えがどうか。何か香港までは一緒に行ったけれどもあとは別行動だったと、飛行機で香港までは一緒、あとは別行動だと、こういう説明を本人にかわって大臣がなさっているようだが、それはどうなんですか。
それは個人の行動ですから、特に休暇の話ですから、余りいろいろ言うのはよくないと思います。だけれども、そういう今の大臣の、つまり本人の代弁が、今この事態では一般の人には子供だましの釈明として映って、臭い物にふたをしているんじゃないかという印象になってしまうんですね。そうでしょう。 だから、大臣としてはやっぱりもうちょっと毅然たるコメントの方がいいなと僕は思いますよ。でも、香港で何をしたかとか、はっきり言って一緒に遊びに行ったんですよ、簡単に言えば。ですけれども、それは別として、そういう親密な関係であるということがやはりこれは癒着の証明であって、そして、具体的にこの問題は頼まれていないって、多分頼まれていないでしょう。でも、情報はさ