私は三十一日には、よく記憶しませんが一緒に参つたかもしれませんが、あるいは先に行つたかもしれません。そこははつきりいたしませんが、紹介をしたことだけよく覚えております。一緒に委員会から同道しましたか、あるいは向うでお会いしましたか、私ははつきりいたしませんが、とにかくザイビユラ少佐に御紹介したことだけははつきり覚えております。
私は三十一日には、よく記憶しませんが一緒に参つたかもしれませんが、あるいは先に行つたかもしれません。そこははつきりいたしませんが、紹介をしたことだけよく覚えております。一緒に委員会から同道しましたか、あるいは向うでお会いしましたか、私ははつきりいたしませんが、とにかくザイビユラ少佐に御紹介したことだけははつきり覚えております。
話の内容はきわめて簡單でありまして、こういう廣い大きな事務所で、向うのすみの方にザイビユラ少佐と、当時のサーヴエーランス・ブランチのほかの人が二人ばかりおりましたが、ザイビユラ少佐に対して、日野原氏とほかの重役の方が三人か四人おられて、それから市村さんがおいでになつたと思いますが、日野原氏を紹介し、それからその名前をその当人から言つていただいて、この方はだれだれ、この方はだれだれ、そういうふうに紹介いたしました。最後に市村さんを御紹介いたしました。
私最近の新聞や何かで見ましたので思い出しましたが、そのときに市村さんはオールド・デイレクターとか言つて私が紹介をしたということを新聞に書いておられるのを拝見いたしまして、なお記憶を新たにしたわけであります。私が紹介しました言葉をよく考えてみますと、まずきわめて簡單でありまして、昭和電工の総合で選任された新重役陣を御紹村する、そしてミスター市村のところに参りまして、ミスター・イチムラ・ヒー・イズ・アン・オールド・デイレクター、この方は前から昭和電工におられる方、新しいぽつと出の重役でなくて、経驗のある方というような意味でアン・オールド・デイレクターと申しました。それからアン・オールド・デイレクターと言つたから、何だかへんにオールドとか
やりました。
ちようどその通訳をやつたというのは、四月三日は日本側は休みでありました。日本側は祭日でありましても、司令部は働いております。それで私は非常に忙しく、ほとんど一人で朝から晩までかけずりまわつておりますので、日本側の休みのときに司令部があいておりますので、今までたまつた仕事などはゆつくり話せますし、片づきますから、よく日本側が休みのときには司令部に行つております。四月三日もちようどその通りでございまして、その大きな部屋でほかの人たちと話をしておりましたところが、ひよつと日野原氏が入つて來られて、私もやあとあいさつをかわしました。それから、今日はどうしてこちらへいらつしやつたのですか。なかなか休みの日には日本人もありま司令部には行かないも
そのときにきめたのではなくて、そうだと言つて日野原氏の方が紹介したのであります。その役名をきめたというのは日野原氏がこれはだれだれです。これは何々だと言つて紹介したのであつて、ヘンダーソンも知るはずがありませんし、私も存じませんので、ただそれは日野原氏がこうこういう人はこういう役だと言つたのであります。
金をもらつたことは一度もありません。また持つて來たこともありません。品物は酒二、三本、二、三回です。それから牛肉を少し私の祕書と寄宿をしておりました世田ケ谷のうちに持つて來たことがあります。それからほかに何かないかと今度は新聞でやかましくなつたので、私は今そこにおりませんものですから、一應確かめに行つて見ましたところが、当人たちはそれくらいのものだ、ほかには覚えておらぬという返事でありました。その当時は物をもらうということはいけないからと、いずれにしてもお断りするように私の寄宿先には言つておりましたが、その牛肉を持つて來たときなどは、お断りをしたにもかかわらず、ほうり出して逃げて帰るようなかつこうで持つて來たそうであります。それから
福島縣の方へは行つたことはございません。
一ぺんも行つたことはありません。私はまだ飯坂温泉も東山温泉もどこにあるか知りません。
私が交換船でアメリカから帰りまして、海軍省で外務省のニユース・プリンテイング等を飜訳するのに人がいるから、ひまのときに手傳つてくれんかというお話がありまして、運軍省の依頼によつて、イギリス版のニユース等を日本語に飜訳いたしましたが、別に辞令もいただきませず、宣誓もいたしておりませんので、嘱託という役名になりますかどうか知りませんが、いずれにしてもそういう仕事はいたしておりました。その時期は終戰前までだと思います。
確かめませんでした。
いや、そうではありません。私といたしましては、栗栖氏がそのリストを持つて参りましたときには、復金に対する司令部の命令であつて、しかも大債権者の復金、大きな融資をしております復金が、その人選の衝に当つたことは、むしろ適当ではないかというふうに考えておりました。
それは経理担当の重役を入れるぐらいではどうかというようなお話をいたしまして、それではいけないということになつたので、笹山委員長に私どもは依頼をして二宮氏、栗栖氏なんかと相談に乘られるようになつたのであります。もちろん人事は重大ではありますが、その人選につきましては復金が責任をもつておるのでありまして、私どもといたしましては復金の推薦により、それからそれを司令部がアプルーブしているものならば、これは受入れるよりほかはないだろうと思つております。
いや、はつきりしおるというのは、どういう意味でございますか。人選がはつきりしているという意味でなくて、その三人の者のうちから、だれかが選ばれるということでありまして、私といたしましては、今井さん、磯村さん、日野原さんという方は、聞いてみれば、ことに前者の二人の方は有名な方だそうですが、それはむしろ委員長に一任しておつたら、企業に明るい方であるから、そのうちからいい人を選んでくれるだろうと思つておつたのであります。
その人選は大体復金に指示されておるのでありますから、そのままにして通したわけであります。
任命は私の方にあります。
任命と申しますのは、つまり昭和電工の総合の決議事項として提出するという……。
さようでございます。
事実今日のような状態になりましたことは、きわめて遺憾に感じております。しかしながら私といたしましては、私に與えられた仕事を忠実に行つたのでありまして、このような場合に特にその責任を私がとるということにはならないと思います。なぜとなれば、こういうものをアポイントしろと言われました場合はこれをなさざるを得ないのでありまして、どうしてもその当時是と信じまして忠実に行つたことであります。
はい。