五月二十二日ですかの読売に、安藤アメリカ局長ですか、アメリカの駐日公使と話し合っているところを見ると、これで日米文化センターを作るとか、あるいはこの金を財団法人的なものに積み立てておいて、利子でもって運用したいというようなことが報じられておりますが、そういう事実はあったのですか。
五月二十二日ですかの読売に、安藤アメリカ局長ですか、アメリカの駐日公使と話し合っているところを見ると、これで日米文化センターを作るとか、あるいはこの金を財団法人的なものに積み立てておいて、利子でもって運用したいというようなことが報じられておりますが、そういう事実はあったのですか。
そうすると、それは雑談の中の話だということなんですが、こういう日米文化教育交流に九十億という金を使う、こういう交換公文をきめて、アメリカの金ではあるが、その運営について日本側の話し合いの余地を残したということはいいことだと、あなたはさっき西ドイツと日本との比較を言ったときにそういうふうに、日本側の希望を使途の中にも入れることができたということは、西ドイツよりも日本のほうが有利であるという一つの論証にこれをお使いになった。こういうことをお使いになったと思いますが、依然としてその考え方が変わりありませんか。
われわれは利益ではないと考えます。あなたは利益と考える。その金は、性格としてガリオア・エロアから、見返り資金、一貫してずっと見てきた私たちに、一貫してのあれから見ても、この金は日本人の魂買いますという金に必ずなると思う。私たちは決して利益だとは考えておらぬ。 で、この人間交流の中に、あなたは相当雑談で話をしたと言っておるけれども、どうです、労働組合の活動家とか幹部とかというのもこの人間交流の中に入りますか。
で、日米文化交流の金はそういうものとして、これは次に移りますが、今度は後進国の開発、平和と安定のために寄与するためということで、第二の交換公文が取りかわされているわけですね。これは先ほどからのお話にあったと思いますが、やはりこれはアメリカの金であって、アメリカの六二年の対外援助法の中に組み込まれて使われる金だという御説明がございましたのですね。これは間違いありませんか。
この六二年の対外援助法六百十八条、そこに書いてあるというものは、われわれの資料に来ましたか。
内容はわかりませんね、それだけでは。どういうものに使われるかという内容は、どこで見たらわかりますか。
あなたのほうから出た、一九六二年対外援助法についてアメリカ局北米課から出たものがありますね。これは同じものですか。これですね。
それで、東アジア——これは衆議院でも聞かれた問題で、当委員会でも聞かれた問題ですが、もう一度、東アジアというのは、安保条約で規定した極東の範囲とはどこがどう違うかということを、はっきりお答え願いたい。
この東アジアはこれこれの国が含まれるということについては、交換公文のときに、かなり具体的に突っ込んだお話をしたということを承っていますが、そういう点についてはどうです。
インドから東全部が東アジアだという、そういうことではないと思うのです。やっぱり具体的に、ここでいわれている東アジアというのはおおむねかくかくの国であるというようなことが、一応了解事項の裏話としてされているのではないか。端的にお聞きしますが南朝鮮は入りますか。
台湾も入りますな。
南ベトナムも入りますな。
これらの国の——私はこの額がたいした額でないということで問題の本質をぼやかしてはいけないと思うのですよ。なるほどこの対外援助法に基づいてやる、この日本が支払う金というようなものはたいしたものじゃないかもしれません、額は。しかし、この性格はきわめて重大だと思うのです。束アジアといっておりますけれども、予想されるところは大体今言ったような国が予想されるということは、これはもうあなた方が言うといなとにかかわらず、おそらく常識として判定ができます。とういう国々にアメリカと一緒になって、しかもアメリカがやる対外援助に日本がやっぱり金を支払うということで、一緒に責任を持って参加するということのこの性格がきわめて重大だと思うのですよ。これはあなた
もう私はこれでやめようと思ったけれども、今田中大蔵大臣が当時の政府の面目のために、あるいは見返資金の面目のために弁明をしたことに対して、田中大蔵大臣がそういうことを言われる気持はわかりますけれども、当時の状況をもう一度ここで振り返ってみれば明らかだと思うのです。つまり、一番最初にこの金が国鉄に出された。しかも、それが七月、八月に、百五十億の金の中の六割近いものがその二カ月に出されたこと、二カ月間のときは今言ったように国鉄の大量の首切りがあったときであり、そうして下山、三鷹、松川といった事件が相次いで起きたときである。これが一つの試金石、言うならば、アメリカの言うなりになる日本になるかどうかの一つの試金石として向こうは見た。そうして、
この問題は、日本共産党に関しては、機会あるごとに国会を通じて明らかにするように努力してきた問題であります。ずいぶん長きにわたって、うちの国会議員からも質問されておるけれども、明確でない。この際、ひとつはっきりしたいという立場でお聞きするわけです。 一つは、アメリカのつまり戦後処理、対外援助に関する戦後処理、あるいはそれをカッコづけ債務と言ってもいい。この処理の仕方に二通りあるということについて、どうお考えになりますか。
つまり、二通りあるということを、先ほど同僚議員からの質問に答えて、そういう答弁をしておるわけですね。二通りある。そこで、一つの形は、講和条約によってそれをきめた、一つの形は、講和条約なしに、あるいは講和条約のあとできめた、こういうふうに二通りの形がある。そこでお伺いしたい。日本は一体どっちの形なんですか。
そうです。 〔委員長退席、理事柴田栄君着席〕
そこで、オーストリアの場合、イタリアの場合、講和条約のときには、日本流の言葉でいえば、棒引きになったわけです。ところが、日本は講和条約が十年も前にやられておる。なぜ一体そのときに棒引きの話をしなかったのですか。つまり、二つの形がある。一つの形は、講和条約のときに話をつければ棒引きになる。オートスリアの例、イタリアの例。日本は棒引きになるべきようなチャンスをどうして一体逃がしたのか。
昭和二十四年の第五国会でわが党の野坂参三議員が、一体ガリオア・エロア、これは貸与であるのかそれとも贈与であるのか、はっきり答弁をお願いしたいということで、当時の池田大蔵大臣、今の池田総理に質問したことを覚えておりますか。そのときに池田大蔵大臣の答えた答弁を覚えておりますか。なければ私のほうから……。
まあ野坂議員のその質問に対して池田大臣は次のように答えている。「今回この見返り資金特別会計を設けましたのは、従来ガリオアとかイロアとか申しまして、その使途が国民にはっきりわかっていなかったものを、」これをひとつはっきりと確認しておいてもらいたい。国民にその使途がはっきりとわからなかったものを、「この特別会計によって、はっきりアメリカからの援助を出しただけでございまして、この特別会計法を設けましたからといって、今までの性質がかわって来るわけではないと私は考えております。しからば今までのガリオアとかイロアとかの資金を、贈与なりや貸与なりやという問題は依然としてきまっておりません。これは私は講和会議においてきまるべきものと考えております。