長
長崎惣之助
1948-10-20
衆議院・不当財産取引調査特別委員会
企画院の跡始末は私は引受けておりません。
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企画院の跡始末は私は引受けておりません。
何にもないと申しましても、調査官が前の企画院の人だつたと言えば……。
それは総動員計画のようなことは私はなつていなかつたと思います。
その点は私企画院を引受けてやるのだというふうに言われたことは事実ないのです。あなたが三段論法的な論法でまいりますと、どうもそうらしく思われるのですが……。
引継いでおつたか、私よく記憶いたしておりませんが、だんだん今のお話で少し記憶が起きてきましたが、日本再建のために將來どういうふうにもつていかなければならぬだろうかというようなことは、今後よく調べて、いろいろな資料を綴つて各省大臣なり、あるいは総理大臣なりの参考になるようなものをつくらなければならぬというようなお話はありました。
内容的にどうしたか……。
それはこれを見ますと調査局長官がそうなることになつております。私が引受けるわけです。
そうです。
私は四日にできて五日、六日と三日しかないので何にもいたしません。
辞表を出したのは六日だと思います。あとの内閣のじやまをするでもないですから、その間お守りをしていただけです。
私は内務省の調査局長ではないのでございます。
内閣の調査局長官として次官会議の申合せのようなものができた。特殊物件処理委員会の委員長というのは、結局各省の——占領軍にとられましたけれども、事実はやはり各省各省に所管の関係がございますから、返されますと、たとえば食糧ならば農林省関係に相談しなくちやならぬとか……。
実際問題は私は関與しておりません。