防衛庁をやめたあとは、社会人としての常識が、私は基準になると思うのです。
防衛庁をやめたあとは、社会人としての常識が、私は基準になると思うのです。
先生のおことばを承っておりますと、防衛庁に対しましてきわめて御好意をお持ちになっておることにむしろ私は感謝いたします。そして善意に基づいて、とにかく防衛庁は自戒せよという御忠告はそのとおりでございます。今後私どもは、この黒い霧を一日も早く払拭するように努力いたす所存でございます。
出発いたしましたのは十月七日でございます。
長官の意思を代弁するわけにはまいりませんけれども、渡米のいきさつを御説明申し上げたいと思います。 それは、上林山長官が就任いたしましてから間もなく、八月初旬だと思いますが、米国政府から公式に御招待申し上げたい、こういう御連絡がございまして、そうして、当初はマクナマラ長官とは十二日に会見するという予定でございました。ところが、御案内のとおりに、マクナマラ長官がベトナムに参りましたために、これが延期になりまして、二十日にマクナマラ長官と会見する、その後の日程につきましては、陸軍士官学校、それから兵学校、それからコロラドスプリングスの基地ほか四カ所を回りまして、二十五日の十七時二十五分に帰国する予定になっております。したがって、委員会
ただいま押谷委員の、マクナマラ長官と会見後のほほんとして四日間を過ごすというような御表現がございましたが、私どもといたしましては、マクナマラ長官会見後に、防衛庁長官として、今日の米国内の軍事基地の施設を視察するということはきわめて重要なことじゃないかというふうに思いますし、かつまた、せっかくアメリカ政府が組みましたところのスケジュールを急遽変更するということは、国際的な儀礼という点におきましてもどらかと思いますので、私どもとしては、これは予定を変更する予定はございません。しかしながら長官を急速呼び戻すべきかどうかということに対する答弁は、政務次官ではなくして、官房長官がおられますので、官房長官にしていただきたいと思います。
アドバイスをしたかどうかということにつきましては、私どもすでに二度にわたりましてワシントンに国際電話をかけまして、そうして今日の政局はこうなっている、また長官をめぐりまして新聞報道はこうであるというようなことにつきましては、私どもとして詳細にできるだけの報告はいたしております。かつまたそれに対して何を言ったかということにつきましては、これは本来ならば長官がお帰りになってから、長官御自身がお答えになるべきでございましょうけれども、現在の長官の心境の一端を伝える電報といたしまして、ワシントンの十三日の共同特派員の電報——これはもちろん私は長官のすべての意向を伝えているとは考えられませんけれども、その中から感じとられますことは、「お国入り
従来、防衛庁長官が地方の部隊を視察する場合に、陸幕長あるいは海幕長、あるいは海幕長と空幕長、こういうふうに帯同したという例はございます。あるいは単独に空幕なら空幕、陸幕なら陸幕と帯同したことはありますけれども、各幕僚長、統幕議長をお連れしたのは今回が初めてでございます。 しかし、統幕議長以下各幕僚長をお国入りだけに連れていったわけじゃないと思います。それは八月以来、六日には練馬の部隊、それから九日には横須賀基地、それから十三日の入間基地、これはいずれも統幕議長とそれから三幕僚長を帯同しておりますから、ここでもしも鹿児島に連れていかないというと、かえってこれはおかしなことになります。ですから、練馬、横須賀そして入間と、この三基地も
これも、私の答弁のいかんによりましては、まことに苦しい釈明になるかもしれませんけれども、これは地元の行事でございまして、別に長官がこうしろ、あるいは防衛庁がこうしろというような命令あるいは指示をいたしたことはございません。
この実情につきましては、官房長からお答えいたします。
長官は二十五日の十七時二十五分に帰国いたします。
ただいまの御質問につきまして、御案内のとおりに、さきの運輸委員会におきまして吉田委員にもお答え申し上げたんでございますけれども、ただいま伊藤委員のお話の中にも軍楽隊を引き連れて大パレード云々というおことばがございました。私どもといたしましては、この長官のお国入りの問題が起きて以来、世論を代表いたしますところのマスコミがどういうふうな扱いをしているかということを鹿児島の地元の新聞あるいはいろいろな問題につきまして検討したわけでございます。私どもといたしましては、まずこまかい御質問にお答えいたします前に、マスコミがどう扱ってきたかという点につきまして御参考に申し上げたいと思います。まず地元の新聞におきましては比較的にじみという表現が当た
政務次官としてこのお国入りをどう思うかという御質問につきましては、一部においてははでであったと、一部ではそうではなかったという声もございます。じゃ私個人としてはどうかと申しますならば、私は補佐役といたしまして、このお国入りの中に、一部には御批判をいただくような点がございましたかもしれませんが、全体的にお国入りのこお日程におきまして、誤っていたというふうに私は考えておらないわけであります。
政務次官としてこのパレード問題をどう思うか、いま先生から御指摘がございましたように、自衛隊の公的な行事にパレードがあるということは、これは当然であることを御指摘なさいましたのですけれども、このパレードには、公式のパレードとそれから地方のお祭りの行事にパレードが出るという二種類ございます。従来パレードを派遣する基準及び手続をちょっと御説明いたしたいと思うのでございます。自衛隊が音楽隊を部外に派遣する場合には、広報活動といたしまして公共性のある団体の主催する行事で、国民との親睦をはかるために特に効果があると認められる場合あるいはそれに関連いたしまして手続といたしましては、各部隊の長がそれぞれ広報担当官としていわゆる要請に応ずることになっ
訂正いたします。地元の地連を通じまして、県市の自衛隊協力会連合会の要請によって出たものでございます。
お国入りのこの日程、あるいは私の答弁が苦しい釈明だとおとりになられる節もなきにしもあらずと思いまするけれども、実は選挙とからんでいるんだと、お国入り即選挙運動だというふうな御質問にうかがわれるのでございまするけれども、鹿屋と国分の基地は、実は選挙区じゃないのでございます。したがって、第一日のこの行事というものは公式である。二日目の薩摩半島視察ということは、これはいわゆるお国入りでございました。この点は、私、公私混同になったというふうには考えられないのでございます。
官房長が参っておりますので官房長から詳細に御答弁いたさせます。
ただいまの伊藤委員の御見解はまさしくそのとおりでございまして、過去においていま官房長の説明がございましたように、過去において学校の校庭に着陸した前例があるから云々ということは弁解にならない。それ自体が誤っておった。今後は十分これを注意せよという御注意もございまして、私どもといたしましては、これは慎重に今後検討いたしたい、こう考えております。
まことにお手きびしい御質問でございまして、防衛庁は閑散であるか、こういうお話でありますが、その前に御説明申し上げたいことは、私が長官と話し合ったときの一つのことばといたしまして、ぼくは大臣としては最後のお国入りをするのだ、それまでは非常に忙しかったことは事実でございます。しかし、最後におれは大臣としてお国入りする、こういうおことばがございました。したがって、私といたしまして就任三ヵ月でございまして、防衛庁全体の問題を完全に把握をしておりませんけれども、少なくとも政務次官として三カ月間あの次官室におりまして、長官は非常にひまであったかいということになりますると、ほとんど朝から晩まで第三次防の問題、あるいはいろいろな問題につきまして、私
今回のこの問題に関しまして、防衛庁長官自身がどういうふうに考えているのかということを私ども代弁するわけにはまいらないわけです。いずれ長官帰国後に当然発言があると思いますけれども、御参考までに申し上げますると、去る十三日のワシントンにおきまするところの某通信社の特派員との一問一答の中で、私がふなれなことから云々というおことばと、私がお国入りと鹿児島、熊本の郷土部隊巡視とを一緒にやったので混同して受け、取られる点があったとしたら、いま考えてみて私としては少し配慮が足りなかったように思うというような談話が、これは私、非常に縮小されたニュースでございまするから、このニュアンスがどういうものであるかということに私もこうであったということは申し
政局全体の問題に関しましては、一政務次官である私としてお答えできませんけれども、防衛庁の問題につきましては、ただいまの伊藤先生の御見解を私長官帰りましたら詳細に伝えまして、今後防衛庁はどうあるべきかということにつきまして長官とともに私はよく検討してみたい、こう考えます。