それならば、これまたきのうの新聞に出ておりましたが、興味を持って私見ておったのでありますが、大阪交通局が関西電力と一緒になってバスを実際走らせてみたいということで、いよいよこれと取り組むのだということになっておるわけですね。かつて戦時中だったと思いますが、走らせたことがあるらしいのでありますけれども、そうするとこういったものはなんですか、かりに補助してやるということになれば、どこから補助するのですか、補助しないのですか。自治省から補助するのですか。
それならば、これまたきのうの新聞に出ておりましたが、興味を持って私見ておったのでありますが、大阪交通局が関西電力と一緒になってバスを実際走らせてみたいということで、いよいよこれと取り組むのだということになっておるわけですね。かつて戦時中だったと思いますが、走らせたことがあるらしいのでありますけれども、そうするとこういったものはなんですか、かりに補助してやるということになれば、どこから補助するのですか、補助しないのですか。自治省から補助するのですか。
いや、人ごとみたいに言わないで、牛乳配達でもそれくらい補助しようというのに、都市交通で、しかも一番問題になるバスを電化していこうというような非常な意欲を持っている。それはしかし交通局と関西電力でやるのだから知らないのだ、こういうわけですか。
だから、私が言ったのは、あなた技術院だから技術のことばかり言っておられるが、ちょっと予算のことも考えてもらいたいと思うのだ。これはいいことなんですよ。もしほんとうに大都市が公害対策のたてまえから思い切ってそこと取り組んでいこうということになれば、これはかなり大きな犠牲が出ると私は思うのですけれども、そういったものに取り組むのに、農林省は牛乳配達というああいった部門ですら取り上げて、そこまでやっているのに、通産省としてこれを考えないのかということを言っているのです。これは技術院のほうでは無理ですね、これは大臣だな。どうでしょうか、一ぺん考えてやったらどうなんでしょうか。そういうことになると、これは全国的に取り組みますよ。
いま道路交通、ことに都市交通は、はっきりいいましてたいへんな赤字で困っているわけですよ。関電あたりが出すのだろうと思いますけれども、しかしもしそれが成功すれば全国的にこの問題は起きてくると思います。それはたいへんな大きな役割りを果たすと思いますので、もう少し財政面から一ぺん考えてやっていただきたい、このことを申し上げまして質問を終わります。
一九六〇年代の開発、それから七〇年代、まあとかく六〇年代におきましては一般にいわれておりますように産業優先だ。それが最近では生活優先、そういった都市開発あるいは農村の開発というようなことがやかましくいわれてまいります。そこで、そこから出てまいったのが新しいコミュニティーの形成である、こういうことになってきたわけであります。同時に、それと関連いたしましてナショナルミニマムというものをこの際確定する必要があるのではないかというような論も、実は出てきておるわけであります。自治省におかれては、この点につきましていち早く新しいコミュニティーの形成、近隣社会の形成ということに着目されてその頭を出してきたわけでありまして、私は、非常に先見の明があ
今度公害問題で非常にやかましくなった結果、環境庁ができるということであります。ナショナルミニマムにつきましてはそういったところで、いわゆる国民生活最低基準というようなものとして環境庁の分野でおやりになるのですか。企画庁は企画庁、自治省は自治省という形でやっていくのか、環境庁が当面の公害に対する防除措置というような程度でとどまることであってはいけないと私は思うのであります。 〔主査退席、松野(幸)主査代理着席〕 そういう内容を持つようなかっこうで何か統一してこのナショナルミニマムを作成する、確定するというような考えはお持ちでございましょうか。自治省が電子計算機等を駆使いたしまして一生懸命この問題と取り組んでおるようでありま
先ほども消防に関して質問があったのでありますが、やはりそういった消防の施設のナショナルミニマムというようなものが確定されていない。だから問題がやはり起こってくるのじゃないかと私は思うのであります。きょうはあまりこの点に時間を使いたくありませんが、なかなかナショナルミニマムというのはそう簡単にできないものですから、あちこちでかっこうだけつけておってもどうにもしようがありません。この場合、地方交付税というものを少しさわってみることが、案外早道じゃなかろうかというような気がいたすわけなんであります。これは十分にひとつ自治省のほうでお考えおきいただきたい、このよに思います。 次に、コミュニティーの面でありますけれども、どんなコミュニティ
初めてのことであるし、試行錯誤でやっていくのだということもよくわかります。ただしかしながら、それじゃ行き当たりばったりで、何でもいいからやってみてという形であってはいけないだろうと思います。この場合、特に私要望しておきたいのは、集落と集落の合理的な配置、それを道路その他によってネットワークしていくのだというだけにとどまらずに、集落そのものをダイレクトに再編していくというような方向、それにコミュニティーというものを、そのものにぶっつけていこうというふうな方向もやはり考えていただかなければいけないのじゃないか、こういうように思うわけであります。その点ひとつ特に、今年のモデルコミュニティーの進め方についても、下からと言いますけれども、いま
先ほどもちょっと申し上げたように、大体一九六〇年代の都市開発というものは、線開発により過ぎておって面開発をやらなかった。それを、生活権というようなものを考えながら面開発に入ろうという段階に来ておるのですが、一方、新都市開発法であるとかあるいは都市の再開発法であるとかいう法律が施行されて、そういったものに基づいていま都市再開発が行なわれておる。これは三年間モデルを一つぐらいつくって、じっと見ているという形ではいけないのではないか。その間にどんどんと、誤れる都市開発とは私は言いませんけれども、そういった面開発を考えない、生活権を考えないところの開発が依然として続けられていくということになるのではなかろうかと思うのであって、この点やはりモ
モデルコミュニティーを示されておるのでございますが、必ずしもこれは決定的なものじゃないとおっしゃっておるのでありますけれども、その中で、住民の発意によってつくられる施設もあるでしょう。しかし、公共的な施設というものについて、これは先ほどもちょっと前段で申し上げたのですが、ただ住民がこういうものを望んでおるからという程度でとどまってはいけない問題がある。公共施設はやはりやらなければいけないのではないですか、国と地方公共団体の手で。そういった基準をお持ちでしょうか。ここには保健所であるとかいろいろなものが出ております。けれども、ここまではどうしても国と公共団体でコミュニティーの核になる施設というものをつくっていかなければならない。こうい
そこで財源の裏づけなんですが、あなたのほうの発想ではコミュニティーボンドを発行するのだ。これは市町村が発行するのだと思うのですが、地域住民からの縁故債のような形になると思うのです。これ一本でやっていかれるのでございますか。
だいぶ安心いたしました。すべり出しを見ておりますと、どうもそこへみな持っていくような感じを受けておったのでありますが、そうじゃないようであります。それにはナショナルミニマムというものを確定しなければこれはだめじゃないかと思いますので、そういった面だけでもいいから何かの施設基準をおつくりになる必要があるのじゃないか。ナショナルミニマム全体についてはなかなかそうはいかないでしょうけれども、モデルコミュニティーについてはこのくらいの範囲のもので、この程度の地方公共団体としてやるべき最低の施設はこれだというようなものの、しかも量質ともに基準というものをお出しになる必要があろう。これは徒歩における距離というようなことをいわれておりますが、けっ
さらに一点伺っておきたいと思いますが、この運営ですね。その活動の中には施設を使っていくという形が出てくると思うのです、コミュニティー活動ということになりますと。ところが、建物その他の管理とかいうようなことについては、金は当該市町村が出しているんだからという形ではどうも近代的じゃない、現代的じゃないと思う。いっそ思い切って一切管理運営みなまかしてやるという考えは出てきませんでしょうか。私の心配するのは、このコミュニティーに対する多くの賛成者がありますけれども、また反面において、昔の隣組のようなものだとか、昔のいろいろな自治組織であるとかいうものに変わっていくというか、それにまた戻っていくおそれがあるということをよくいわれるのであります
それでは、せっかく財政局長お見えになっているので、一言質問してみたいと思います。 今度のコミュニティーモデルに対する補助金とかなんとかいうものはあるのですか。そういうものをつけてやるのですか。この点ちょっと伺ってみたい。
特別交付税で措置するというようなことが書いてあるように思うのですが、この点はどうです。
もう終わりますが、大臣、非常にいいアイデアですから、ぜひひとつこれは強力に進めていただきたい。そのためにはいろいろな配慮が必要だと思います。ことに都市再開発法とかその他の国の施策と関連さしていかなければいけないと思いますので、そういった点で——ただ、それからいま一つは、モデルばかりにたよっておって、試行錯誤もけっこうですが、いつまでも錯誤を続けておってもしようがないから、できるだけ、そういう都市開発のこれがねらいはすべての住民の連帯意識を高めていく、住民同士の話し合いの場をつくっていくのだ、あるいは行政に参加するというような道も開いてやるのだ、直接参加の道も開いてやるのだ、いろいろなねらいがあるのだというが、方法論として、これが都市
終わります。
私は、きょうはきわめてじみな質問をいたします。一つは、開発行政といいますか、開発政策、これはいよいよいままでのいき方ではなくして、この際ひとつ思い切って転換すべきではないか、こういった点が一つであります。それからいま一つは、都市再開発の目標、これがもう明確になっていないのであります。それからことに開発の最小単位、こういったものをやはり設定する必要があるであろう、こういうところから入っていきたいと思います。それから三番目には、審議の過程で出てまいりますが、ナショナルミニマムあるいはコミュニティー、こういったものを達成するためには、それぞれ基本的な政策が必要であろう、こういうふうに思いますので、この三点についてお伺いいたしたい、このよう
何か総理はまだ的確に転換の方法というものをつかんでおられないように思います。しかし、最近やはり都市の開発ないし再開発というものが、これは在来一九六〇年代に政府がとってきたところのどちらかといえば産業優先、こういったものの考え方ではいけないということはもう明らかだと思う。そこでやはり人間尊重であるとかあるいは人間性を回復するため、いわゆる人間都市というものをつくっていこうじゃないかというような気持ちにぼつぼつ転換しつつあるのじゃないだろうかと思うのであります。最近、御案内のように、市民運動によるところの都市の再開発というようなことがいわれておりますし、同時にそういった姿がだんだんと出てきております。たとえば、公害をなくするための市民運
市民運動についてやはりこれは教えられるものがあるというふうに総理はおっしゃっておりますが、何かそこにわれわれとして大きく反省しなければならぬ問題があるのではないか、こういうふうに考えるわけであります。あのことがいい悪いというような程度にとどまるのじゃなくして、何かそこからわれわれは政治をやる者として引き出していかなければならぬ問題があるのではないか。端的に言いましょう。なぜこういう市民運動が起こるかということは、私はこれはやはり在来の政府の姿勢、これがやはり官僚主導型であった。そして市民の要求というものはちっともくみ取っていただけないのだ。地方自治体へ苦情を申し込んでいっても、なかなか言を左右にして要求を満たしてくれない。自治体から