第二次大戦後、東西両陣営は対立の様相が濃くなり、ことに昭和二十四年、シナ大陸が中共の支配に帰し、二十五年朝鮮戦争が起こるに至って、アメリカは日本をアジアの安定勢力として期待し、弱化政策から強化政策に一変したのである。昭和二十六年五月、占領軍司令官は日本政府に対し、総司令部からの司令実施のため公布された諸法令に再検討を加え、必要と思われる修正を加える権限を与えると発表した。 これに応じて第三次吉田内閣は、占領中に制定した諸法令を再検討するため、政令諮問委員会を設けた。諮問委員会は二十六年八月、答申を政府に提出したが、その中で、行政委員会制度は、行政機構民主化の一環として重要な意味を持ったことは否定し得ないが、もともとアメリカにおけ
