政治的スケジュールとしてはそのとおりだと思いますよ。思いますけど、全責任を総理がしょっていらっしゃるわけだから、総理としてこういう具体的なマスタープランでもってやりたいと思っている、それをシーリングに指示なさればいいわけですから、それの解明はできないでしょうか。
政治的スケジュールとしてはそのとおりだと思いますよ。思いますけど、全責任を総理がしょっていらっしゃるわけだから、総理としてこういう具体的なマスタープランでもってやりたいと思っている、それをシーリングに指示なさればいいわけですから、それの解明はできないでしょうか。
まあ論議は堂々めぐりでございますね。 もう一つ、じゃ伺いますけれども、とにかく過去八年間において借換債は出さないという論議を毎年毎年国会でやってまいりまして、それが今度一片の条項変更でもって八年間が崩れるわけですね。ですから、そういう意味においては私は政治責任は残ると思うのですよ。だから、その政治責任が残ることがけしからぬとかけしかるとか、そういう問題じゃなしに、その政治責任というものを、単なる精神規定であるとか努力規定であるとかいうことでなしに、もう少し具体的に、例えば毎年毎年百億でも二百億でもいいから返す努力をこれだけした、残りについて借りかえをひとつ認めてもらいたいというように、それは一例です、一例ですけど、何か精神規定、
そういたしますと、六十五年度の新発債、赤字特例債脱却ですね、それが毎年毎年御努力なさって、そうするとだんだんだんだんそれが可能か不可能かが見えてきますね、年を追うに従って、もうこれはあかんと。ちょうど五十九年脱却がもういかぬと見えてきたときに六十五年になったわけですね。六十五年がもうこれはだめだということが見えてきたという仮定をひとつ置いた場合に、じゃどういう政治責任を含めたところの方法をおとりになるおつもりか。これはビジョンの問題としていかがでございましょうか。
「撃ちてし止まむ」、懐かしい言葉が出てきたわけなんですけれども、それは結構ですよ。結構ですけれども、「撃ちてし止まむ」でおやりになったいわゆる歯どめですね、歯どめが一つ一つ崩れているのが実際戦後の国債史の現実なんですよ。だから私は、一つ一つの歯どめというものがこれでどんどんどんどん崩れてしまう。そうすると、六十五年歯どめもあえて例外とは言えないんじゃないかという不安があるからこういうことを申し上げておるわけなんです。だから、その不安というものをさらに延長してまいりますと、絶対にあってはいけないところの日銀介入の影がちらほら見えてくるわけですよ。どうしてもそういう延長路線上に日銀介入の影を我々として見ざるを得ないわけです。 もう最
それはやっていきたいということでなしに、総理の御決意としてこれだけは断固それこそ死守するんだ、古い言葉で言えば、死守するんだ、しかもそれは一中曽根内閣が存続する間だけということではなしに、中曽根先生の生ある限りこれはあくまでも守るんだと、どういうお立場になられようとも。それだけの御決意の表明が欲しいんですよ。大変なことです、インフレ化したら。最後に……。
まあ、決心という言葉を強くいただきましたから、それを額面どおり解釈いたしまして終わります。
私は、参議院の会を代表して、昭和五十九年度の財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置等に関する法律案に反対の意思を表明いたします。 理由は次の三点であります。 第一に、六十五年度新特例債の発行をゼロにするということは、我が国財政の現状から見て絶望としか言いようがありません。にもかかわらず、政府はこれをただ一つのよりどころとしてすべての歯どめをなくそうとしています。とするならば、やがては直接、間接、日銀の全面引き受けがあらわれざるを得ませんが、総理の絶対否定をひとまず信頼したいと思います。 しかし、それならば、六十五年度ゼロに向かっていかなる具体的方法を考えているか必ずしも明らかではありません。すなわち、この法律案は
きょうは国債整理基金の仮定計算ですね、その中で特に余裕金の残高の問題を中心に御覧間を申し上げたいわけなんです。国債も有価証券であるという前提に立つ以上は、やはり経済のプリンシプルというものに沿っていかなければならないと思うわけなんですけれども、市場金利が非常に安いとき、国債発行の立場にある者としてはどういう心理が働くでしょうか。たくさん出したいと思うか少なく出したいと思うか、そこら辺のところいかがでしょう。
そうしますと、一年間の間にはいろいろな相場の、乱でもないけれども、高下というものはあるわけですよね。そういう場合に、国債の相場を安定させるためにある程度の介入資金と申しますかね、そういうものを持ってないと、国債管理政策は壁に突き当たるんじゃないかという感じがするんですけれども、そこら辺どうでしょうね。
過去の実績はどうでしょうね。例えば国債の流通市場に対して、需給バランスをとるためにいわゆる余裕金が年度を通してどういう動きを過去においてしたんでしょうか。
そうです。
今、若干というお言葉あったんですけれども、大体どれくらいの金額を過去においておやりになりましたかね。
そういたしますと、これだけの金額のものを過去においておやりになったと。またこれからも、相場は動くんだから、その相場調整を全くやらぬで済むということにはならぬだろうと思います。そうすると、余裕金というのはある程度持っていなきゃいけないということは言えますね。五十七年を除いて、五十八年が三千二百、五十六年に至っては一兆一千九百と、こういうことですね。だから私、どうしても国債の相場維持、そのためには余裕金がある程度なければやっていけないんじゃないかというふうに思わざるを得ないということですね。これが一つ。 それからもう一つ。これからの問題ですけれども、借換債を仮に出していくという場合に、今まで特例債を持っている者に現金で返して、その財
だから、どうも財政というのは、先ほどから話題が出、問題が出ておりますように、単年度主義ですから、そうなりますと、例えば五月に大量に償還しなきゃならない。その財源を市況をにらみながら二月、三月に借りるということはできないわけですね、四月でやらなきゃならぬわけですね、少なくとも四月一日以後やらなきゃならないわけですね。そういう条件を前提とした場合に、ますますもってこの余裕金というのはより多く必要なんじゃないかという気がするんです。 例えばこれ幾らぐらいになるんですか、六十年五月十日ですか、返さなきゃならぬものは。
今の二つのテーマですね、国債の流通価格の管理、それから借換債の償還と財源手当てのタイムラグの問題、この二つの問題からいきましても、余裕金は兆単位ないと非常にやりにくい問題が起きる。むしろ財政綱渡りの、そこでパンクしてしまうんではないかという可能性と危険性を非常に感じるわけなんです。 それで、そういう前提に立ちまして、余裕金というものの大きさを考えてみますと、これまた一昨日の議論の蒸し返しになりますけれども、もし定率繰り入れがあれば、これは二兆四千七百億円ですか、まあやれる。やれるけれども、これがないとすればどうなんでしょう、四千九百億円、運用益をどれぐらい見込むかによっても違いますけれども、幾ら大きく運用益を見込んでも、まあ六千
今度のこの特例債に対する議論は、今までずっと他の先生方の御質問、それから当局の御答弁を伺ってますと、考え方、考え方できて、さあ具体的にどれくらいの大きさ、アバウトでいいからどれぐらいの大きさという問題になると、すべてのテーマで数字が欠落をしてしまうというどうも傾向があるようなんですけれども、我々としては、ある程度、あるいは最も適切な、あるいは最も合理的なという言葉だけでは困るんで、アバウトでいいから、どれくらいの数字が要るんだ、それが知りたいものだから前もって数字的なことを私は伺ったわけなんだから、そこら辺のところ数字は出ませんか。アバウトで結構です。
堂々回りというのか、水かけ論で、あれですわな。 それじゃ以上の論議を踏まえまして、とにかく過去において兆単位の余裕金が必要とされたケースもあるし、これから新たに加わってくるタイムラグ調整の問題を入れれば、幾ら少なくても兆単位の余裕金というものは避けて通れないんじゃないかと思うんです。そういうことからいきまして、定率繰り入れなくてもいいですよ、予算繰り入れでも――まあ剰余金繰り入れは難しいでしょうけれどもね。とにかく何らかの形でここの基金の帳じりを合わしておかないと、本当にサラ金であっぷあっぷする家庭みたいで、綱渡りもいいところじゃないかという気がするんですけれども、その辺、大臣どうですかね。どこかで帳じり合わせしなければしようが
今大臣がおっしゃいましたその総体的な国債管理政策というのか、そのマスタープランですね、もう遠い先のことではない、来年もう償還が追ってきておるわけですね。そうすると、管理政策というものは余り悠長にお出しいただくのを待っておるわけにはまいらないと思うんですよ。そうしますと、その行政府の総合的な国債管理政策ですね、それはどうもこの法律案が通ってから考えるということらしいんだけれども、そういうことでなしに、いつまでに一体じゃ我々に足していただけるかということはいかがでしょうか。
どうも少し悠長というのか、大臣も今度の政策転換に当たって非常に胸が痛むとか苦しいというお言葉はたびたびあったんだけれども、その痛む胸が具体策の中であらわれてまいりませんと、言葉だけでは、御同情は申し上げても、さあどうだということは全く我々としてはどうしようもないわけなんです。どうもこの法律が出てから、具体策とか裏づけになる数字的パックデータですね、パックデータがあるようでないんですよ、実際問題。過去について、仮定ではあってもどうなるかということについてのパックデータに基づいての議論というものがないわけなんですよ。 そうすると、私どもが非常に心配になってくるのは、いわゆる歯どめ論に移るわけなんですけれども、財政法自体がもう実費的に
大臣の御苦労もわからないじゃない。私は永久にその席に座ることはないわけですから、割に勝手なことを聞いておるわけなんですけれども、大臣のお気持ちの御答弁はわかりましたから、じゃ精神論に戻ります。精神論、大蔵大臣としてでなくても竹下先生個人の精神論でも結構ですけれども、この特例債の問題から、とにかく我々としては、歯どめが一つ一つ消えていく危惧というものが、これは残念ながら、あるわけです。そうしますと、どうしてもちらちらしてくるのが日銀引き受けなんです。 そこで、精神論の問題といたしまして、実はこの前の委員会で、平澤さんから、絶対という言葉がナポレオンの辞書にあるとかないとかいう話がございましたけれども、絶対という言葉を前提にいたしま