実は私がお尋ねいたしましたのは、建前はよくわかっているわけなんですが、本音のところで食い違いがあるのではありませんかという問いと、本音も間違っていないなら言葉のごろ合わせで済ましているのではないかというその疑いと、両方出てくるわけですね。どうでしょうかね。
実は私がお尋ねいたしましたのは、建前はよくわかっているわけなんですが、本音のところで食い違いがあるのではありませんかという問いと、本音も間違っていないなら言葉のごろ合わせで済ましているのではないかというその疑いと、両方出てくるわけですね。どうでしょうかね。
現在は日本国民に対する重大な事故が起こっていないから余り問題になっていませんのですが、もし起こった場合はやはり重大なことになると思います。事前協議がないから持ち込んでいないだろうというのは、これは非常に安心し切った、相手を信用し切ったどうも態度ではないかと思います。まあ先方を信頼するのもいいですが、それは限度がございますからね。ある程度のことははっきりさしていただかぬと困るでしょう。相手が何も言ってこないからなかったんだろうというんだったら、言ってきませんわ、これはね。だから、そういう実際の問題もあるから、日ごろからもう少し連絡をよくして、特にひどくなるようなことにならないような連絡をしておいていただかないと困ると思いますがね。
それではその件はそれだけにしまして、次に、これは防衛関係費の問題でございますが、一%枠のことが長年言われてきております。 で、この一%枠は、公明党の態度としましては非常に重要視しておるわけでございまして、長官がおかわりになったら必ず聞くことになっておるわけです。そして長官のお考えを承るというのが慣例になっていますのでお尋ねをいたしますが、この一%枠につきまして二つの考え方が、こだわり方があると言われております。 その一つは、一%の枠は少なくとも昭和四十二年から二十年間にわたって守られてきた防衛費に対する国民的合意である、日本が軍事大国化しないあかしであったから将来ともこれを守っていくべきである、こういう一つのこだわりがありま
公明党では、一%枠というものは日本が平和憲法のもと、他の国に脅威を与えない、軍事大国にならないという基本方針を実証するもめである、こう考えておるわけでございます。また、国民が戦後の歴史の中で国の防衛というもの、防衛力整備というものに理解を示し、自衛隊に対する理解を持つに至った大きな原因の一つがこれであるというふうにも考えておるわけでございます。そこで、公明党はこの一%枠に大変なこだわりを持っておるわけでございます。 ところで、一点確認をいたしておきたいのですが、それは、一%枠にかかわって政府が現在とっているいわゆる総額明示方式による防衛費の枠によりますと、六十一年度から平成二年度の五年間で十八兆四千億円となっております。これは国
防衛の問題はこの程度にしまして、非常に時間が少なくなりましたが、次に、憲法第七条に言うところの「内閣の助言と承認」の法的性質につきましてお尋ねを申し上げます。 憲法第七条に十項目が考えられておりますが、これは本文にありますように、天皇の国事行為でございます。天皇がこの国事行為を行われるときに内閣の助言と承認が必要だ、こういう規定でございますが、この内閣の助言と承認という言葉で、従来、政府の御見解では、実質的な国政にわたる分野も内閣が決定をする根拠である、こういう意味の御意見があったように思います。この点につきまして、国政にわたることについて内閣に助言と承認権があるのか、これは大変重要な問題だと思います。内閣の助言と承認は憲法七条
言葉のあやで随分ごまかしてしまわれますが、この第七条の一号から十号までは全部これ国事行為なんですよ。国事行為ということは、これはもう説明せぬでもあなたは法律の専門家だからわかっていますから説明しませんが、国事行為というのは例えば儀式に類するもので、実体的なことを決める例えば衆議院の解散を決定するとかあるいは栄典をだれにどういうものをやるとか、こういうことは天皇はおやりにならない。天皇がおやりになるのは衆議院を解散するという解散詔書をお出しになるだけ、それから栄典の場合は勲章をお授けになるだけですね。その前の段階のことはやらないんですよ。それで、それはだれがやるかといいますと、実際の権利を憲法で認められた実際の権利者が行うことになりま
終わります。
まず最初に、先ほど長官の所信表明を承りましたが、その中で二、三理解しがたい点がございますのでお尋ねをいたします。 長官の所信表明が印刷されております印刷物の五ページのところのオゾン層保護対策といたしまして「人工衛星を活用した観測研究の充実強化」、こういうことがございます。そこで、私はどうもこの点がわからないのですが、「人工衛星を活用した観測研究の充実強化」、これがオゾン層の保護対策になるというのはどういう意味でございましょうか。
その問題に関連しまして、フロンの削減ということが述べられておりますが、フロンガスを現在どのように規制しておいでになりますか、お尋ねいたします。
ただいま承ったんですが、フロンガスを規制するというのにいわゆる手続の問題だけで処理されておるようにお聞きしたわけですが、現実にフロンガスそのものを出さないような具体的な方法を指導なさっておる、その状況はどうですか、こういうことなんですがね。
今説明されました内容のものは強制力を持って強制されておるのでしょうか、それとも任意的な措置でしょうか。
これは強制力がなければ余り効果がないのではないかという気もいたしますが、きょうはこの件は追及いたしません。 次に、長官の所信表明の七ページのところに「ふるさといきものふれあいの里」、こういう言葉がございます。「ふるさといきものふれあいの里」といいますのは、具体的内容はどのようなものでしょうか。
そうしますと、これは例えば動物園のようなものをつくるとか、あるいはえづけをする場所をつくるとか、こういうようなものでしょうか。
これは実はどうも抽象的ではっきりしないんですが、よく最近えづけをやっておるところがございますね。えづけをして動物を集めて、そこで子供たちが一緒に勉強するというのであるならば、一応具体的な姿として描くことができるんですが、ところがそうでないとすると一体何だろうか、こう思うわけですね。これはわかったようなわからぬようなもので、もう一応ここで済ませておくことにしまして次の問題をお尋ねいたします。 石炭の利用という問題につきまして、石炭利用をめぐる環境が最近大変大きく変わってきた、つまり、きれいな石炭の用い方ができるようになった、こういう話を聞くのですが、その実情はどのようなものでしょうか。これは通産でしたかね。——おいでになっていない
ただいま原子力の問題についてお話を承りましたが、政府の見通しとしましては、今後の我が国のエネルギーはどのようにしてつくっていくかという問題につきまして、原子力発電の占める位置はどのようにお考えになっておるかということと、それから最近石炭利用をめぐる問題としましていろいろ、例えば煙をそのまま大気中に出さないで、煙を回収してそれをきれいにして外へ出すという方法がとられてきておるという話を聞きました。石炭政策の新たな領域としましてコールフロンティアというのがございまして、クリーンコール、つまり石炭をめぐる環境問題への積極的な対応をする仕事を始めておるということを説明に来られました。 そこで、その石炭をめぐる問題、非常に石炭をクリーンに
それでは次の問題に入りますが、いろいろ我が国から外国に対して資金援助がなされるわけでございます。その場合に、その援助した資金によって地球環境が破壊されるということがしばしば起こるということも承るわけです。例えば熱帯の森林を伐採してしまって従来の環境を破壊するということが起こるということも聞くわけです。それで、我が国からの資金援助のために地球環境が破壊されたということでは大変困るわけでございまして、資金援助をする場合にはやはり無条件で援助するわけではなかろうと思います。条件をつけて援助をすべきではないか。我が国の援助すべき金といいましても、国民の金でございますので、それが我が国の要求を外れた方向へ使われるような仕方の資金援助は大変迷惑
最後に、きょういろいろお尋ねしました点につきまして総括して長官の御感想を承りたいと思います。
終わります。
まず最初に、産業空洞化という問題につきまして考え方を少しくお聞き願いたいと思います。 通常、産業空洞化といいますと、我が国にあるところの産業を外国に移すということを意味しておるように思われますが、そういう空洞化もございますが、もう一つは、一番重要な問題は、例えば部品の生産を外国に依存をするという形をもしとったとするならば、その産業はまさに部品生産において空洞化しておると言わざるを得ないわけであります。そういうような形態をもしとりますならば、我が国の産業は決して内需中心の産業とはなり得ないと私は考えます。我が国の産業の場合に一番大切なのは、いわゆる部品生産、これを我が国の地方産業の重点として据えるべきだ、こう考えるわけであります。
まず、本日の法令の名前につきましてお教えを願いたいと思います。 といいますのは、「昭和天皇の大喪の礼の行われる日」とこうありますが、これはタイソウと呼ぶのが正しいのかあるいはタイモと呼ぶのが正しいのかという疑問が生ずるのであります。 といいますのは、字引を引いてみますと、大喪という言葉にタイソウと仮名がつけてありまして、それは天皇、皇后、皇太后の崩御を言うと書いてあります。お亡くなりになることを大喪と言うとこう書いてあるんですね。そうして、これはどういうところから出たかわかりませんが、喪服という言葉の場合はモと読みますし、喪主という言葉の場合はモと読むんですが、この場合の喪というのは葬式のことを意味しておりますね。 そこ