直属系統は駅長さん、あるいは駅長さんから運転取扱いの方。駅長あるいは助役、助役さんかあるいは運転掛……。
直属系統は駅長さん、あるいは駅長さんから運転取扱いの方。駅長あるいは助役、助役さんかあるいは運転掛……。
駅によりまして助役さんと駅長さんばかりいらつしやる所もある。それで信号掛がいるとすれば、その当務に当つた駅長さんの指揮を受けなければならない。それから反対番の助役さんがいらつしやるときの信号掛の場合は、助役さんの指揮を受けるということになつております。
当日は助役の指揮を受けておりました。
そうです。ただいま申し上げたのは、一つの駅に駅長さんと助役さんがいる場合です。東京駅のようにたくさんいる所では、指揮者は運転掛ということになつております。
信号所に詰めましてダイヤと時間によつて電車あるいは汽車の運行に注意をしながらやることになつております。
いやそうじやありません。あそこには五人おりますが、あそこの所とすれば四番目くらいです。
寺山さんですか。
高山という方はおりません。
信号の責任者というのは、あるようでないようです。
よくわかりませんが、古い人は—信号掛の古い人は、あそこの駅では寺山さんだろうと思います。
毎日二人ずつ詰めております。
高原と寺山です。
当日八時五十分から点呼が始まりまして、九時ごろ点呼が終つて、寺山さんと高原と信号所に行きました。それで前日の人と交代しました。午前中は高原は転撤器の掃除、油をくれたり雑用をしておりました。寺山さんは午前中信号の仕事をやつておりました。それでポイント掃除は十一時ごろ終つたと思います。十一時ごろ終りまして、詰所へ帰つて来て、油の手なんかを洗つて一服吸つて、道具を洗つて、そうして寺山さんと十一時三十分ごろお昼をとりました。それから十二時ごろだと思います。まあ十二時、ずれても五分かそこらぐらい。十二時ごろごはんが終つて、今度は私が交代したのです。私は十二時から二時まで信号に勤務することになつて、十二時から午後二時まで、鉄道では十四時と申しま
中澤さんです。その当時は電力の工手長か何か、あまり工手長ということは知らなかつたんだけれども、その中澤さんという名前も知らなかつたのです。まあ今は中澤さん、知つておりますが、中澤さんが入つて来て、それで、やつちやつたと言いました。信号所に入つて来て……。
やつちやつたと言いました。そういうふうに聞えました。それから私は何かあつたのかいと尋ねました。そうしたら中澤さんが言うには、上りの電車を出すのをちよつと待つてくれと言いました。それからどうしたのだい、到着の電車を入れてもいいのかい、入れてもいいだろうなと言いましたら、着は大丈夫だ、到着の電車は入れてもいいのかと私が聞いたものですから、着は大丈夫だというのです。
上り線に入れてもいいという意味なんです。
そうです。何かあつたのかと聞いたのです私が……。そうしたら上りの電車を出すのをちよつと待つてくれというのです。
いや、まあ申し上げますが、上りの電車を出すのをちよつと待つてくれというのです。それから私が到着の電車は入れてもいいのか、入れてもいいのだろうなと言つたら、着は大丈夫だというのです。着というのは到着のことです。着は大丈夫だというのです。それで中澤さんは電話にかかりました。どこへか——どこへかではない、私中澤さんがかけた電話の内容はよくもわかりませんでしたが、大船の電力区らしいところへ電話をかけておつたようでした。——かけておつたようじやない、かけました。それで電話が終りまして、出て行こうとしたから、私がどうしたのだいと言つてまた聞き直したのです。そうしたら、それには答えないで、私と一緒におる同僚が、下りの電車は行つてもいいのだろうな、
それですから何かあつたのかいと聞いたのです。
それに対する答えはないです。