間違いありません。
間違いありません。
日本新聞は、はつきりと下の欄のところに、赤軍が日本人捕虜に與える新聞として銘打つて出ておつたように記憶しております。
それは私にはよくわからないですが、ソビエトの方にはわかつておるでしよう。われわれは、今申し上げたように真実を伝える、そうして奴隷兵士を民主化するために、ポツダム宣言のほんとうの精神を正しく伝えて、日本の民主化のためにやるという以外はないわけです。それ以外のことはわからぬわけです。
私は日本新聞にぜひ入れてもらいたいということを希望して、自分の自由意思に基いて入つたわけであります。
私は日本の奴隷兵士を民主化するという意味において、私の目的、それからあれとは全然合致しておりました。
奴隷兵士で、実際何といいますか、もう歌なんかでも、つうつうれろれろと軍歌しか知らなかつたああいう人に、ほんとうに人を愛するという気持はどういうものであるか、あるいは今度の戰争は実際にどうして起きたものか、正義の戰争であつたか、不正義戰争であつたか。他国を侵略せんとしてやつた、いわゆる日本帝国主義の本質を正しく伝えて、再び戰争の起きないように、そうしてポツダム宣言に基くほんとうの日本の民主化、そして日本に軍事基地を設けたり、日本が再び戰争の惨禍の中に巻き込まれることのないように冷たい戰争の犠牲者であるわれわれは断固として今後平和のために戰おうではないかということで、われわれはその意味において日本新聞の目的とはつきり合致したということで
民主主義というのは、さつきからしばしば申し上げておるように、共産主義よりもさらに広汎な意味を持つものであるということは、私は繰返し申し上げておるはずであります。
質問の要旨がよくわかりませんが……。
まず人をたたいたり、人を圧迫したり、そういうことでなしに、将来みんな仲よくやろう、労働者や農民、そういうものがみな仲よくやろう、そして再び戰争のないように、平和のためにやろうではないか。そういう宣伝がわれわれの一貫した宣伝方針でありました。
そうして搾取のない、明るい、ゆたかな民主的な日本をつくろう、そういうことです。
隠すとか隠さないとかいうことをずいぶん言われておりますが、私は国民の前に真実を申し上げたい。今言つたように、再び戰争を起したり、他国を侵略したり、人のビンタをとつたりする、そういう悲惨なことをやめて、ほんとうにお互いが仲よく、今後平和的な、文化的なそうしてゆたかな社会をつくろうじやないかということを呼びかけておつたわけですから、これが御理解できなければ、やはり日の丸梯団の言つたように、戰争をやろうじやないかということしか言えない。真実はそれ以外にないのです。どのように言つたらいいのか、その点は……。
みんなの自然発生的な運動から、日本新聞に投書され、それを日本新聞が四面に紹介する。そういうような形で各地に起きた自然発生的な反軍鬪争が、漸次日本新聞にそういう記事が出ることによつて、おのおの教訓として行くというような形になつて来たわけです。下から盛り上つて来たわけです。
その点も解釈の自由だと思いますが、日本でもやはり至るところ労働者農民が、食えないときはストライキをやる、これは何も指令ではなく実際にわれわれの生活を守るためにどうしてもやらなければならないものです。われわれは食うか食われるかで、生きるためにはそれをやるしかない。その気持が各收容所で、だれも言わないでもはつきりと出て来たものです。
さつきからはつきり申し上げておる通りであります。共産主義教育というのではなく、奴隷兵士をそういう文化的な人間に仕上げようというのが日本新聞の目的であつたのです。その点は先ほどからしばしば申し上げておる通りですから、これ以上私は言うことはありません。わかりましたか、委員長。
その主題を言つてください。
書いたようにも記憶しておりますが、一応その原文を見せていただきたい。……革命的な警戒心ですか、政治的な警戒心を旺盛にせよという論文は書いたように記憶しますが、その内容は今記憶にありません。
去年ですね。
それはこのように記憶しております。大体ずつと第一船の高砂丸以来、全員入党というスローガンを掲げて来ておるということが、しばしばラジオで放送されておつたわけです。私はたまたま日本新聞に行つてそのことを聞いたので、いろいろとそういう意味のことは載つておるが、やはりそれは行動によつて決定されるものであるという意味のことを言つたので、それをただいろいろと入党宣言だとが、いろいろのから文句を並べておるのは正しくないという意味で書いたように考えております。
全員入党せよというようなことを教育したというようなことは、われわれは全然考えません。今申し上げた通りです。
それはスローガンです。