穂積君、時間がきておりますからお急ぎ願います。
穂積君、時間がきておりますからお急ぎ願います。
次会は公報をもってお知らせいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時散会
この際資料を一つ要求したいと思います。それは、岸内閣では経済外交に重点を置くというようなお話もありますし、特に東南アジアに対しては、経済外交を進めていくということをおっしゃったのでありますが、私の知る範囲におきましては、日本の事業家が海外に投資をします場合の国家の補償率が、きわめて諸外国に比較して低いようであります。一例を中しますれば、ドイツあたりは八%まで国家が補償をしております。すなわち海外に投資しましたのが、政治的にあるいはその他の問題で壊滅になった場合の補償であります。ところが日本はたしか六〇%と私は聞いておるのでありますが、そういう問題。それからもう 一つは保険率がこれも海外に比べて非常に高いのであります。言葉をかえて
この際ちょっとお伺いしたいことがあります。沖繩の方々が講和条約発効前の補償問題につきまして、いろいろと日本政府に陳情をしておられます。ところで一つこの際お伺いしたいのでありますが、申し上げるまでもなく、日本が連合国に降伏の調印をいたしましたのが一九四五年九月二日であります。ところでその後マッカーサー司令部の方では、こえて一九四六年一月二十九日に行政分離令なるものを出しております。これによりまして、完全に沖繩は日本内地から行政が分離されております。しかるにその後約六カ年を経ました一九五一年十二月五日に、これまたGHQの覚書として行政分離令の解除がなされております。もっともこの間において、申し上げるまでもなく、サンフランシスコの平和条約
私は研究なさる一つの重要問題だと思うのでありますが、ただいまの条約局長のお話では、第三条と第十九条の問題だけに触れて御答弁があったのでありますけれども、私はむしろこの第三条、第十九条のほかに第四条もあわせ考えませんと、問題が解明されないのじゃないかというような気がするのであります。といいますことは、御承知のように海底電線等の問題等がからんで参ります。そういったようなことにつきまして、政府としましては十分御研究を願いたいと思います。私の質問はこれで終ります。
私ただいま田中官房副長官のお話を承わっておりますと、副長官は少し勘違いしていらっしゃるのではないかという気がするのであります。といいますことは、援護会のことにつきましては先ほど穗積委員との間に、これもちょっと、実際は違っていないでしょうけれども、聞いておる者には線が違っておったような気がするのでありますが、私今ここに時間をお急ぎのようでありますから簡単に要点だけをお伺いします。 それは端的に申し上げまして、昭和三十二年度に見舞金とでもいいましょうか、そういったようなものについてこれを予算化していただける御方針であるかどうかという一点であります。それは詳しいことは副長官外の方々に申し上げますし、また何を私が聞いておるかということも
私は、田中官房副長官が内閣のうちで沖縄担当官でいらっしゃるというのでお聞きしたのでありますが、その以前の問唐とでもいいましょうか、大蔵当局に対してお願いというか、お伺いしたいことがございます。それは、先ほど来の質疑応答によっておわかりになりますように、この問題は法律的に論じて参りますとなかなか敏妙なものがありまして、結局今の段階におきましては、外務省としても大蔵省としても、法律的な結論というものは、一応個人的なものはお出しになっていらっしゃるかもしれませんけれども、省としてはまだおきめになっていないということを聞いております。それほどにこの問題はなかなか複雑微妙でありますし、これを研究していきますのは、ただ単に日本の政府部内だけでき
今の政務次官の御答弁は、御当局としてはごもっともなことでありまして、今ここではっきりした数字をお出しになれないことは了承いたします。しかし大蔵当局としては、今後の予算を組んでいきます上においては、これを十分頭に置いて一つ御配慮願いたい。 それから先ほど田中官房副長官が沖縄のいろいろの問題についておっしゃったのでありますが、調査ということは私は非常に困難な事情にあると思うのであります。たとえて言いますと、いわゆる戦死者を調べていきますにしても、戸籍がなかなか正確に出ないということから、戸籍を調べることから始めたのではなかなか容易なことではないと思います。しかも先ほど田中官房副長官がおっしゃいましたように、政治的といいましょうか、何
ほかに他の方もまだ御質問があるようでありますから、最後に一点だけお伺いして私の質疑を終りたいと思います。 それは、新聞記事は当てにならないというと新聞記者諸君は怒るかもしれないのですが、けさの東京新聞を見ますと、こういうことが書いてあります。 沖縄の平和条約発効前における王地補償問題については現地側の強い要望に基いてかねてから政府部内で懐重検討中であったが、十二日夕刻内閣で沖縄問題を主管する田中官房副長官、石井南方連絡事務局長、中川外務省アジア局長、中尾大蔵省主計局法規課長が会合協議の結果、沖縄の接収地に対する補償もしくは見舞金の問題は明年度に持ち越すことにきまった。沖縄の軍用地接収には、すでにその昭和二十九年四月二十九日以
数日前に当委員会におきまして、沖縄の方々から参考人となっていただいていろいろ事情をお聞きしたのでありますが、その際に仲吉さんという参考人の方から沖縄の施政権の問題についての御発言がありました。そのお話の内容を聞いておりますと、日本が近く国連に加盟が許されるようになる機会において、国連憲章の七十八条並びに百三条、百七条のそれぞれ一連の条約によりまして、この際沖縄における施政権を一日も早く日本に返還してほしいという意味の陳述でありました。しかし考えてみますと、アメリカの方ではまだ沖縄に対しては信託統治をやっていないのでありますし、また聞くところによりますれば、アメリカは沖縄に対して信託統治を国連に申し出ようとはしないという意味のことを聞
今の局長のお話を聞いておりますと、アメリカ側の意向もうかがわれるのでありますが、しかしこれは考え方によりましては、かつてマッカーサーが日本に軍政をしいておりました当時に、日本はまだ十二才の少年だというようなことを言ったのでありますが、日本もようやく国連に加盟ができるということは、その言葉からいわせれば、いよいよ一人前になったという意味にも解されるのでありまして、こういう段階に日本が入りました際に、平和条約第三条についての態度とでもいいましょうかそういうことについて、日本の政府は強くアメリカに交渉していただきたいと思うのでありますけれども、こうした問題について、外務当局は今日までそういう折衝をなさいましたかどうか。また今後に対する外務
ただいま局長はアメリカ側の意向として、緊張緩和という表現をしているようでありますが、この緊張緩和ということは、これは多分にアメリカの主観的な考え方によるのかもしれないのでありますけれども、緊張緩和というものは客観的に判断しなくてはいけないと思います。もしもそうだといたしますれば、私は必ずしも今日は、沖縄をアメリカの軍政下に置かなくてはいけないほど緊張しているものとは考えられないのでありまして、この点は日本政府としても十分これらの点も勘案して折衝していただきたい、かように思うのであります。 さらに私が質問を進めて参りたいことは、せっかく日本も近く国連に加盟できるのでありますから、あらゆる機会に——施政権の問題、いわゆる信託統治の問
話が逆戻りするようでありますけれども、この軍用地の問題につきましては、何か今までの経過を見ておりますと、出先の軍と現地のいわゆる地主との間に話が進められておるようでありますが、この基本というものは、どうしても日本政府対アメリカ政府、端的に言って日本の外務省と向うの国務省との折衝によって基本がきめらるべきであって、これを現地折衝で話し合いをまとめるということは、私は筋が違っているのじゃないかというように考えるのであります。その点について今まで中川アジア局長が懸命に折衝を続けておいでになったことと思うのでありますが、私は妥協とでもいいましょうか、ちょっと譲歩したような考え方でありますけれども、その期限につきましては、あるいは港湾になった
なお講和発効前の補償問題でありますとか、あるいは沖縄の方で海外から引き揚げてこられました方方の生業資金というのでありますか、そういったような問題につきましても、過般の当委員会において参考人の方からそれぞれ御意見の御開陳があったのでありますが、これは多分に法律解釈のみで進みましては、なかなか容易に結論に到達しないような向きもありますので、従ってこれには相当政治性を帯びたものの考え方をしなければならないという面もございますが、先ほどからこれの責任者でいられます根本官房長官も見えておりませんし、また会期末でもありますので、外務大臣とかあるいは大蔵大臣、厚生大臣等の政府責任者の出席も願いかね汚ような状況でありますので、私は最後に幸い当委員会
ただいま吉元、桑江両参考人の方からいろいろお話を承わりましたが、その前に中川アジア局長並びに石井南連局長が私どもの質問に対してお答えになり、ただいま両参考人の方のお話もアジア局長並びに南連局長はお聞きになったのでありますが、問題は講和発効前の補償問題と、それから沖縄県民の海外からの引揚者に対する問題と、この二つが残っております。これは法律論に立った政府当局の御意向も伺わなければなりませんが、同時に、これには多分に政治的な政府の態度とでもいいましょうか、善処方をお願いしなければならぬ面があろうかと思いますので、明日の委員会においてこれらの問題に対して御答弁を願うべく、アジア局長並びに石井南連局長からそれぞれ官房長官なりあるいは大蔵大臣
議事進行について。先ほど南連局長から御答弁があったのでありますが、先ほど来五人の方々からそれぞれ貴重なといいましょうか、切々たるお気の毒な話をいろいろ聞かされたのであります。これに対する御答弁のように南通局長はおっしゃったのでありますけれども、話を聞いておりますと、対米関係においては非常に腰が弱く、金ごとになるといやに強く話があるように感ぜられるのでありますが、この問題はいずれの問題も、今五人の方のおっしゃいましたどなたの話も、政治的な面が非常に多いと思う。従いまして、先ほど来穗積委員もおっしゃいましたように、また松本委員もおっしゃいましたように、いずれ日を改めて政府の外務、大蔵両当局の首脳部からも一つ御出席を願って、その上で私ども
ただいま石坂、田中両委員の質問で大体了承したのでありますが、それによりますと、大使館の館員は二十名ないし三十名、それはこちらの大使館のことでありましょうが、ソ連の大使館は東京に一体どのくらい置く意向であったのか、交渉の際にそういう話が出たのかどうか、これは下田条約局長がおいでになったようでありますから、その点を伺っておきたいと思います。
そうしますと、今の下田条約局長のお話では交渉の間において人数等のことについては議題に上らなかったというのでありますが、先ほど官房長が言われましたように、西ドイツあるいはインドネシア等には相当数の方がソ連から行っておられるのです。インドネシアには五、六百人ということさえ聞くのでありますが、それと、先ほどおっしゃいました二、三十人では非常な差があるわけであります。これは何も話し合いがなかったということになりますと、今後は一体どういう形でその折衝をなさいますか、その点をお伺いしたい。
そうなりますと私は一つ気づかう点が出てくるのであります。先ほど田中委員がおっしゃいましたときに、もしも大ぜい向うから見えるような場合には査証の拒絶をするかもしれないというような御答弁があったのでありますが、そもそも日ソ共同宣言は御承知のように相互理解と協力の上に云々とありますので、最初から人数のところから両方で対立するようなことになっては、せっかくの国交調整ということもいかがかと思うのであります。その点は一つ査証の拒絶をするというようなせっぱ詰まったところにいかないように、十分の御配慮を願いたいと思います。それで今の御答弁ではただ単に日本のモスクワにおける大使館の館員の数だけをおっしゃったようでありますが、東京に置かれるであろうソ連
相互主義といいますと、もしもモスクワの日本大使館に日本の自衛隊からだれも行かないということになってくると、ソ連もあれだけ軍隊を持っているのでありますが、その駐在武官も来れないということになるのですか。こっちから一人も自衛隊関係の、いわゆる防衛庁関係の方が参らなければ、向うからも駐在武官は来れないということになるのでありますか。それともそこには幅があって、今御答弁のうちにある必要云々ということから考えて、日本からはソ連に防衛庁関係の人は行かなくてもいいけれど、向うは必要があって来るのだという場合にこれを認めよう、こう解釈してよろしいのですか。