その点につきましては、移住審議会の御答申にも、人口問題の解決策としての移住政策ではなくて、人口問題と直接的には結びつけない考え方を答申せられておりますし、われわれもそのラインで行きたいと思っております。
その点につきましては、移住審議会の御答申にも、人口問題の解決策としての移住政策ではなくて、人口問題と直接的には結びつけない考え方を答申せられておりますし、われわれもそのラインで行きたいと思っております。
その点は日本が、日本国民が海外へ出ることがヨーロッパよりも非常におくれていたということが根本的の差異だと思います。したがって、その後におきまして、日本の海外移住自身につきましても、海外に関する関心が非常に薄かった。移住といも日本民族の発展日本民族が海外へ行ってそのところを得るという政策といたしましても、それに対する国民の関心も少ないし、政府としても、その関心を十分喚起するという点が少なかったというふうに反省をいたします。
その点は非常にはっきりしないのでございます。第一世の中でも、すでに向こうの国籍をとっておられる人もおられますし、そうでない人もおりますし、――もちろん二世は全部先方の国籍でございます。ここに書きました三十六年十二月というのは、三十四年在外公館調査で、一世、二世、日系人全部を勘定した数字でございます。国籍の点はちょっとはっきりいたしません。その次のページにございますかと思いますが、明治三十二年から昭和十六年までの中南米向けの移住者渡航数というのですが、それを見ていただきますとわかるのですが、ブラジルは戦前、昭和十六年のときに十八万八千名であります。当時昭和十六年ごろのブラジルにおける日系人が二十二万ないし二十三万と言っておりましたが、
これは、海外の邦人の団体の協力と、それから個人の協力でございます。団体といたしましては、先ほどからもお話がございましたが、たとえばブラジルでは日系ブラジル農業団体がございますし、コチアの産業組合、南伯産業協同組合とかその他がございます。これらが戦後の日本の移住者の呼び寄せに非常な貢献をしておるわけでございます。現地におきます日系、あるいは場合によれば純ブラジル系の団体も協力してくれております。養鶏組合――ブラジル人の会長の組合がございます。こういう団体の日本移住呼び寄せの協力というものが非常に大事でございますので、事業団は今後と毛現地におきましてこれらの御協力を仰ぐことになると思います。それから、ブラジルの例ばかりでございますが、そ
今御質問の点は、実は移住局であずかっております移住政策のもう少し先のほうの、在留邦人に対する措置も、やっておるわけでございます。そうして、全般的には在外邦人の、まあ先生がおっしゃったような問題についても、できるだけ立場を擁護するための積極的な方策をとるということで、あるいは政府に申し入れたり、あるいはその他の方法をとる方針でやっておるわけでございます。ただ、われわれとしては、正面は外交のルートでいくだけで、あまりに内部的に働くことについては限界もございますので、思うようにいかないというようなことはございますと思います。しかし、外務省がやっております仕事で成功している例もございます。これはカナダではございません。たとえばペルーのごとき
調査ということでございませんで、先方の政府あるいは民間から強く要望してきておりますのは、やはり技術、それから技術に伴う資本と施設、それから今おっしゃった科学者とか先生とか、こういうものが強く要望されております。これは各地でございます。今、先生から御指摘になりましたように、アルゼンチンにおきましても、コロンビアにおきましても、数学の先生とかお医者さん、教授の招聘というようなものが行なわれております。 それから、これはちょっとそれとは直接関係ありますかどうか疑問に思うのですが、ブラジルにございます日本人の数は、ブラジラ六千万の人口のうち一割にならないのですが、教育――大学の教育を受けるという者の数の一三%は日本人なんです。こういう点
これは、従来移住会社なんかは任期が二年でございましたが、二年では短い、理事長は少なくとも四年なければいけないということで四年になっております。ただ監事につきましては二年というふうに短くいたしたわけであります。
これは一期を終って続いて第二期――さらに四年やることも差しつかえないという意味でごございます。
将来の方向といたしましては、各県の海外協会が事業団の支部になることを、われわれといたしては希望しております。 それから、たとえば九州の地方海協はこの前の——ブロック会議というのがございますが、そのときには、事業団の支部ができるならば、地方海協では支部になりたいという意見を表明したと聞いております。 それから、農林省は地方海協を支部にするのはいやだとは言っておらないので、地方の事情を十分検討して、円滑に支部になるようにすべきであるというのが農林省の考え方だと伺っております。それだけです。 〔理事井上清一君退席、委員長着 席〕
海外協会の予算は、人件費と庁費は外務省からですが、それから農業関係の募集関係の事務費として農林省から出ているわけであります。それで、実は海外協会連合会もそういうような予算がございました。これは海外協会が事業団一本になって、地方のほうだけがまだそれが解決しておらないのですが、今、実は地方の事情を明らかにした上で、支部になるならば外務省に移るというのが農林省のほうでも考えられておるわけです。それに反対しておるのではなくて、地方の事情を十分聞いて、円滑に移るようにすべきであるというのが農林省の考えであります。
ただいまのヨーロッパの海外移住の非常に活発な数字は、実はこの二、三年来非常に変わっておるのでございます。まず最初に、なぜそんなに多く出たかということでございますが、これは第一には、ヨーロッパ新大陸、南北両米語州、カナダ、ニュージーランド、豪州−ヨーロッパ系の国民でグループが作られておるということから、その呼び寄せが非常に多いということであります。なお、戦後初期から、つい最近まででございますが、いわゆるヨーロッパの難民救済という事業が国際的な規模で積極的に推進されたということも大きな影響だと思います。また、ドイツのごときは、東独その他から流れてくる方々の数が多いということでございます。これがこの二、三年来非常に変わりまして、たとえば年
これは、何といっても、ヨーロッパ諸国は海外諸国に地盤を持っていることでありまして、例をあけますと、アルゼンチンの人口は約二千万でございます。その四割強がイタリア人、四割弱がスペイン人、その他はヨーロッパの北のほう、ロシアから南はユーゴとか全ヨーロッパ諸国人で形成されている。したがって、これらの地盤で、政府としての一般的なお世話だけで、海外からの積極的な誘引で出て行く。そういう出て行く人もきわめて簡単な、小さいトランクを一つ持って行くという状況であります。わがほうといたしましても、戦後渡航費を政府が貸し付けて移住いたしました数は最高で約八千、一昨年——三十六年度が六千、昨年度——三十七年度は二千名に減ったわけでありますが、渡航費を貸し
これは実は明治三十二年から昭和十六年、つまり戦争が始まるまでの日本人の行きました表がここにございますが、これによりますと、二十四万四千名、これは北米を除いた中南米移住でございます。そうして、ブラジルに約十八万九千でございます。これにプラス、戦後ブラジルには約五万弱参りました——四万幾ら。これを合わせますと二十三万ぐらいでございますが、それが結局、今ブラジルには四十万ほど行っておりますから、ほとんど倍になっているということが言えます。アルゼンチンは、これは私の表によりますと、戦前五千三百九十八名行っているのですが、現在一万三千名余りです。戦後数千名程度でありますから、やはり倍以上にふえている。大体日本の中南米の海外移住は、行った人の数
仰せのとおりでございまして、極端に申しますれば、ヨーロッパ諸国は、新大陸を含めて世界がヨーロッパの延長であると考え、日本は、海外に対しまして、日本だけが日本であって、世界はひとつ国であるという根本的な考え方、そのことがすべてに影響してきたのだと思います。
最初は、海外邦人の経済的基盤を強化して、それがおのずから移住を促進するという立場から移住振興会社ができたと思います。そういう意味におきまして、単に農業だけでなくて、移住地における邦人の工業活動にも融資をするという方針を強く打ち出しておりました。ただ、一番最初にやった融資があまり賢明でなくて、所期の目的を達しなかったということはございますが、その後、たとえばサンパウロにおきます豊和工業といいまして、ブラジルの紡績織機を作る会社に融資をいたしましたり、あるいは在ブラジル邦人の農場等に融資をいたしましたり、またペルーで、これは戦後新たに邦人は行っていないのですが、あそこの邦人の経済基盤の強化のために養鶏組合を作らせてそれに融資をする。同じ
今言い抜かしましたが、ブラジルを初め各地におきまして、農業移住者に対する営農融資でございます。現地で必要な営農資金を融資する。これは相当活発にやっております。したがって、移住会社は現在三十三億の資本金でございますが、そのうち十四億くらいが営農関係の融資をやっております。それから、やはり十四億くらいが土地造成、いわゆる移住地事業に金を使っております。そうして残りが商工——移住地の経済基盤強化のために、これも在留邦人への融資でございますが、邦人またはその団体ということであります——に充てているというのが現在の実情です。
ごく簡単に申し上げます。さっき申しましたように、現在の会社の出資金が三十三億でございます。それから、米銀の借款を今日までで一千五十万ドルいたしまして、うち、七百万ドル返済いたしまして、現在三百五十万ドルばかり残っているように記憶しております。そうして、その活動は、大体さっき申しましたようなことでございまして、結局、一応欠損というものが出ております。これが最初から今日まで累計いたしますと、約八億円でございます。これは、最初移住会社ができましたときの考え方は、むしろ経済基盤強化のための移住融資ということが重点であったと私思います。そうして、アメリカから一千万ドルなり、あるいは最初の話では、三千万ドルぐらい金を借りる、これはアメリカにして
その点は、この移住会社ができましたころの情勢とも相当現在変わっておるのでございます。あの時分の考えは、一番ブラジルに集中されたと考えます。ブラジルにおきましては、戦後御承知の日本人の争いがございまして、勝った負けたの争いがございまして、ブラジルではまだ日本人を入れるべきでないというような意見も強くて、あそこの新しい憲法制定の場合に、四十九対四十九で日本人禁止の一項目を憲法に入れるべきであるというような意見で、やっと議長が、一国の憲法にそういうことを入れるのは好ましくないということで、辛うじて一票の差で、そういう日本人排斥の憲法の条項が抜かれたような状態でありますし、日本に対して、侵略的な国というような心配がまだございまして、公社のよ
大体、移住先の諸国とも、事業団の構想はもうすでに話しておるのでございます。私は十分確信がございますと言い切れると思います。特に、従来の移住会社は、今おっしゃったように、もうけることはできないし、それから、もうけるだけじゃなくて、管理費とかその他の経費すら移住者に貸すことができないわけでございますから、今度の事業団になりまして人件費は全部事業補助で、結局融資をする場合、その元だけを返してもらえばいい、人件費とかなんとか貸さない。また移住地の経営につきましては、むしろ国の援助の部面が相当入っていくという点で、従来の移住会社の移住地経営よりも、ずっと現実の移住政策にマッチしたやり方ができるというふうに思います。
その点は、先生のおっしゃったようなラインで、われわれもベストを尽していきたいと思うのです。これは、従来の移住会社と海外協会連合会の二つの部面が一緒になるわけでございまして、海外協会の面は、国が移住者のために費用を使う、場合によればトラックとかジープとか、こういうものを買って与えるということで、これは交付金のあれになっております。それから、会社が従来やっておりました中の一般管理費とかその他人件費は、みな交付金の中に入りまして、元の海協の国の補助べースでやっていくわけでありまして、動きます金だけが融資として別会計で、区別された会計で、原則としてこれは会計ベースを設けることにはなっているけれども、会計ベースとしてなるべく減らさない、ように