おおむね間違いありません。
おおむね間違いありません。
その通りであります。——ちょっと待ってください。委員長が懲罰をする意思がない——これはないかあるかわかりません。なかったかあったか私にはわかりません。ただ私が皆さんとはかって出したということは、安宅委員が言われたとおりであります。
議事録は見ましたけれども、議運の会議には、私は出席しておりませんでした。
私は必ずしもそうは思いません。委員長が懲罰の意思がかりになくても、私は出すかもわかりません。なくても出すかもしれません。あってもちゅうちよしていれば、出すかもわかりません。それは私がお答えする範囲ではないです。私は法の示すところによって、出したわけですから。
ちゅうちょした場合に、私が出せると言ったのではありません。ちゅうちょしているような場合には、私が出す場合もあるということです。
委員長はなかなか出さないですから、そこで委員長の意思と関係なしに、われわれは出したわけであります。
お許しを得て、提案者として……。
安宅委員のお考えと多少見解を異にすることを残念に思いますが、安宅委員はいま、暴力等が行なわれた場合にはやむを得ざる場合もあるかもしれないけれども、言論で懲罰委員会ということはなかなか容易ならざることだと言われた。容易ならざることというのは、先ほどから安宅委員みずからおっしゃったように、人を懲罰に付するということですから、容易ならざることは言うまでもないのです。言うまでもないけれども、言論でも、日本の国会法、憲法、衆議院規則、それらをおしなべてみて、禁止に関する条項が日本ほど多いところはない。日本ほど多いところはないけれども、日本ほどまたこれがなおざりにせられておるところはない。たとえば議員同士はお互いに敬称をもって呼び合わなければい
今度のことで申し上げましょう。
従来のことでは、いろいろ無礼な行為それから不規則発言——お答えになりますかどうか。それではこういうことを申し上げます。イギリスでは、不規則発言の中で、裏切り者ということを言っただけで処罰をされておることがある。わが国では、先ほど穗積さんの一身上の弁明の中にも、裏切り者であるとか裏切り的行為であるとか、あるいは売国的であるとかいうことがしばしば出ております。こういうことは、他にことばがないとおっしゃいますけれども、はたしてそうか。私は、それほど代議士というものはことばに不自由していないと思うので、私は、何かほかのことばで十分自分の思想を言いあらわすことができるのではないか、こういうふうに思います。
それはその場の状況でありまして、私がお答えする範囲でないと考えます。
その場の状況によって、それを無礼な言辞があったと受け取った場合には、するでしょうし、しない場合もあるでしょう。私はこの場合、私の提案理由に対する御質問として、お答えする必要の範囲を越えていると思うのであります。
いままでしばしば無礼と思われる——無礼というのは客観的な問題ですから、無礼であると思われるような行為がなかったかという御質問に対して、私はしばしばあったとお答えいたしました。それでは、しばしばあったのなら、なぜしばしば懲罰動議が出なかったのかというふうに受け取られますから、そういうふうな御質問だと思いますから……。(安宅委員「そんなことじゃありません。」と呼ぶ)それでは、その点をはっきり御質問願いたいと思います。
一々例をあげろとおっしゃいますが、いまその用意はございませんけれども、それでは、私の記憶に残っている最近の問題でも申し上げましょう。 たとえば、あえて名前は申し上げませんけれども、最近の外務委員会において、隣の国の中華民国を称して、イモの形をしたと、何かこう特別なあまり上品でないおことばを使いましたが、そういうふうに言って、その国を批評した。アメリカの、最近まで政治家であって、いま大学の教授をやっておられる某博士を、あれはばかせではないかと思うというような御発言があった。これらは、われわれ同僚に対する無礼とはあえて思いませんけれども、やはり品位を重んじなければならないという条項には適合しないのではないか、いかがでございましょう。
どういう点でまずい点になるか、私にはよくわかりません。詳細におっしゃってください。
ですから、先ほど私が申し上げましたように、そのつど、なぜ懲罰動議提出の現象が起きないか……(安宅委員「起きないかではなく、あなたに聞いている」と呼ぶ)それじゃ、なぜやらなかったかと言い直してもけっこうでありますが、それはそのつど、私はまことに遺憾に思いますよ。遺憾に思いますけれども、安宅委員御承知のとおり、そのつどそれらをつかまえて問題にするというのも、国会の運営のためにもよくないと思いますから、それはやるやらないは、こちらが困ったことだとは思いながらも、それをやらない場合もありましょうし、これはやるべきだと思う場合もありましょう。それは安宅委員と必ずしもその場の状況に対する反応は同じでないかもしれませんが、御了承願いたいと思います
私は国会対策委員ではありませんから、国会対策委員とはかってやっておるわけではありません。したがいまして、国会の今日の時点において、これらの問題は非常に気になるけれども、同士を懲罰に付するか付さないかということは、私はあくまで自分で考えた。国会対策といっては少し専門用語になりますから、安宅委員の考えておる国会対策とはちょっと違うかもしれませんけれども、それはそれとして、恣意になるおそれはないかというお話がありましたが、私はこの法律を見て、恣意になるおそれは十分あると思います。そこで、これは懲罰に値するか値しないかということは、皆さんがおきめになることです。鯨岡が出したものは、あれは鯨岡の気分である、四十名賛成者があるけれども、それは気
そういうほかのことについても調べたか調べないかということをおっしゃれば、調べた限度というものはもちろんありましょうけれども、全然調べなかったわけではありません。(安宅委員「この問題については」と呼ぶ)その問題も調べてございます。調べてございますが、これは私に質問されても、私ははなはだ迷惑するのです。なぜかといえば、その問題と対の問題で私は考えているのではないのです。ですからその問題が見のがされた、懲罰に値しないような問題だから、今度のこの問題も懲罰に値しないと御判断になるかならないかは、皆さんが御判断になるのでございます。私は、売国者と言ったそのことを問題にしているのであって、その判断を私に問われても、私は御返答のしようがございませ
私の趣旨弁明について、たいへんおほめをいただいて恐縮に存じます。 私は、共産党の川上議員の発言は、その発言をしたときは知りません。その後において調べて、その後いろいろ議運や何かありまして、そういう経過の中で知り得たのであります。したがいまして、私はそれを比べてみて、やはり非常に品位のない、適当でないことば使いだなとは思います。思いますが、これが懲罰動議と直接関連するとは思えないのですが、いかがでございましょう。
動議を出すときには、そのことは知りませんでした。