たびたび申しますけれども、実際私の気持は、今日ここで申した通りであります。過去にそういうことを考えたことがあるけれども、在野時代に言ったことはあるけれども、総理大臣になってから自衛隊を憲法違反だと言ったことはないのであります。(「きのう言ったよ」と呼ぶ者あり)
たびたび申しますけれども、実際私の気持は、今日ここで申した通りであります。過去にそういうことを考えたことがあるけれども、在野時代に言ったことはあるけれども、総理大臣になってから自衛隊を憲法違反だと言ったことはないのであります。(「きのう言ったよ」と呼ぶ者あり)
私の気持は今まで申した通りでありまして、それに違ったように御解釈になるのは、私の言葉の足りないためと思います。
たびたび申します通りに、私は、元在野時代に、軍隊を持つということは憲法に違反するものと思ったことがあるものですから、それを主張したことはあるのです。これは否定しないのです。(亀田得治君「それはわかっていますよ、そういうことは」と述ぶ)その後、私は、自分の考えを変えましたということを申しているのであります。
ただいままで私が申したことによって御理解を願います。
今日はそういう誤解の起きないように釈明をしておるわけであります。
国民が疑惑を持つことがあるかもしれませんから、今日説明をしておるのであります。
国民が誤解をしておれば、それを解くことに努力いたします。
言葉に対しては責任を持ちますが、誤解を解きたいと思ったために今日の釈明をしたのです。
自分の発言に対して責任をとるということは当然なことと考えております。
国民に対して私の意思の間違わないように伝えることに努力をすることも、責任をとる一つだと思います。
ただいま私の意見を率直に申し述べていることも、国民に対しての責任を尽す一端だと考えております。
私が繰り返して申しますことは、やはり自分の責任だと思って繰り返して言っておるわけです。
私はそうは考えません。
国民の代表者の集まっておる国会におきまして、わが国は自衛権を持って、正当防衛に足る兵力を持ってもいいということを多数でもってきめた以上は、その解釈に従うのが立憲的であると考えております。
これは憲法の解釈の問題です。
法律をもって憲法を改正することはできません。憲法の解釈は、国民の多数によって憲法を解釈して私は一向差しつかえないと思います。
憲法の改正について憲法に制限がしてあること、これは私も存じております。ただ、その憲法の成文をいかに解釈してくるか、憲法九条が自衛権までも否定しておるかどうか、その解釈の問題は国民がして一向差しつかえないと思うのであります。
吉田君がそういうように憲法を解釈したのは、それはそうだろうと思います。けれども、その解釈の仕方に対して反対解釈が許されないということはないと思います。
私は国家の自衛権、国家の正当防衛権というものに必要がある場合に、その必要を満たすように憲法を解釈するということは、当然のわれわれの義務であると考えます。
吉田君も憲法を作るときにそういうことは申したとは思いますが、吉田君自身も、日本の国がつぶれてもかまわない、自衛権を放棄して(「そんなことを聞いていない」と呼ぶ者あり)この条文を作ったとは思いません。