私は、支那事変並びに大軍亜戦争ともに、そういう戦争はしない方がいい、当時から終始一貫しておりました。それをどういう理由でそういう態度をとったかということを、ただいま私は言いたくないから、申しません。
私は、支那事変並びに大軍亜戦争ともに、そういう戦争はしない方がいい、当時から終始一貫しておりました。それをどういう理由でそういう態度をとったかということを、ただいま私は言いたくないから、申しません。
私は、自衛ということは、急迫不正の侵略をされた場合これを守るという、その自衛の権利があるだろう、こういうことを言っておるだけであります。
自衛という概念は起きないわけです。
そういう意味です。
私はその当時において、支那事変の拡大についてもおもしろからないと思いまして、近衛総理に会いに行きましたし、その後の大東亜戦争もこれをやめることについて努力したのであります。そういう戦争、いいとは思っておりません。
私はその当時のことについてお話をするのはお断りをいたします。(「なぜ」と呼ぶ者あり)
自衛というのは幾度も申します通りに、急迫な、そうして不正な侵略に対して最小限度の防御をする、こういうように考えておりますので、自衛のためといって……、まあ国力に相応し、最小限度という条件のもとに、その範囲内において自衛の目的を達成したいと思っております。
ただいま申しました通りに、不正急迫な侵害を防御し得る最小限度の自衛力を持ちたい、こう思っておるのであります。
最小限度ということは、まあ理論的に言えば国際情勢を勘案しなければ出てこないものと思いますけれども、現在におきましてはその程度ならば十分なことと考えております。とても日本の独力をもって防衛するというような力はないと思います。とにかく日米安全保障条約を基本とした防衛計画を立てる以外に日本としては道は今日はないと思う。
現在におきましては、日米安全保障条約を基本として考える以外に道はないと思います。
最小限度といいますのは、日本の国力の最小限度、国力に沿う最小限度の自衛力を持つ、こう言ったのであります。
自衛隊はあなたのおっしゃる通りでありますけれども、自衛隊を持つといいましても限度が、日本の国力に沿う最小限度きりできないのでありますから、そういう限度をつけた方がいいと思います。
私としては、ただいま申しましたような限度以外にお話をすることはできないと思います。
あまり詳しくは開いておりません。
陸軍を十八万、その他のものを、先刻防衛庁長官が申しました数年後の計画の数字は、それは聞いたことがあります。けれども飛行機が半数どうなるかというようなことはまだ聞いたことはございません。
ただいま防衛庁長官の申しましたことはきまったことではなくて、防衛庁の試案をここで話したものと思います。政府のきまった方針ではございません。
近く防衛会議ができますれば、すべてのことが防衛会議にかかりますから自然に知ることができますけれども、今日はまだ防衛会議ができておりませんので、そういうような組織がありませんから、試案の間は私が知らないという部分もあります。
憲法を改正して徴兵制度を作るという意思は持っておりません。また海外派兵をするというような考え方も持っておりません。憲法を改正いたしましても、現在の憲法の基本方針を捨てるつもりはないのです。平和主義なり、主権在民主義なり、基本的人権なりを捨てるというような考え方は持っておりませんので、ただ自衛隊というのについて、自衛隊が持てるか持てないかということが疑惑の焦点になっておるわけでありますから、それで自衛隊も自衛の目的のために兵力は持てないというように、憲法の成文にはそういうように見えるような条項があるのでありますから、自衛のためならば、正当防衛のためならば軍隊が持てるということを明確にした方がいいと思うので、憲法九条の改正をしたいと、こ
考えておりません。
私がですか。