いつごろでしたか、私は時期をちょっと忘れましたが、去年の夏ごろじやなかったかしら、鈴木委員長とお目にかかりましたときに、私は、そういうようなことを言った覚えがあります。
いつごろでしたか、私は時期をちょっと忘れましたが、去年の夏ごろじやなかったかしら、鈴木委員長とお目にかかりましたときに、私は、そういうようなことを言った覚えがあります。
私が鈴木君と話をする当時においては、いかなる条件でソ連と領土問題を解決するかという相談をしたわけではございません。私は、議会においても、緒方君からの質問を受けたのは、歯舞、色丹はどういうことにするのかというような質問を受けたのでありまして、当時においては、まだどこでも、その大体においての見通しがついていないのです。ただどの点で妥協ができるだろうかということの探り合いみたいのような時代でありました。鈴木君に対して、あなたの方では、歯舞、色丹を日本の領土として認めることによって、社会党の方はまとまるでしょうかというようなことを伺ったと思っております。私もその当時、歯舞、色丹だけで、できるとも、それで満足すべきものとも自分で決定していった
とにかく、渡航の制限というものは、なるべく寛大にする方が大体においていいと思います。あまり神経質になって渡航の制限をするということは、国交を親密にする上においてよろしくないと思います。それですから、すべての国との友好関係ということは必要なものですから、できるだけは広くしたいという気分で政府はおります。どういうような内規があるかはまだよく存じませんが、大体の意見としては、なるたけ自由にした方がいいというような考え方を、閣僚は持っておるものと思っております。
私の国際情勢の変化 というのは、ソ連が択捉島をどうしても持っていたいという原由は、米国との関係において持っていたいのだと思うのです。それですから、米ソの関係が融和されてくれば、択捉についての執着心というものは、ソ連でもなくなるだろうと思う。それですから、米ソの関係というものは、両方ともに、原爆や水爆の競争をしているということのばかばかしさをだんだんに感じてきて、平和になって、何と言いますか、何かの恐怖時代というか、緊張時代というか、その緊張の緩和という時代が来るだろうと思うのです。そういう時代には、択捉、国後をしいて固執はしないだろう、そういう時代はやはり領土の問題を決定するにはいい時期だろうと、私の頭ではそんなふうに考えております
国連加盟について、軍備を絶対に持たなくてはならぬという次第でもないのでありまして、軍備を持たないという約束のもとに、国連に加入しておる国々もあるのでありますから、国連加入を理由として、警察軍を作る必要があるということを理由として、日本の軍備を拡張するという気分は毛頭持っておりません。
私が日ソ交渉、国交の正常化を唱え出しましたのは、昭和二十七年の九月の十二日が初めてであります。そのときは、ソ連と米国とが戦争をしはしないだろうかというのが、アメリカのいろいろな雑誌にも出たくらいに、ソ連の軍備拡張も、アメリカの軍備拡張も、一九五二年を目ざしてやったのであります。一九五二年ごろに戦争が起きるかもしれないということが伝えられていたわけであります。そういうような世界の情勢のときに、日本とソ連とは戦争状態終結未確定の事態にあるということは非常に危険だと思いまして、戦争状態終結確定の事態を作り上げることに努力しなくてはならないと演説をいたしました。それから五年たったのでありますが、やはり世界の緊張緩和という声は、世界の心ある人
ポーランド並びにハンガリーについてああいう事件が起きるということは、調印の一日前に知ったのでありまして、日ソの国交を調整しようとする最初のときにおきましては、もとより知りませんでした。調印の前には、フルシチョフが、河野君に、二日延ばしてもらいたい、レセプションも同時に延ばしてもらいたい、自分はそれに出席したいから、二日延ばしてもらいたい、そうして、ポーランドの事件を片づけて、その後に調印をしたいということは言ったのです。調印する当時におきましては、ポーランド事件が起きるということは知っておった。しかしハンガリーのことは知りませんでした。
私は、ソ連と日本のため、また世界平和のために、世界の緊張緩和のために、一日でもすみやかに日ソの国交を正常化するということを必要なりと思いましたから、せっかく話し合いができたのであるから、二日延ばすのをきらったわけであります。
緊張緩和の方向にわれわれは努力をしなくてはならないと思っています。ちょうど、イーデンが、イギリスでオーストラリアやその他の国々の首相を集めまして相談をしたときに、その演説で言っております通り、われわれは世界の緊張緩和に努力しなくちゃならない、そうして米国とソ連との橋渡しになりたい、それには経済的の力もたくわえなくちゃならないという演説をしておりましたが、イギリスですらやはりソ連と米国との間の橋渡しをしたいというような希望を持っておるくらいであります。私は、日本として、自由主義国家群と提携をしながら、なおソ連と国交を正常化して、緊張緩和のために努力することが日本の外交の大方針であると考えなくちゃならぬと思います。
私は、ソ連との国交の正常化について、アメリカは少しも悪意は持っていないと確信をしております。それから、力が非常に世界の平和に影響があるということはいなめないでしょうけれども、昔のように戦争によって物事を解決しようという考え方は、ほとんどなくなったと思います。それは、原爆、水爆が発明されましてから、この次の戦争は、どちらが勝つか、どちらが滅びるかではなく、全部が滅びるということが大ていの認識になっておりまするから、力によってものを解決するというような考え方はだんだんとなくなると思う。これからは平和外交というものがほんとうに成立するというような事態が近づいてくるような気がするのであります。そうしてそれに努力をするということが、世界人類の
とにかく戦争状態を終結いたしたい、そうして世界の平和を持ち来たすことには、日本もその一員となって努力したいという希望は、私は達成できたと思います。今まで通りソ連との国交が正常化せられていないならば、私は国際間の緊張は解けないという考え方をしておりましたから、国際間の緊張を解くという大所高所から考えますならば、今回の条約は世界人類のためには非常に貴重なことだと確信をしております。ただ、領土の問題について、わが方が新党議として決定いたしましたごとくに、歯舞、色丹をまず日本の領土と認めて、そうして択捉、国後島は後日の問題に残すことができなかったことは、満足ではないのです。けれども、これは先方が承知をしないのですから、いたし方ありません。そ
私の考えは楽観に過ぎるかもしれません。本来性質が非常に楽観的なものですから、そういう間違いに陥りやすい性格かもしれません。けれども、原爆、水爆というものが世の中に出て参りまして、戦争というものはそうやたらにできるものじやない。戦争というものは、そうやたらにできないという観念から考えますと、結局平和にするより仕方がないということを、世界の国々の人がみな考えるようになる、そういうような時期がくるだろう。いつまでもばかなことを考えていて、すべてのものを力によって解決しようというような考え方でなく、正義により、国際連合の力によって、共同の幸福、共同の安全を求めようというように世の中が進んでくるというように、世の中の進歩性を考えるということは
委員長のお話によりまして、失礼ですが、すわったまま答弁をいたします。 大体においてあなたのおっしゃる通りに、日本としては国際信義を破るわけにはいきませんから、平和条約において結んだ通りに、その条約の精神は貫いていかなければなりますまい。このたびのソ連との交渉は、とにかくその精神をくみ、また国際情勢の変化に伴いまして交渉する方が、日本のために利益だと考えまして——国際情勢の変化というものは、ただいまあなたのおっしゃるようなことも一つの国際情勢の変化の原因になると思います。日本の外交方針としては、もとより東南アジア諸国に対しても親交を結びまして、その同情を得て日本の目的を達成することに努力することが必要と思います。 私よりは外務
高岡君のおっしゃる通りに、私がブルガーニンと話をしております際に、ちょうどおっしゃる通りのことを言っておりました。ヨーロッパに対する態度とアジアに対する態度と違うので、シベリア開発については日本の力によって開発をしていきたい、シベリアを開発するために日本からこれに必要なる機械類を購入いたしたいというようなことを言っておりました。全くあなたのおっしゃる通りに、両方同一の方針でやっていく気持はないようであります。 〔「総理はそのブルガーニンの意見に対してどうお考えですか」と呼ぶ者あり〕
ソ連とは友好関係を結んで、経済関係を密にしたいという考え方をしておりますのですから、シベリア開発に対するいろいろの必要なる道具を日本に注文するということは、日本としては歓迎すべきものと思います。
千葉君の御質問にお答えをいたします。 わが内閣が、五大公約はほとんど不履行となっておる、引退に際しましては、公約不履行の引責辞職たることを明らかにし、解散を行なって民意を問うべきであるというような御質問でございました。引退の形式によって、解散をするか、した方がいいか、どういうような内閣を作るかということがきまると思いますので、その前に引責の辞職というようなことは考えていないのでして、民主主義のルールを、よきルールを作るということは、千葉君もおっしゃる通りに非常に必要なことと考えております。社会党に政権を譲らないということに対して、非常に御不満のようでありますけれども、社会党は、残念ながら国会の三分の一きり議席を持っていない党派な
須磨君の御質問に対してお答えをいたします。 第一に、日ソ共同宣言の包蔵する諸問題について、特に領土問題に関する交渉の経過をお聞きになりました。今般の交渉を通じまして、わが方は領土問題に対するその立場を一貫して主張して参りました。歯舞、色丹については、共同宣言において、平和条約の締結後現実の引き渡しを受ける旨確約してあります。その他の点につきましては、平和条約交渉に持ち越して処理を行うことになっております。国後、択捉については何事も話をしなかったように解していられるようでありますけれども、国後、択捉についても話し合いをいたしました。これが、平和条約締結のときに、やはりもちろん問題となるということは当然の事柄であります。 アメリ
水谷君の御質問にお答えをいたします。 第一の御質問は、臨時国会召集の遅延について政府の責任を問われました。臨時国会開会の時期につきましては、いろいろな議論もありましょう。政府としては、このたび選んだ時期が各般の都合から見て最も時宜に適したるものと存じておるのであります。 第二の御質問は、日ソ共同宣言の内容は松本・マリク会談よりも一歩も前進しておらない、また、重光平和条約方式よりかえって後退したと考えるがいかん、という御質問であります。今般の交渉の結果、歯舞、色丹についてはわが国への引き渡しの確約をとりつけまして、その他の地域の処分については、その決定を将来に延ばし、今後の国際情勢の伸展とにらみ合せ、わが方主張の貫徹をはかる余
穂積君の御質問にお答えをいたします。 日ソ間の国交回復によりまして、冷たい国交にするのか、あたたかい国交にするのかという御質問でございます。もとより、日ソの両国は、友好関係を密にしていかなければならないと思います。冷たくては困ると思います。(拍手)むろん平和と民主主義に生きようとする所存であります。決して反動政治をやるつもりはありません。内外諸政策を反動にする意図などは、政府としては毛頭持っておりません。 次に、原水爆禁止の条項を削除したことについての御質問がありました。これは原水爆の実験の禁止条項に反対という意味ではないということは、特に申し上げております。ただ、今回の暫定協定の中に、全く性質の違うこの条項を入れるというこ
志賀君にお答えをいたします。 労働問題審議の妨げとなるスト規制法の上程をとりやめる意思はないか。上程をとりやめる意思はございません。 日ソ国交回復は、実質的に十分わが国の立場を貫徹するように努力をしたつもりでございます。 国連加入は今期中に実現を見ることと考えております。 安全保障条約、行政協定等の不平等条約を廃棄するためアメリカと交渉する決意があるかという御質問でございましたが、さしあたり、それらの改廃は考えておりません。 ココムの制限を取り除く努力をしてはいかんという御質問であります。国民の要望に沿うよう統制を緩和すべきものと、かねてからその実現をはかるべく努力を続けております。 砂川問題については、以前