田畑君の言われるのも理屈はあります。私も言い足りない点であります。教育の目的というものはもっと明瞭にいたしたいし、教育に対する国の責任のあり方も明瞭にいたしたいし、大学制度についても検討いたしたい、これがおもなる点であります。
田畑君の言われるのも理屈はあります。私も言い足りない点であります。教育の目的というものはもっと明瞭にいたしたいし、教育に対する国の責任のあり方も明瞭にいたしたいし、大学制度についても検討いたしたい、これがおもなる点であります。
文部大臣から答えてもらいます。
教育の目的、これもやはり明瞭にいたしたいし、教育に対する国の責任のあり方も明瞭にいたしたいし、大学の制度についても検討したいというのですから、大体において教育基本法に関連して臨教審の設置の目的があろうと思います。
現在の教育のやり方に、何か足りないところがないかということを検討することも必要だと考えて臨教審を設置したわけであります。
とにかく日本は戦争に敗れまして、民主政治というものができたばかしでありまするから、この現制度に対して再検討をするということは、すべての点にわたって私は必要だと思うのであります。
私は占領治下においてなされたるところのすべての制度、機構等について再検討をしたいという考え方を持っておりますが、審議事項の詳細については私はよく存じませんから、文部大臣からお答え申し上げさせます。
憲法改正調査会はみずからどういう点を改正しようかということをみずから決定をするのでありまして、私の力でこういうような点を改正すべきであるというようなことは指示しておりません。 忠誠の義務を、忠誠の義務というのはどういうことになるかしりませんが、徴兵制度は考えてみても、あるいは国民の基本的権利だけを考えて、基本的の義務を少しも考えていないというような論もありますけれども、どういうように改正するかというようなことについてはまだ少しも審議会に問うということはきめておりません。
私の答弁も田畑さんがよくわからないようでありますけれども、田畑さんの御質問もどこに要点があるのかよくわからぬのであります。とにかく田畑さんの聞かれたことは、忠誠ということを臨教審で取り上げている、憲法においても忠誠ということを取り上げるのであろうというような御質問だと思いましたから、私は憲法改正審議会におきまして何を議題として検討をするか。それは審議会自身がきめることであって、私の方では考えておりません。こう答えたのであります。そうして忠誠ということは、一体君主政治においては忠誠ということはよくわかりますけれども、民主主義においての忠誠ということはどういうことになるのでしょうか。これはまだ私にはよくわからない。国民に対してお互いに国
私は別問題だと考えております。
そうです。憲法改正と、教育基本法の改正とは別問題だと考えます。(「今までと違った答弁だ」と呼ぶ者あり)
憲法の改正と、教育基本法の改正とは別の問題だと考えるのです。
今のあなたの御質問はどういう点ですか。道徳の基準……。
文部大臣が答弁いたしました通りに、道徳の基準だとかその他について目標を国民に与えるということは必要だと思っております。
前の教育勅語にあるような意味をそのまま採用するというような考え方はしておりません。
私は教育の自主性、あるいは中立性、これは厳として守らなければならないと思いますし、清瀬君はそれをくつがえすような人ではないと確信をしております。
私はその問題についてはかつてここで説明したことがあると思っておるのでありますが、間接にやはり国民が関与していることなのでありまして、決して、後退をしたというようにみるのは不適当だと思っております。
滝川君を罷免したのは、京都大学の自由を文部省がじゅうりんしたという点に、非難の焦点があると私は思うのです。ところがあのときに大学総長が——あれはよく覚えていませんですけれども、大学総長が、こういうわけで、閣議でもって、こういうような教科書を講義する人は大学を罷免したいというような閣議があったから、あなたの手においてやってくれないかと申しましたら、そうしたら私の手でやりますと言って帰って行ったのです。そうして帰って行きましてから、また上京されまして、どうも自分の手でやるわけにはいかないから、文部省においてやって下さい、こういうことだったのです。それから私も、その当時専門局長は赤間君でした。非常に文部省から直接にやるということは、大学の
その当時においては共産主義は非合法になっておりまして、共産主義者はやはりその共産主義の宣伝はできないということになっておった。で、あの刑法講義というものは、共産主義の宣伝であるかどうかということは問題になるわけなんです。これは内務省において共産主義の宣伝であるとして発売禁止をしておったのであります。そういう事情でありまするから、文部省としてはとらなくてはならないその当時の法律によった処置であると私も思っているのであります。
私はその当時においてそうは考えなかったのであります。とにかく共産主義を非合法化するということは——いろいろな弊害を生じますことですから、非合法化された当時においては、やむを得ない処置だと思っております。
ただいまですか。