考えていないということです。
考えていないということです。
私はあのときの追放というのは、占領軍がまあでたらめといっては語弊があるかもしれませんけれども、根拠のあまりない薄弱な理由によって追放したものと思います。つまり追放ということをどういう理由でどういう的確な証拠によって追放したかということは私にはよくわかりません。私も自分が追放されたのですけれども、どういうわけで私が追放されたか今日全然理解が、わからぬわけです。
現在でも都道府県知事は、私立学校の教育行政を所管をしております。教育についての不適格者とは私は考えません。
一般的にお返事するのはちょっとむずかしいのですけれども、教育についての指導を与えるということは必要だと思います。干渉はむろんいけませんと思いますけれども、指導は必要だと思います。
私学についても、やはりその学校の学風というものが必要だと私は思っているのです。どの学校も、大きく言えば慶応ならば慶応の学風、早稲田は早稲田の学風がおのおのその学風を立てることに努力しておるわけでありまするが、そのことをくつがえすような干渉は、文部省のすべきことではないと思います。文部省もそういうことはしないと私は確信しております。
そういう必要はないと思っております。
学校中立化というか、政治に関与せしめないということは私は非常な必要なことだと思いまして、ただいまおっしゃるような憂いがあるようなことは、政府としてはやる気はございません。
私のただいまの意見ですか。
教育の二法案を、私どもは必要なものと思いまして、決してこれを政治的に活動せしめるとか、学校の中立化をくつがえすとかいう意味は毛頭持っていない、また急いでおらないのでありまして、誤解がその点にあって、激しい争いが生じてきたものと思います。まず話し合いが足りなかったということを、残念に考えているだけです。
私は占領中に実施せられましたる諸制度、あるいは法律を改正したいと言いましたのは、決して民主主義の芽をつもうとか、民主主義の発達を阻止しようとするという面では毛頭ないのであります。占領政策というものは、占領当初において占領国がどういう考え方をしていたかといえば、第一の目的は、戦敗国、敵である日本を再び軍国主義にならないようにすることにあったと思います。これは当然だと思うのです。軍国主義にならないようにするために。第一に考えたのは、弱い国にしてしまおう、まあ弱い国にしてしまえば、もう大丈夫だというの炉第一目的であって、占領諸政策をやったものと思っているのであります。教育についても、簡単にいえば、歴史教育とか地理教育などをやめてしまって、
全くそんな考えは持っておりません。政府の権限を強くして、その国が強くなったというようなそんなことを考えるということは……、そういうようなばかげたことは私は考えません。国民各個の人間が完全になるということが、一番その国が強くなることなんです、実質上。
教育制度を朝令暮改するというようなことは、非常に悪影響を及ぼすものと、私もその点については同感でございます。
国民の多数の意見が政府の提案に反対だということが明瞭であるならば、それはその国民多数の意見に従うのが私は当りまえだと思うので、政府はかようには考えていないのであります。教育委員会制度につきましても、その改正については世間の意見というものは賛否まちまちだと私どもは見ております。反対論のうちには、法案の内容を誤解している向きもありますので、そういう誤解を解くことに努めていくことが必要だと思います。それから民主政治というものは、あなたのおっしゃる通りに、国民の意見が基礎になって行われていくのでありますから、国民の多数の意見に耳を傾けないことを政府がやりますれば、次の選挙において、かくのごとき政府というものは惨敗をくらうのは当りまえなことで
二院制度をとっております以上は、今荒木さんのおっしゃる通りに、参議院は参議院としての良識をもって別個に取扱われるということが理想だと私は思います。
参議院議員諸君は、参議院議員としての職責を尽されることに異論はないものと私は思います。参議院議員としての良識によって行動せられるものと私は信じます。
私は、よく話し合いができまして、円満の通過をこいねがっております。
国民が……。ちょっとしまいがわかりませんでしたが……。
政府が考えておることを国民によく徹底させたいということは言いました。
変りございません。
教育についても国民に政府の考え方について誤解のないようにいたしたいと思います。