齋
齋藤正太郎
元岩崎別邸使用人
1952-12-10
衆議院・法務委員会
明治二十年四月二十一日生れ。
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明治二十年四月二十一日生れ。
文京区切通坂一。
切通坂の岩崎邸において大正三年二月三日以来勤務しておりました。
仕事はおもに電気でございますが、電気、ガス、水道、機械、工業関係を担当しておりました。
ボイラーなど……。
岩崎邸の中にある方々のすべての技術を受持つておつたんです。
そうではない。
それを担当しておりました。技術関係をすべてやつておりました。
そうでございます。
あるいはそれを見まわつておいて、悪いところは自分のできることは自分でやるし、また手に負えないところは職人を頼んで……。
そうでございます。
昭和二十二年の五月…。
はあ。
それから進駐軍に勤めておりました。あそこは昭和二十一年の五月十五日にアメリカ軍の接收となつてアメリカ軍が入つたんです。
それは岩崎邸も両方兼業しておりまして、岩崎邸は退職したのは二十二年十月三十日であります。
そうでございます。
そうでございます。
はあ。
二十三年の何月でございましたか、今の聖公会神学院というキリスト教会があります。ここに売却したわけでです。
岩崎邸が……。それで二十四年五月に教会の者が皆入つたわけです。教会の学生たちが入つたわけです。