これは資料を国政調査権に協力するということで秘密会で提供したわけで、秘密会で資料を提供したもので、公表をしたというものではないわけでございます。また、それによって自民党全体が、皆が非常に疑惑に包まれているというふうには私は考えていないわけでございます。
これは資料を国政調査権に協力するということで秘密会で提供したわけで、秘密会で資料を提供したもので、公表をしたというものではないわけでございます。また、それによって自民党全体が、皆が非常に疑惑に包まれているというふうには私は考えていないわけでございます。
国政調査権、やはり道義的、政治的責任というものは政府が、行政府がこれを仕分けして公表すべき性質のものではない。国会において、国会はできるだけ政府の資料ばかりでなしに、ほかの資料もいろいろお集めになって、それはアメリカでもヨーロッパでもそうですよ、そういういろいろな資料の上に立って国会の判断というものを下すのが、国政調査権というのがわりあい機能して動いておる国の姿でございますから、そういうことに対してできるだけ資料を提供しようというわれわれの積極的な姿勢からして、いろいろな資料の御要求があったものに最大限の協力をいたしておるわけで、その資料を基礎にして、国会において十分に政治的道義的責任ありゃどうかということを御検討願って、そして国会
その断定には承服をいたしかねます。私は逃げ込もうという考えはないのです。できるだけこれを明らかにして、国民の判断を求めることはいいと思っておるわけですから、そういうことで、与野党のこういう基準といいますか、範囲といいますか、これももう少し、こういうことになってはいけないと思いまして、私は委員長にもお願いをしばしばしたわけでございまして、したがって、国会の方で前の五名のように、委員長の御提案でございましたが、政治的道義的責任ありと判定を下されて、ああいうことを、資料を提供したわけでございますが、他のいわゆる全日空から資金がいろいろな形で、お中元とかお歳暮とかせんべつという形で渡されておるこういうものに対して、国会がこの問題に対してどの
この問題は、総理と申しますか、やはり政治献金というものに対しては政治家個々がいろいろ厳しい態度をもって臨まなければならぬことは、私は当然だと思いますが、この具体的な問題について政治的道義的責任があるかどうかということは、最初に申したように、政府みずからがこういう断定を下しますことは私は適当でない、こういうことで、やはりこの問題は国政調査権というこの調査の過程においてこの問題に対しては国会としての判断を示してもらいたいと申しておるわけでございます。しかし、皆政治家が政治献金に対してはいろいろ厳しさを持たなければならぬということは、一般的には私はそうだと思います。
格別いま捜査当局では特に請託というものはなかったということですが、政治献金というものはやっぱりいろいろ理解を持ってもらいたいという意味は、いずれの場合においても生むわけでございましょうが、特に特定のことに対して請託はなかったというふうに捜査当局は申しております。これに対しては、私から、そういう理解を持ってもらいたいというようなことで政治献金を受けたということに対して、これを私自身が政治的道義的責任ありと断定をすることは適当でないと思います。
私はしばしば言っておるように、この問題については政府自身からこれに対してこれには政治的責任、道義的責任があるという断定をするということば行き過ぎである、したがってこれは国会の方でそういう基準をお決め願いたいということをしばしば言っておるわけでございますから、この問題について私がいま初めて、こういう問題を、九十ユニットのこと、三十ユニットのことに対して、初めて知ったというわけではございませんが、そのことに対して、問の趣旨は、政治的道義的責任あり、こう考えるかどうかという私個人の意見を述べよということでございましたから、この場合申し上げることは適当ではないということに考えます。
働いてくれといいますか、何かこう理解を持ってもらいたいと考えることは、それはあったでしょう。しかし、やはりその人間のいろいろな、たとえば旅行の場合のせんべつであるとか、盆暮れの一つのあいさつであるとか、こういうものは一つの社会的な慣習にもなっておりますから、そのとき一々、これはどのことという特定のことで頼むというような場合でなくても、従来から非常なつき合いがあったり、知っておったり、いろいろな場合でそういう場合もございますから、一概にこれを政治的道義的責任ありと断定することは適当でない、こう申しておるわけでございます。
私はいま最初に申し上げたように、政府がいろいろ政治的道義的責任ありということを断定することは適当でないと思っておるわけでございまして、したがって、この問題は国会にげたを預けるというのでないのですよ。議長の裁定などにも、そういうふうなことが国政調査権に対して最善の協力をするということでございまして、やはり道義的、政治的責任の追及は国会がやるという前提のもとで、その資料の提供を党首会談も含めた議長裁定にもしたわけでございまして、私はそれが適当だと思いますね。政府自身がいろいろ仕分けをするということは、手っ取り早いようでもやはり非常な弊害も伴いますから、せっかくそういう議長の裁定もあったわけでございますし、やはり国会が適当な——どこの国で
これは田中君の御質問にもお答えいたしましたように、いわゆる自民党には自民党としての機関がございますから、その機関においてもこの問題は十分諮りまして、自民党として適当な処躍をいたすつもりでございます。
何でも隠し隠しというのがはやりで、鬼頭裁判官の問題は、私自身かなり重要視しておるのです。そういうことで検察に対しても、本人はもちろんのこと、背後関係などもひとつ十分にそういうことがあるのかないのか、捜査をしてもらいたいということを申しておるわけでございまして、何でも隠し隠しと言ったら、このごろそういうはやり言葉になっておるようでございますが、そういう意図はロッキードに限らず、鬼頭問題に限らず、これを隠そうという考えは全然ないということであります。
そういうことがあってはならないと思います。今後はこの問題は、そういう書類の保管という問題に対しては厳重にいたさなければならぬと思っております。
田中前総理は、これは法規に照らして追及するものは追及したことは御承知のとおりでございますが、何分にも長期にわたった複雑な経済関係、これに対して国民の疑惑もあるわけですが、これはやはり本人が国民の前にその誤解を解いて理解を求めると言われておるわけでございますから、私はもっと早くこういうことが実現するものと期待をしておったわけですが、今日までなされてないことば非常に残念に思うわけでございます。しかし、公人としてそういうことを国民に申したわけですから、時期は非常におくれてはおりますけれども、実行されることを期待するわけでございます。 また、ロッキードの問題については、私は、灰色ということを私自身から使ったことばないわけです。それは皆さ
私の言いますのは、ロッキードの売り込みに際していろいろな金を受け取り、それに犯罪行為のあったようなもの、こういうものは当然に明らかにされなければならぬということでございます。 政治的道義的責任ということになりますと、いましばしば繰り返して申しておるようでございますが、このロッキードの売り込みに関して法律上責任を追及されなければならぬ者に対しては、何人に対してもこれは厳しき責任の追及がなされなければならぬということを私は念頭に置いておったわけでございます。
答えられぬというわけではございませんが、やはり私がしばしばその点については繰り返して述べておりますから、もう少し法務大臣が詳細にそういうことに対して報告ができる問題があれば、法務大臣が好ましいと思った。 私は、もうしばしばこの点は、政治的道義的責任というものの有無については国会でひとつ御判断を願いたいということを申しておるわけでございまして、個人的にはいろいろな考えもありましょうけれども、総理大臣として私がこの問題に対して断定的判断を下すことが適当であるとは思わないわけです。
これはしばしば申しておるように、国会の延長はないといっても、やはりこの九十ユニットの中で、これに対しては政治的道義的責任ありという御認定がございますれば、これは資料を提供はいたします。ただ、時間がない。いままで、これ時間がずいぶんあったわけですから、私はこういうことを心配をして、なるべく早く与野党の意見が一致することを求めておったのですが、残念ながらできませんが、それでもまだこれは四日、一日ございますし、国会においてそういう資料の提供というものはそう隔たったものでもないわけでございますから、そういうことになれば協力はいたしますけれども、時間がないから政府の方から全部それを言えということで政府から申し上げることは適当でないという感じが
私は努力といっていろいろ考えてもみますけれども、なかなかこの問題はむずかしい。国会においても全部おまえ、おまえとこう言いますが、国会としてはこの問題は国政調査権の上から重大な問題ですから、国会の方においても御努力を願って、こういうふうなことでどうだというような御提案があれば無論考えますけれども、私自身が時間がないから全部言ってしまえということに対しては、私は繰り返し述べておりますように、適当ではないというふうに考えるわけでございます。
私は児玉の線の捜査が進捗しておるならば、中間報告をすべきだと思っておるのです。ところが、現在のところ、先般の中間報告からさらに今度は児玉の線でございますが、これが大きな進捗を見ていないので、いま特に中間報告をするような材料に乏しいということでございましたので、現在の段階では中間報告ということはいたしましても——丸紅、全日空のルートは一応の終結を見たわけでございます。一応でございます。これから児玉の線と関連してくれば別になってくるわけですけれども、また別個の問題ですが、そういうことでやはりもう少し児玉の線というものが進捗をいたしませんと、中間報告と申しましてもその材料がなかなか乏しい、こういうふうに考えておるわけでございます。
ロッキード事件の真相を解明するということに対して政治生命をかけるという私の決意は変わらぬわけでございます。私は、したがって今日まで真相解明ということに誠実に努力をしたことを自分でも信じておるわけでございます。ただ問題は、いわゆる灰色高官という問題が一つ最後に残ったわけでございまして、これは国会において、この場において政治的道義的責任ありと断定をされたものに対しては、河村君御承知のように、資料の提供をいたしたわけでございますが、政府自身がそういうふうな九十ユニットの政治献金を受けた者がいわゆる灰色であるという断定のもとでああいう内容を発表したわけではないわけでございまして、いわゆる金の流れというものを追及すればこういうことになったとい
そういうふうに私は考えないのですよ。これは私自身はできるだけ真相を明らかにしなければならぬという論者ですよ、これは事件が起こってからもう終始私のとっておる態度ですけれどもね。しかし、一つのいわゆる灰色高官という、これは政治的道義的責任というのでしょうが、こういう問題について、これはやはり判断を下すのは国会だと私は思う。どこの国をごらんになってもそうでしょう。行政府がいろんな皆に対して政治的道義的責任ありという断定を下して、そうしてその責任を追及しておるという国、私はないと思うのですね。国会自身が、やはりどこの国を見てもそうですよ。おととしも、私、イギリスへ呼ばれて行ったけれども、やはりイギリスで国会自身が何か政治献金について、それが
河村君は、ある一定の金額以上の政治献金を受け取ってはいけないという意味で言われておるのかもしれませんが、政治資金規正法でも個人の献金百五十万円までは認められておるわけですからね。だから、この問題は、やはり一つの個々の政治家というものが持っておる政治献金に対しての考え方というものも——私は厳しくするということは賛成ですよ。しかし、いま政治献金は、いろいろな政治資金の届け出をしているのだって、世間の常識からすれば、金額としては皆わりあいに大きいですね。そういうことから言えば、私はこの問題ばかりに限らないと思うのです。いずれの場合においても、世間の常識から言ったら、やはり政治家への政治献金というのは金額が多いんだなあという感じを持っている