私は大変な弊害が起こるという考えを持っておるのは、行政府の長が、政治的道義的ですからね。刑事上の責任というものは、これはもう何人にも容赦はないわけですから。道義的政治的責任というようなものを行政府がこうやって、この人には政治的責任がある、この人には政治的道義的責任があるということを行政府が責任を持って色分けをしてそれを公表するということは、非常なやっぱり、これは政治的に利用すれば弊害が出てくるわけですから、むしろ政治的道義的責任という場合は、どこの国を見ましても、ウォーターゲートなにかでも、やつぱりアメリカの国会でやっておるわけですから、議員自体のやっぱり一つの規律に関係をすることでございますから、そういうところで、国権の最高機関と
