アメリカでも問題になっておりましたが、そういうことがあるのかどうか知りませんが、愛人を国費を支弁する秘書にすることは、それはよくないことは申すまでもないということでございます。
アメリカでも問題になっておりましたが、そういうことがあるのかどうか知りませんが、愛人を国費を支弁する秘書にすることは、それはよくないことは申すまでもないということでございます。
各国の国会で、イギリスにもやはりこういう式の議院の規律に関する委員会があって、倫理委員会という名前でなかったと思いますが、しかし議員同士の間で議員の規律に関する問題をいろいろ調査したりする委員会が置かれておるわけですね。これは日本の場合においても、やはり議院というものが国権の最高機関であると言われておるのですから、それだけの名誉を国会議員は持っておるわけです。その社会的な名誉を持っておるだけに、一般の社会でいろいろそういうことがあり得ても国会議員のモラルというのはもう少し高いものでなくてはならない。そういうことで、アメリカがこの問題に対して非常に手早い反応をしたということは、アメリカ国会の品位を守っていこうという熱意のあらわれである
私は、根本は政治家の道義の問題だと思います。国民の疑惑を受けるようなことのないように身を慎まなければならぬということは公人の倫理だ、だから金の受け入れに対しても、ただ政治に金がかかるから、どの金でも受け取っていいというものではないと私は思うのです。そこにやはり公人としての倫理というものが要るわけです。起訴された田中氏の五億円の金の使途については、捜査当局の報告にも、鋭意努力したけれども、それがどこへ使われたかということを追跡することはできなかったということを言っておるわけであります。この問題は、公判廷の立証過程においても論じられると思います。そういうので、捜査当局としても、この問題は鋭意解明しようと思ったに違いない。そして努力をした
私は、この段階としては、法務省としても、いままでの捜査経過、また丸紅、ロッキードの金の流れ、性格として、法務省としてぎりぎりの報告だと考えました。法務省からこういう中間報告をしたいということに対して私が了承をいたしたわけでございます。
私も、この五億円の使途というものは、これはこういうふうな使途に使われたということを明らかにする方がいいと思うのです。これは何も隠す必要はないのですよ。何も隠さなければならない必要はないので、それは解明されることが必要だ、五億円というまとまった金額ですしね。私は、捜査当局もそうだと思いますよ。 したがって、いずれいろいろ説明する場合があるでしょうが、あらゆる可能な捜査はやはりやったんだと思いますよ。しかし、この段階では、やはり追跡するに至らなかった、それが事実だとすれば、それを曲げて言うことは言えませんから、そう言ったんだと思いますが、捜査当局が田中氏にかげんをせんならぬ理由は何も持ってないわけですからね。私もそうですよ。そういう
やはり捜査当局としても、これは明らかにしたいと思ったでしょうから、いままでできなかったという説明ももう少しよく私も聞かなければならぬですが、これは捜査当局自身が、いままでの捜査の経過から見て、もう一遍捜査してみるということで解明できるかどうかという問題もございましょうから、私は、これが明らかになる方が好ましい、今後とも努力をするようにということは捜査当局に申します。
道義的あるいは政治的責任、そういうものに対して、何か名前をみな公表したらどうだ、これは行政府というものは法律上の責任というものを追及しておるわけです。行政府が政治的、道義的責任というものを裁く立場ではないと私は思う。だからこの問題は、国会の議員の規律に関係する問題ですから、国会の場が道義的、政治的責任を追及する場だと思うのです。したがって、そういう場においていわゆる灰色高官というものの道義的、政治的責任を追及するということの責任があると考えるのです。それはいわゆる灰色高官というものだと思うのです。国会においてそういう範囲というものをお決めになって、必要な資料を出してほしいということならば、最善の御協力をしたいと言っておるわけで、全部
それは、捜査が完了して起訴する者は起訴し、起訴しない者は起訴しないということが明白になった時点ということでございます。
これは非常に重大な関心を持つ問題ですから、このロッキード問題が児玉の線も含めて一体いつごろ終了するかということは、私も重大な関心を持っている。しかし捜査当局は、児玉の線というのは坂井君御承知のように、本人がかなりな重い病気の状態という障害があって、なかなかこちらの立てたような予定どおりには捜査は進まないわけですから、したがって、いまの段階でいつということを私に報告する段階には至っていないのだということです。私は重大な関心を持っておるのですけれども、それを大体いつごろまでに終了いたしますという報告はまだ受けてはいないわけでございます。
やはりこういう問題については、総選挙前に解明をできて国民にもいろいろ判断の材料を与えることが一番好ましいことは申すまでもないわけです。しかし、総選挙というものは一応日程が決まっているわけなんですが、こちらの方の捜査の方は日程が決められたというわけでもないわけですから、総選挙の前までにこの捜査が終了いたしますという見通しは、捜査当局もいま私にそういう報告はしていないし、私もこれをここで申し上げることはできないわけです。しかし、好ましいのは、坂井君の言われることが一番好ましいと考えます。
これは児玉の線の進捗状態によりますね。やはり相当な進捗状態を示すときにはそういう場合もあり得ると思いますけれども、まだ児玉の線の捜査というものは必ずしも予定がつけにくい点がありますから、いま坂井君にお約束はできませんけれども、児玉の線の捜査が非常に進捗してくれば、そういうことはあり得ると考えます。
私は、この捜査が全部終了して、いよいよロッキード問題にピリオドが打たれるという場合には、ロッキード事件というものがどういうものであったかという性格、真相というものは、やはり国民に報告することが必要だと考えておりますが、しかし、いまここで内容はどういう内容ということは、まだ捜査の全容というものがわかっておりませんから申し上げられませんが、ロッキード事件というものは、こういう事件であったということを国民にわかりやすく理解してもらう必要がある。 そこで、氏名の公表問題でございますが、起訴した者はそれで明らかになるわけですが、起訴しない者の道義的責任あるいは政治的責任のある範囲というものを、これは政治的責任がある、道義的責任があると行政
その資料の提供は、秘密会でお願いをしたいというのが私の態度でございます。
灰色というのは、政府自身が灰色というものを決める立場にはないわけですから、灰色という一つの仕分けによって私が報告を受けたわけではないわけです。
一々詳しくは説明を受けておりませんが、捜査の過程は、こういう過程であったという大体の報告は受けております。
名前と申しますか、いままで捜査した過程においていろいろと問題になった人の名前は報告を受けております。
公表というのは、いわゆる起訴されたような事実に対しては公表当然ですが、起訴されない、いろいろな取り調べを受けた人の名前を全部私が公表するということは、刑事訴訟法の立法の精神を踏まえて考えてみましても、それは行き過ぎである。
灰色高官と国会が言っておる、その範囲はこれだけの範囲を言うのだということで国会として基準をお決めになって、そして国会の意思として要求をされるということならば、最善の協力をしたいと考えておるわけです。
稻葉君がどういう発言をしたか知りませんけれども、いわゆる灰色高官というものを、政府自身がその範囲を決める立場にはないと私は思いますね、政府が。だから金の流れというものを追及してくれば、こういう人の名前が出てきたということは、それは政治的、道義的責任というものと必ずしも全部一致するかどうか疑問ですよ。 そういうことですから、国会がいわゆる灰色高官というものについての、国会はどういう基準で、どういう範囲で考えておるのかということに基づいて、そして資料の提供を要求されるならば、これは最善の協力をいたしましょうと言っているのですから、政府自身が灰色というものを決める立場にはない。政府自身は政治的、道義的責任を裁く立場にはない。もしそうい
やはりその場合にどういう基準、範囲ということで、そしてこういうことで資料を出してもらいたいということが本当だと私は思いますね。国会の言う灰色高官というのは、こういう基準でこういう範囲を言うのだと、国会はこういうふうに国会の意思としてお決めになって、この資料を出してくれというような形で資料の請求のあることが、われわれとしてもやはり一番協力しやすい形である、こう考えております。