最後に、先日法務省から、元号の使用に当たって国民の協力を求め、国民に元号の使用を強制したり義務づけたりしないために西暦届けでも受け付けるなどという、どちらを使うかは国民の自由選択であるという旨を行政の末端まで通達を出すという御答弁がありました。これは単に法務省に限らず、国民の接点にあるさまざまな公的機関に行われてしかるべき問題だと思うわけでありますが、そのような通達を出すなどという配慮を政府全体としてする意思があるかどうか、総理にお伺いをして、私の質問を終わらせていただきたいと思います。
最後に、先日法務省から、元号の使用に当たって国民の協力を求め、国民に元号の使用を強制したり義務づけたりしないために西暦届けでも受け付けるなどという、どちらを使うかは国民の自由選択であるという旨を行政の末端まで通達を出すという御答弁がありました。これは単に法務省に限らず、国民の接点にあるさまざまな公的機関に行われてしかるべき問題だと思うわけでありますが、そのような通達を出すなどという配慮を政府全体としてする意思があるかどうか、総理にお伺いをして、私の質問を終わらせていただきたいと思います。
終わります。
私に与えられました質疑時間は二時間、百二十分でありますが、できる限り繰り返しの論議を避けまして、要領よくお尋ねを申し上げますので、御答弁の方も明快に、かつまた要領を得た御答弁を願いたいと思うのであります。 〔委員長退席、村田委員長代理着席〕 まず、私ども新自由クラブといたしましては、元号につきまして、その文化的、伝統的な価値を尊重し、かつまた、元号の存続使用が国民の八割を超える支持を得て国民生活に定着しているということ、同時にまた、元号を改める、その改元について、事実たる慣習として確立をしていないという立場から、そしてまた、憲法の国民主権制の立場から、元号は国会で法的根拠を与えた上での制度の安定化を図るべきである、こう
同じようなお尋ねになりますが、元号そのものが日本の国の統合の象徴だとする見解があるわけです。この見解を政府としてはどう評価され、そしてまた評価されるとするならば、今回の元号法制化による元号存続との関係をどのようにお考えになるのか、お尋ねをしてみたいと思います。
そのことと、今回の元号法制化による元号存続との関係はどういうことになりますか。
さて、その元号ですが、その法的根拠についてもすでにいろいろな質疑がなされたわけであります。現行憲法以前には、行政官布告とか旧皇室典範あるいは登極令によって法的根拠があった。政府は、現行憲法以前の法的根拠は、現行憲法施行の直前に公布された、皇室典範及皇室典範増補廃止ノ件及び皇室令及附属法令廃止ノ件により、昭和二十二年五月二日限りで廃止されたという見解をとっておられる。あるいは行政官布告、明治元年のものについても旧皇室典範に吸収された経緯があって、すでに失効しておる、こういう見解をとっておられるわけであります。そして、そのような法的根拠がなくなった現在の昭和は、事実たる慣習として使われているんだ、そういう見解をとっておられるわけでありま
そうすると、現在の、現時点の昭和元号は人々が法的確信を持つに至ってない程度の慣習である、こういうことになるわけですね。 では、その法的確信を持つに至っていない現在、現時点の昭和元号は期限がついていないわけですから、その存続期間と現在の天皇の御生涯とは関係がない、そのために昭和という元号は将来も続くというかなり有力な説がありますね、宮津俊義先生ですか。これはどうなんですか。これは事実たる慣習として成立をしているのですか、いないのですか。
とすれば、その事実たる慣習の基礎になる国民の理解、これも言ってみれば事実たる慣習の主要な内容の一部ですね。当然そういうことになると思いますね。その主要な内容の一部は、少なくとも昭和という事実たる慣習の内容としては、現在の陛下の御在世中は使用するという認識、これが内容になっている、こういう御答弁であるわけですね。万一、陛下が崩御された後には使われない、こういう内容になっているという御答弁ですね。そうすると、これはいわば一世一元。一世一元が事実たる慣習、こういうことになりますね。 もし一世一元が事実たる慣習ということならば——この点については御答弁いただきたいのですよ、事実たる慣習というのならば、一世一元の制度自体に事実たる慣習が成
法制局長官、私は、そんな長官ほど法律の専門家ではありませんが、いまの御答弁はいろいろ問題を含んでいると思いますよ。もし改元そのものが事実たる慣習として成立しているということになれば、それに基づいて改元したらいいじゃないかという議論が当然出てくる。すでにそういう説を唱えている人もいるのですよ。政府がおつくりになった想定問等集にはこう書いてあるのですよ。「手続が空白で改元が行われていないので改元には事実たる慣習または慣習法が成立してはいない」、違うじゃありませんか。はっきり正確に御答弁にならないと、これはちょっと学界にも波紋を呼びますよ。
先ほど長官は、私が、一世一元も事実たる慣習になっているか、もしなっておれば、改元も事実たる慣習に基づいてできるのではないかという説がある、これはどうなんですかと聞いたら、それはできるかもしれないとおっしゃった。後で速記録をよくお読みになったらおわかりになりますよ。これはできるかできないかということは、法制局としてきちっと見解を出しておかなければいけませんよ。改元も事実たる慣習でできるなら、なぜ法制化する必要があるんですか。そうじゃないでしょう。これはきちっと政府見解を出してください。重要問題ですよ。先ほどは事実たる慣習に基づいて改元もできるかもしれない、法律論としてどうなんですか、政府の御見解は。しっかりと答えていただかないと困る。
長官にいま一度改めて御確認をいたしますが、その辺を余りあいまいな御見解にしていると、法制化は要らない、慣習でやればいいじゃないかという議論が、先ほど当委員会でも行われたように行われるのです。法制局としての見解をきちっと出してもらわなければ困る。改元は事実たる慣習になっているのか、または慣習法が成立しているのか。事実たる慣習は民法第九十二条ですね。慣習法は法例第二条にちゃんと定義されている。改元そのものもこの民法第九十二条に定義するところの事実たる慣習になっているのか、あるいは法例第二条の慣習法として成立しているのかどうか、これは法制局としてきちっと見解を出してもらわなければ困ると言っている。余りあいまいな答弁をしていると、この辺から
法制局長官、法制局長官としての御答弁をしていただきたい。つまり、改めてお伺いをいたしますが、一世一元というところには、一世が終わりましたら改元というものがあるのです。元号を新たにつくるという手続があるわけですね。そうでなければ一世一元にならないでしょう。その手続そのものは、事実たる慣習が成立しているのか、慣習法が成立しているのかどうか、それについて明快な政府の見解を出していただきたい、さっきからこう言っているのです。質問の趣旨がわかるわからないじゃなくて、そうお尋ねをしておる。法制局長官は、今度法案を出した意味合いなんかについて御答弁をいただくよりも私の質問に答えていただきたい。それはどっちなんですか、成立しているのですか、していな
そうしますと、この議論をしておると何時間でもかかってしまいますが、——レクチュアしているから、また後で聞きましょう。よく私の趣旨を伝えてくださいよ。
そういうふうに最初からはっきりおっしゃっていただければ議論が分かれない。そこの辺をあいまいにしておくと、法制化なんかする必要はない、内閣告示も要らない、事実たる慣習で続ければいいじゃないか、先ほどもこの委員会で、改元そのものもそうやる方法もあるかもしれないという御質疑があった。議論が分かれていく。やはりきちっとそういう議論をしておかなければいけない。 実は、なかなかそういうお答えが出てこなかったけれども、民法第九十二条に定義するところの事実たる慣習は、現在の昭和元号は昭和天皇が崩御されるまであるのであって、その後、一世一元で、新天皇が即位をされたら元号をまた新たにつくる、それは法に基づかなくても何しなくてもできるという事実たる慣
なぜという言い方が正しいかどうかわかりませんが、あえてなぜと申し上げますけれども、では、なぜ元号について法制化なり内閣告示なりいずれにしても改元について、元号を改めるその法的手続あるいは方法について、いま現時点でそういう措置をとらなければならないかということについて、政府はなぜもっと国民に理解を深める努力をしないのか。国民の一部には、突然何か元号法案というのが国会に出てきていろいろな論議が交わされている、一体何でだろうか、何でそんな議論をしなければいけないのであろうか、面食らっている人だっているでしょう。あるいはその意味をはかりかねている人も実はずいぶんいらっしゃるのではないかという気がするのです。先ほど私は法制局長官とお話をしまし
審議室長にお伺いをいたします。 このままでは元号制度は空白になりますという、法的根拠なしの事実たる慣習で続いているわけですが、それもなくなります、このままでは元号は選定できません、内閣告示なりあるいは法制化なり、この点は後で議論いたしますが、いずれにしても、何らかの措置をとるような工夫をしないとなくなりますよということについて、国民に理解を求める努力というのは、たとえばどんなことをしてきたのですか。
私は、今日、この事態でいろいろ元号問題について議論が交わされ、ある意味で不幸なことでありますけれども、意見が対立をしたりする、そのこと自体、いま室長が御答弁になったような、いわば奥歯に物がはさまったような心理的な遠慮というか、そういうものが今日のそういう意見が対立するようなことに無関係ではないと思う。というのは、少なくとも現行憲法になって、元号というものは事実たる慣習になった、そういう見解を政府もとっておられる。その事実たる慣習というのは、いわば国民のための元号というか、国民がそれを望んで慣習として使っているから事実たる慣習です、少なくともそういう割り切り方をしておくべきだった。とすると、次なる元号は、まさに先ほどお話ししたように、
先ほど法制局長官も、最後には長官としての御見解で、改元そのものは事実たる慣習にはなっていない、こうはっきりおっしゃった。これからの国会審議を通じて、それは一貫した政府の見解である、私は堂々と発表すべきだと思う。ここで言うということは発表するのと同じですけれども、この問題については、まだまだいろいろな立場からのいろいろな議論があると思いますよ。しかし、それは政府の法的解釈として、確立された見解として、きちっとしておくべきだと思う。それはさっきのような、できるかもしれないなどという答弁では困る。生意気を言うようですが、私は困ると思う。それは変わらざる見解として、きちっとお通しをいただきたい。同時にまた、それについて国会の場を利用して、こ
では、改元の手続、方式について議論を進めます。 かつて政府は、内閣告示の方式による元号存続の考えを表明したことがあるわけであります。近くは、昭和五十一年十月二十八日、西村元総務長官が国会でその考えを表明いたしております。ところが今回は、政府は元号法制化へと方針を変更したわけでありますが、これはどのような理由からでありましょうか。いままでの審議の中で同じような質問が出ておって、繰り返して恐縮でございますが、私も改めて後々の質疑がありますので、御確認をさせていただきたい。
先ほど私が、国民の理解を深める努力を政府がもっとしなければいけなかったということを御指摘申し上げましたが、それと同じようなお尋ねになって恐縮ですが、私も、元号のような国民が日常使用する、そうして将来も使用していくような重大な問題が単に内閣告示で決められてしまうことには反対なんです。それは言ってみれば、天皇元号から内閣元号へ変わっただけで、国民元号にはならぬと思います。それは天皇主権統治の明治憲法から国民主権、象徴天皇制となった現行憲法のたてまえからもおかしいと思う。元号と憲法の関係については、これは私は、総理が本会議の答弁で、主権の存する国民の総意に基づいて憲法は象徴天皇制を定めておるのだから、その天皇の在位期間に合わせて、紀年方式