国会の決議の内容は報告でございまして、承認を求めよということではないのであります。承認と報告とは、おのずから違う内容の観念でございます。なお、報告いたしまして、国会はその報告をお聞きになりまして、問題はそれで片づいておるのでございまして、この問題は法律的に少しも間違いはなかった、かように考えます。
国会の決議の内容は報告でございまして、承認を求めよということではないのであります。承認と報告とは、おのずから違う内容の観念でございます。なお、報告いたしまして、国会はその報告をお聞きになりまして、問題はそれで片づいておるのでございまして、この問題は法律的に少しも間違いはなかった、かように考えます。
今森島委員の御指摘になりましたいわゆる条約、憲法に書いてある条約の意味でございますが、これは形式上条約という名前がついておるかどうかによって、必ずしもきめるわけにいかないのでありまして、実質を考えてきめなければいけないと思います。条約の中には、憲章という名前の条約もございますし、いろいろな条約があるのでございます。その実質によってきめなければいけない。それではどのような国際協定、国際の取りきめが、いわゆる憲法の条約として国会の御承認を要するかという問題は、結局その実質の解釈の問題になるわけでございます。一つのスタンダードといたしまして、御指摘のような国民の権利義務に関連あるものというようなことも一つの基準でございます。それと同時に、
森島委員の御注文によりまして提出いたしました資料でございますが、先に出した方の資料はいささか不正確な点がございましたので、あとに出しました資料によって御承知願いたいと思います。
間違いございません。
インドネシアと日本との間に戦争状態が終結いたしましたのは、これはインドネシアと日本との間に国交が回復いたしましたとき、つまり平和条約ができましたときであります。具体的に日付で申しますると、一九五八年四月何日でございますか、その日付は忘れましたが、平和条約ができたときであります。
戦争状態と国家ないし政府の承認というのは、必ずしも重複する、要するに、一つがあれば一つは排除するという性質のものではないと考えるのでありまして、現にたとえば日本がイギリスとこの間の戦争で交戦状態にあったわけでありますが、戦争中一貫いたしまして日本がイギリスを承認しておるという事実には変更はなかったわけでございます。従って戦争状態中でも承認ということはあり得るわけでございます。
一つも作為はしていないのでありまして、純国際法的に見まして、いつ日本がインドネシアを承認したかという点を考えまして、一九五二年の四月二十八日に、わが国が東京にありますインドネシア代表部にいわば外交的な地位を正式に認めた日、これをもってインドネシアを法的に承認した日である、かように考える次第でございまして、作為その他のことは一切ないと存じます。
国家と国家とが戦争状態になることは従来では幾らもあったわけでありますが、戦争状態になったからして、すぐにその相手国と承認関係がなくなるということはないのでありまして、これは承認ということは、一つの国家を国際社会の一員として認めるかどうかということでございます。同じ国際社会の中におきましてもけんかをすることもあるのでありまして、けんかをしたからといって、国際社会から追い出したという、日本から考えましてイギリスなりアメリカなり、日本と交戦した国は全部国際社会の外にやってしまったのだ、かように見ることは不合理でありまして、国際法上の承認関係というのは、戦争中もずっと継続するのでございます。森島委員御承知のように、戦争中でありましても、中立
前はいわば純理論の問題として森島委員との間に質疑応答があったわけでございますが、理論的な問題といたしましては、在外事務所の設置というようなことでデ・ファクトあるいはデジューレの承認があり得るということを申し上げたのでございます。具体的な問題といたしまして資料を提出することになりましたので、詳細は当時の協定あるいはその他の関係をずっと調べてみました結果、デ・ファクトの承認をいつしたかということは、これはいろいろ議論の余地があり得る問題でございます。また日本がインドネシアをいつデ・ファクトに承認したかということをこの際きめることも、別にそれだけの必要性というものも特にないように思います。従ってむしろデ・ジューレに承認したときはいつである
ただいま森島委員御指摘の通りに、インドネシアはサンフランシスコ平和条約に調印はしたのでありますが、いろいろ事情がありまして、これは批准しなかったわけであります。それでその後になりまして賠償問題が片づきますと同時に平和条約を結びまして、ここで初めてインドネシアとの間に別な平和条約ができたわけでございます。その内容はサンフランシスコ平和条約と大体同じ程度の内容でございますが、規定いたしております事項は、ご指摘のようにサンフランシスコ平和条約の方がいろいろのことを規定しておりますが、インドネシアに直接関係のある必要な事項だけをインドネシアとの条約は規定しておる、かようなことになっておるのであります。
国際法上の承認でございます。
承認の効果というものは、新興独立国で新しく独立した国でありますから、新しく独立した国を国際社会の一員としてこちらの国が認めると、こういう意思表示でございます。
戦前において日本はイギリスを国際社会の一員として認めていたわけでございますが、戦争中もその事実は続いておる。イギリスは戦争をしておりますが、国際社会の一員であるという事実には変わりがない、こういう情勢が続いておる、こういうことでございます。
国際社会の一員であるということを認めることが国際法上の意味を生ずるのでございまして、それが承認といわれる観念になるわけでございます。
承認の実体は岡田委員の言われる通りでございますが、われわれは国際法上の承認というものはさようなことを意味しておる、かように考えております。
戦争状態になりました際に、いろいろな条約が効力を失うのでありますが、あるいは失わない条約もあるのであります。これらはその戦争の態様あるいは戦後の平和処理、これらによっていろいろの決定の仕方があるわけでございますが、しかし条約の存在と承認とは直接関係のない観念でございまして、承認いたしましても一つも条約関係のない国が幾らでもあるのであります。従いまして、条約の存在と承認とは別の観念でございます。
戦争状態にあるイギリスとの関係は交戦状態で、ございます。 なお条約の問題がいろいろありましたが、要するに承認というのは、これは国際社会にその国が入ることを承認する方の国が認めるという効果を伴う観念でありまして、たとえば例をあげますと、ソビエト連邦が一九一七年にできましたが、アメリカは一九三三年までこれを承認しなかったわけであります。その間もソビエト連邦があるという事実をアメリカは決して否認はしなかったのでありますが、ソビエト連邦があるいは外債の支払いを拒否するとかいろいろな事情からして、アメリカはそれが国際社会の一員となるにはまだその資格なしという見地に立ちまして、これを承認しなかったのであります。従って承認ということは決して効
占領中の日本の外交能力につきましては、森島委員のただいまお述べになりました通りと考えております。つまり日本は原則的には外交権がなかったのでありまして、個々の場合に総司令部から許されたその範囲においてのみ、日本は外交権を行使し得たということであります。しかしながら、そういういわば例外的な場合が決してなかったのではないのでありまして、たとえばこの間のときも申し上げましたが、国際労働機関憲章に日本は一九五一年の十一月に加盟しておりますが、これはそのとき司令部からそれに加盟してよろしいという許可がありまして、それで加盟したわけであります。その場合には大体どんな形でやりましたかと申しますと、たとえば日本が何か条約、協定を外国と結ぶということで
ただいま大臣の言われました通り、日本は平和条約によって放棄したのでありますが、この平和条約は日本と連合国との間の平和条約であります。約五十カ国に及ぶ戦勝国たる連合国と敗戦国たる日本との平和条約でありまして、この平和条約に基づく権利者はこれらの連合諸国であります。日本は放棄したのでありますが、放棄の結果どうするかということは、このサンフランシスコ平和条約に関する限り、権利者である連合諸国がきめるべきである、かようになるのは当然でございます。
連合国は日本にそういうことを命じていないのであります。日本に命じていることは、一切の権利、権原を放棄せよということを命じているだけでございます。