一八九五年の下関条約でございます。
一八九五年の下関条約でございます。
一国の領土をほかの国に割譲するという条約、たとえば平和条約の結果領土の割譲がある。平和条約というものは、戦争状態を平和に回復するためのいわば経過規定を書くのが主たる目的であります。平和条約によりましてその規定が全部履行されれば、それによって条約というものはその目的を果たすのでありまして、果たしたあとは要するにその状態が続く。要するに条約の効力云々ということは、現実的にはその果たしたときをもって目的を果たしてそれで終わりになる、こういうのが条約の原則であります。従って、日華平和条約によりまして従前の条約が無効となった。同じようなことはサンフランシスコ平和条約においても書いてあるのでありまして、復活するのを希望する条約だけは連合国が一方
下関条約の効力というものは、もうすでに全部目的を達成いたしまして、いわば実質的に失効しておると考えるのが妥当でありまして、もしも万一かりに下関条約の内容の中で現在にもその当時にもなお生きておる条項があった。たとえばもしも中華民国がある地域を防備しないというような義務を条約で負っておりまして、それが依然として続いておるということであれば、その分が失効したということで意味があるのでありますが、下関条約の内容はすでに全部実施済みでありますから、それをさらにここで失効せしめたと、失効しているものを失効せしめたというのは無意味になるのでありまして、下関条約はこれに入っていないと考えるのが妥当であります。
それは、戦争中は中華民国が下関条約を失効せしめるという宣言は私的確に知りませんが、したと思います。しかしそれは必ずしも法律的に意味のあることではない。むしろ政治的な意味であろうと思います。それをはっきり戦後において実現するためには、平和条約で一ぺん日本に帰属いたしました台湾というものを今度は中華民国に割譲する、そういう規定を設けなければいけないのでありまして、同じような主張は私の記憶では韓国も日韓併合条約は無効であるというようなことを主張した経緯があるわけでありますが、法律的にいえばこれも意味をなさないのでありまして、すでに実現してしまったことは今さら取り返しはつかぬ問題であります。これをもし将来に向かって変えるためには、その具体的
インドシナの三国が入っております。北ベトナムは入っておりませんが、南ベトナムはカンボジア、ラオスと条約適用地域に入っています。
ベトナムはSEATOの加盟国じゃございませんので、従ってベトナムから要請がない限りいかなる行動もとることはないというふうにはっきりなっております。
米政府の解釈に関する覚書というのは、これは昭和三十二年の十二月三十一日に出されておるのでございますが、御承知の通り、同じ内容――その中核をなす内容は、それより先に、すでに一九五二年当時から、日韓双方に示されておるのでありまして、その間数年のあれがあったわけでありますが、日韓の交渉の進捗状況にかんがみまして、アメリカの解釈というものをさらに敷衍したものをこの際アメリカが出すということが、交渉の円満な進捗に適当であるということを日韓双方が認めまして、またアメリカもそれに同意いたしまして、それで昭和三十二年の末にああいう形のものが出されたわけでございます。
初めに森委員の御質疑の点からお答えいたしたいと思いますが、平和条約の起草者ということが米国の解釈に出ております。平和条約の起草に当たりましたのはアメリカ政府でございます。なお当初平和条約の準備にあたりましては、アメリカが起草いたしまして、起草した案をおもな連合国、生としてイギリス、フランス、あるいはソ連等に見せたのでありまして、それらの連合国の意見を聞きまして、さらに起草し直し、またその段階において日本にも見せまして日本の意見も取り入れまして、最終的な案をきめたということになっているのでありますから、起草者というのは、ここではやはりアメリカ政府を指すものであろうと考えるわけでございます。 なお、どうして平和条約自体の解釈の、紛争
アメリカ政府の解釈というのは、要するにアメリカ大使館からよこしておるわけであります。従ってアメリカ政府の解釈でありますが、アメリカ政府が平和条約を作ったとき――ときというのでは、権威があまり十分でないのであります。やはりそれはアメリカ政府でありましても、平和条約を起草しましたアメリカ政府という意味で、これに平和条約起草者ということを特に書いたのであろうと思うわけでございます。
一九五二年四月二十九日に、韓国側に提示されまして、同じ年の五月十五日に日本側に提示されております。
請求権問題についての平和条約四条の解釈について、日韓間の解釈が根本的に相違したという事実は、実は第一回の日韓会談ではっきりしてきたのでありまして、第一回の日韓会談というのは、五二年の二月に始まりまして四月にこれが決裂したわけであります。この四月に決裂しました大きな原因が、この日韓の請求権の解釈が違っておるという事実であったわけであります。これは一九五七年の末に日本が、この今のアメリカの解釈をとりまして、そうして従来の請求権の主張を撤回したときに公表されましたものがございますが、その公表いたしましたものの中でも、一九五二年三月六日に日本国代表が行なった在韓財産に対する請求権の主張をここに撤回する、ということをいっておるのでありまして、
これは平和条約四条に番いてあります通り、国有も公有も私有も全部含んでおるのでございます。従って問題になりました法律的解釈は、その全部にやはり適用される法律的解釈でございます。
今御指摘になりました「世界の動き」でございますが、これは久保田発言を契機といたしまして、第三回会談が決裂いたしました直後に、日本の立場はどういうものであったかということを国民に明らかにする意味で、実は解説的な意味で出したものであるのでございます。その中で私有財産だけを取り上げておりましたのは、結局財産問題の交渉におきまして、国有、公有につきましては国家相続の原則によって、結局これは新しくできた韓国政府に引き渡すのが自然であろうという日本側の考え方でありましたので、従って国有、公有については特に問題はないけれども、私有財産だけは日本としては基本的にいえば、やはり請求権があるのだ、という立場をとっておりました関係上、私有財産について強調
いろいろ研究いたしました結果、アメリカの解釈というものがより適当な解釈である。それは平和条約のいろいろの経緯から見まして、平和条約の素直な解釈としてはやはりアメリカの解釈のような解釈の方がより適当であると考えまして、日本政府はいわば積極的にその解釈をとったのでありまして、日米間に解釈が違うという問題ではありませんので、国際司法裁判所等の手続は取らなかったわけでございます。
前の解釈が間違いであったかというお尋ねでございますが、先ほども申しました通り、法律的にはまあ二つの解釈をし得るわけでございまして、その一つの解釈を最初に主張したわけでございますが、やはり検討いたしました結果、この解釈よりはもう一つの解釈の方がより適当である、よりすなおであるというふうに考えましたので、それを採用いたしたのであります。どういうわけでそれじゃ第二回会談、第三回会談の際にそういう解釈を採用しなかったかというお尋ねもございましたが、これは、その当時は韓国側が、はたしてこのアメリカの解釈をそのまま受け入れるやいなやということがわからなかったわけでございます。その後もなお数年間は実はわからなかったのでありまして、その点がはっきり
合意議事録で公表された部分は、この財産請求権に関する点でございますが、それは、このアメリカの解釈を採用いたしましたことに関連いたしまして、韓国側は、韓国は、もし会談が再開された場合においては、従来韓国側が出した請求権についての案をやはり出したいということを言いまして、日本側は、その場合には韓国側のその請求について誠意をもって討議することに異存はないということを答えたのが第一点でございます。第二は、日本側から、韓国もこのアメリカの解釈について同意見であると考えるが、そうか、ということを言ったのに対して、韓国側が、同意見であると言いまして、なお、第三点といたしまして、形式的には日本側から言ったことになっておりますが、このアメリカの解釈と
その考慮するという点は合意議事録でなくて、アメリカの解釈そのものにはっきり出ているわけでございます。合意議事録はアメリカの解釈そのものに関連いたしましてのいろいろの問答をここに記録にとめたということでございます。従って、その考慮するという点についてはいささかも変化はないわけでございます。
発表されたものと同じものであります。つまりアメリカの解釈と同意見である……。
載っております。三月九日に発表したものに載っているのでございます。
国際法あるいは条約の解釈をそのときそのときによって左右する、そういうふうに曲げてやるということでは決してないのでありますが、たとえば二つの解釈があり得る際に、そのうちの日本国にとって、いわば有利である片方の解釈をとる、そのときの日本の立場なり主張なりに有利なものを傍証として取り上げるということは、当然することでございまして、今の韓国側の主張に対抗する意味でのこの文書で、啓発文書でございますので、日本側は解釈に有利な面を取り上げて書いておるわけでございます。それ自体が間違いであるとは申せませんが、そのほかの面もあるということでございます。