発言は「やくじょう」とすべきか「やくてい」とすべきか、どう読むべきかということだと思います。これは通例現在は「やくてい」と読んでおります。あるいは明治のころにできたその当時には、「やくじょう」と読んだのかも実はしりませんけれども、最近、われわれの知っている限りでは、「やくてい」と発音しております。どうもこの条文自体にふりがなしてございませんので、どう読むかはっきりしませんが、「やくてい」と最近は読んでおります。
発言は「やくじょう」とすべきか「やくてい」とすべきか、どう読むべきかということだと思います。これは通例現在は「やくてい」と読んでおります。あるいは明治のころにできたその当時には、「やくじょう」と読んだのかも実はしりませんけれども、最近、われわれの知っている限りでは、「やくてい」と発音しております。どうもこの条文自体にふりがなしてございませんので、どう読むかはっきりしませんが、「やくてい」と最近は読んでおります。
この三カ国とは現在すでに小包郵便約定の交渉をしておるのでございます。ことにフィリピン、南ア両国とは、もうほとんど条文も合意ができておるのであります。最終的に先方で検討しているという段階で、まだ締結を見ていない。ニュー・ジーランドとも目下交渉中でございますので、遠からずこれら三カ国とは小包郵便約定はできるものと考えております。
中華人民共和国との郵便協定を作ったらいいじゃないかという話が昭和三十年ごろから起きていたのでございまして、われわれといたしましても、このようなほんとうの郵便技術に関する協定であれば差しつかえないのじゃないかということで、その際はたしかスイスで両国の代表、郵政当局が集まりまして、スイスでひとつこの話し合いをしたらどうかということをこちらから非公式に申し入れたことがあるのでございます。その際中事人民共和国側は、スイスは困る、あるいは自分のほうの北京か、あるいは東京かで会合を開きたいということを言ってきたことがあったのでございます。その当時の政治情勢から見て、どうも東京とか北京では政府の当局者が中華人民共和国の人たちと直接話をするのは適当
日本政府といたしましては、郵便協定のような協定の交渉をやることは差しつかえないという気持でおるのでございまして、別にどこということを特に最近は考えておりません。したがって、もし先方にそういう気持があれば、こういうことは実現し得ることじゃないかと思います。
これは両国の郵政当局間で結ぶ純郵便技術に関する協定と、かように考えております。
国内法の問題はまた別にあるわけでございますが、これはその当時もいろいろ研究をいたしまして、あるいはその協定は国会にお出しする必要があるかもしれない、あるいは万国郵便連合のワクの中で許されているところであるということで、国会に出さなくて済むかもしれない、そこらの研究は深くはまだ進んでいないわけでございます。しかしなが、対中華人民共和国との関係では、このような純粋な郵便技術に関する取りきめを結ぶことは差しつかえない、こういうことが一応話し合いはやろうということになったわけでございます。国内法的にどう処理する必要があるかということは、今後また研究を要する問題であろうかと思います。
その中華人民共和国ともし郵便約定を結ぶ際には、やはり万国郵便連合のワクの中で各国別に、いわば郵便連合の下で純粋に技術的なアグリーメントを結ぶという考え方に立った場合には、国会の御承認はもう要らないという考えでございます。これは各国に対してもそういうことでやっております。しかし、この小包郵便約定は、ただいま御説明申し上げましたとおり、万国郵便連合のワクに入っていない分についての約定を結ぶわけでございます。これは料金等の規定もございますし、当然別個の条約として国会の御承認を得るということに考えております。
杉原委員の御指摘のとおり、万国郵便条約の中で、すでに政府に委任されている技術的な事項の取りきめということで解釈されれば、あらためて国会の御承認は要らなくなるわけでございます。そういうことでできるのじゃないかということで検討いたしたわけでございます。したがって、問題は、中華人民共和国が万国郵便連合に果して入っているかどうかというところから実は問題が出てくるわけでございます。これは万国郵便連合ではチャイナということで入っているのでございます。したがって、現在のところこのチャイナは国民政府のほうであるというのがまあ一応の解釈でございますが、しかし、チャイナと書いてあれば、別に国民政府ということでなくて、一つの中国ということで入っているとも
現実には万国郵便連合の会合等には、国民政府のほうから人が出ております。中華人民共和国のほうからは人が出ていないという実情でございます。
結局、この郵政官庁相互間で技術的な取りきめをするということは、二つの国家の間の問題としては可能であると思うのでございます。その取りきめが国会の御承認を必要とするかどうかという点で、中華人民共和国が万国郵便連合の加盟国でありやいなやによってその扱いが違ってくる。そこの点は今後さらに検討したいと考えております。
この万国郵便連合条約等は、すでに国会の御承認を得た条約あるいは法律等で授権されていない場合に、たとえ郵政当局間でありましても、きめた協定の内容が国民の権利義務に関係するとか、あるいは財政事項に関係するというようなことでありますれば、これはやはり国会の御承認の要る条約ということになると考えます。したがって、その内容にも関係してくると思いますけれども、そこらの点は、さらにもし具体的の問題が起きました際には検討したいと考えます。
この交換公文で東アジアという字句が出てきておるのでございますが、これは従来東南アジアと申しますとやはり東南のアジアということで、南の方に実は重点が置かれるわけでございますが、日本として経済開発援助に非常に緊急な必要性を認める地域は、必ずしもいわゆる南の方の東南アジアだけでなく、東北アジアと申しますか北の方の日本に近い地域、これも当然日本として関心を持つべきはずでございますので、この交換公文でこの両方を合わせまして、東アジアという字句を使ったのでございます。従って、日本に比較的近いアジアのうちの東の部分、これの開発援助に日本としては関心を持つ、こういう意味でこの東アジアという字句を使った次第でございます。
東アジアと申しますとインド、セイロン島から大体東のアジア諸国全部を実は含むと考えておるのでございます。従来東南アジアと申しますと、それではどういう地域であったかということになりますが、大体フィリピンあるいはカンボジア、この辺から南の方、インド、セイロンまでが東南アジアであったわけでございます。そればかりでなくてそれより北の方のアジア、日本に非常に近い地域、これもやはり入れるのが適当であるという意味で東アジアという字句を使ったわけでございます。
東南アジアに対しまして東北アジアということを申します。際には、やはり韓国、台湾それからある場合にはベトナムとかカンボジアとかラオスとか、こんなところが入ると思うのでございます。しかしこれは、ここに書いてありますことは、要するに東アジア全体をさしておるのでございまして、特にその中の特定の国を意図しておるわけではないことはもちろんでございます。
交渉の経過でございますので、私から御答弁いたします。 東アジアという字句を使ったのはどちらかというお尋ねかと思いますが、これはどちらからということではないのでございまして、日本、アメリカ双方からやはり東アジアが重要であるということで意見の一致を見た次第でございます。
沖繩の現在あるあそこの政府とアメリカ政府との間に、何か講和発効後のガリオア援助について、合意がなされた場合に、将来沖繩自体が日本の施政権に復帰した場合に、その今の合意というものが、今度は日本政府を何か拘束するかどうか、こういう問題だと思うのでございます。これはやはり沖繩が復帰する際に日米間で特別の合意がない限り、必ずしも現在ある現地との合意が日本に引き継がれるということにはならないと思うのでございます。先ほど大臣の言われました通り、何か特別の合意が日米両政府間にない限り、そういう問題はこの日本にはかかってこない、こういうふうに考えております。
御指摘の通りの扱いになっております。
ええ、その通りでございまして、初めの出発点が違う関係上、あとの扱いも違ってきたと、こういうことになっておるわけでございます。
もちろん終戦直後の事態でございますから、通常の意味にいう貿易はなかったわけでございます。が、要するに占領軍の管理のもとにおける政府レベルでの貿易、これは商業ベースでやった貿易というものがあったのでございまして、あくまでもそれは司令部を通じて貿易をやっていたということでございますが、そのよって立つそこは、やはり通常の貿易と同じ売買契約によって物の輸出入が行なわれた、売買が行なわれた、かような事態になっております。 また英占領軍と貿易ということができるかということでございますが、これは四七年三月十四日、スキャッピンが参りまして、そのスキャッピンによって英連邦軍司令官と日本の当該官庁との間で売買することができる、そういう権限を英連邦司
御指摘の通り、その当時のスキャッピンによりますと、売買の権限を与えられておりますが、その売買が行なわれた際には、受け取りを出せ、その受け取りには、記録のために価格を書くということになっております。形から見ますれば、先方のいわば言い値を書くということのように見えますけれども、現実の扱いは、調べてみますと、先方の言い値をそのまま書いたのではないのでありまして、やはりこちらと相談した価格を書いたということであるようでございます。なおその指令の中にも、もしも腐敗品があるとか全然価値のないものがあれば、その分も書くようにというようなこともございますので、十分そのとき検討して書いたものと思うわけであります。なおその後一九五一年になりまして、英連