もちろん、これは占領直後に先方から指令が参りまして、日本の船舶はすべてアメリカの管理下において運航されるということになったわけでございまして、そのときから今のスキャジャップ旗が用いられたわけでございます。したがって、そのもとは指令でございます。連合国司令部の命令でなったわけでございます。その後にどういう交渉がありましたか、私は実は詳しいこと存じませんが、占領中は結局この制度が続いていたわけでございます。
もちろん、これは占領直後に先方から指令が参りまして、日本の船舶はすべてアメリカの管理下において運航されるということになったわけでございまして、そのときから今のスキャジャップ旗が用いられたわけでございます。したがって、そのもとは指令でございます。連合国司令部の命令でなったわけでございます。その後にどういう交渉がありましたか、私は実は詳しいこと存じませんが、占領中は結局この制度が続いていたわけでございます。
ただいま御指摘になりましたような、マーシャル・プランの援助を受けた国々と、それから日本あるいはドイツのようなガリオアの援助を受けた国々、これに見返資金が設定されておることは、われわれ承知いたしておるのであります。それ以外にはそういう事実は承知しておりませんので、大体御質問の通りの事態だろうと思います。
日本、西独のほかに、琉球にもガリオア援助が出ておるのでありまして、琉球にも見返資金が設定されておると聞いております。
ECAの援助を受けました国が見返資金を設定いたしました際は、アメリカの一九四八年のECA法に基づきまして、グラントで出した場合に見返資金を設定するというその規定がそのまま適用になっておるのであります。例外としては、ただいま外務大臣が言われたように、西独の場合は例外でございます。
これは、ガリオアの援助でこの見返資金を作りました日本及び西独の場合は、日本の場合はスキャッピンが参りまして見返資金を設置したのであります。なお、西独の場合は、西独とアメリカとのECA協定で見返資金を設定するということがきまっておるのでありまして、いずれも、そういう合意と申しますか、法的根拠、そういうものがあるわけでございます。
この点は、先ほど外務大臣が御答弁したことで尽きておるのでありますが、日本の場合は、アメリカのECA法に基づく見返資金ではないのでございまして、全然別個のスキャッピンに基づく見返資金でございます。ECA法は日本には適用がそもそもないのでございます。西独の場合は、ECA法の例外として、アメリカと西独との間の協定に基づいて作っておる。従って、この出発点が、日本の場合を例にとれば全然無関係でございますので、ECA法によるものが無償の場合に見返資金を作ったから、日本もやはり無償でなければ見返資金を作るのはおかしいというその点は、ちょっと共通の地盤がないのでございますから、やはりどうも御賛成いたしかねるのであります。
アメリカとドイツとの間の協定の内容を見ますと、ただいま御指摘のような三つの見返資金を設定するということになっております。
ドイツの場合、見返資金から払うという約束は何もないのでございまして、要するに、ドイツは一般的に払うという約束をしておるのでございまして、ただ、払う財源を見返資金にいたしますか一般会計からやりますか、これは全くドイツのいわば判断によってきめることになっております。
見返資金という制度そのものは、別にここから債務を償還するという意味で作るものでは元来ないのでございまして、日本の場合は、別個の事情から、これから払った方がいいということで、政府の判断で払うわけでございます。 それから、その次のドッジさんの説明等いろいろ援用なさいましたが、私もそれを読んだことがありますが、これは、運用はECAの見返資金と大体同じようにやられるだろうという意味を言っているわけで、ございまして、絶対的に性格そのものが無償とか有償とか、そこまで同じではないというふうに思うのでございまして、実際の運営は、大体同じような運営をしておることは御承知の通りでございます。従って、見返資金という制度そのものは、いわゆる透明、色のつ
対日見返資金ができました当時、ヴォルヒーズ陸軍次官がアメリカ議会で証言いたしておりますが、その中において、日本の見返資金というものは、運営はECAの見返資金と大体同じやり方でやる、しかしながら性格そのものはこれと必ずしも同じでないということを証言しておるのでありまして、ドッジさんも同じ意味で言っておると考えるのでございます。従って、これはやはりECAのとは発端は別であるということが言えると思います。
ただいま安藤局長が申しました通り、アメリカ商務省の発行いたしております「フォリン・エイド」誌の分類によれば、グラントの中に入っておるということでございます。
日本といたしましては、従来から池田総理が言われている通り、債務と心得ておるわけでございます。
分類の仕方もいろいろあるわけでございまして、ただいまの「フォリン・エイド」誌の分類とか、あるいは阿波丸協定の付属覚書の占領費あるいは借款、クレジット、これのうちのどれに入るかというような分類をしいて考えれば、その分類の方法もありましょう。しかし、政府としては一貫して債務と心得るという定義をしておることは、御承知の通りでございます。
われわれがお出しいたしましたのは、いわゆるビーコフ物資がどういういきさつでこれを日本が受け取るようになったかという一番根拠になる資料をお出ししたわけでありまして、この資料は、御指摘の通り、アメリカから日本に来ておるいわゆるスキャッピンであります。これは、占領治下でございますから、日本が直接イギリスと交渉することはできなかったわけでございまして、アメリカが仲に立ちましてこういう品物を日本が買ってもよろしいという指令の形で来ておるわけでございます。
お手元にお配りいたしましたスキャッピンでありますが、この第一項を見ますと、ここに、英連邦軍司令官は日本国政府に対してこういう品物を売ることとその売ることのために貿易庁と交渉する権限を与えられたという通報をしてきておるのでございます。従って、これが要するに英連邦軍司令官に対する授権でありますと同時に、日本政府に対しても英連邦軍司令官と交渉して売買契約をやってよろしいという授権でございまして、これに基づきまして個々の物資についての受け取りが行なわれたわけであります。
これが授権でございまして、この授権の中に、要するに、これに基づいて受け取った場合には、たとえば三通の受取書を出せ、価格はそのときの見積もり価格を書けというようなことが書いてあるのでございまして、これは占領治下の特殊な事情でございますから、普通の売買契約と同じような形はとれなかったわけでございますが、要するに、これで売買の申し込みがあったというふうにわれわれは解釈しておるのでございます。この申し込みに基づきまして、日本がこれこれの品物を受け取った、その受取書を出した際に、それの申し込みに対してこれを承諾しておる、従って、品物を受け取るごとに売買契約が成立しておる、こういう考えに立っておるわけであります。
少しこんがらがってしまいましたが、要するに、この根拠の指令に基づきますビーコフ物資というものは、総額八十五万ポンドほど受け取りまして、これの支払いは、先ほど法制局長官が申しましたような方法によりまして、全部済ましておるのであります。これは英連邦に払ったわけであります。アメリカから返してもらうというのは、この英連邦から受け取ったビーコフ物資のうち、ある一部分は朝鮮事変の際にアメリカから自分の方に渡してくれと言われて渡した分がありますので、その分は、日本で使わなかった物資でありますから、今度あらためてアメリカから返してもらう、それを今度やったわけでございます。全部を返してもらうという筋のものではないわけであります。
私が昨日申したのは、債権者が雲散霧消したため、その債務といいますか、その勘定はそのままになっておると申したのでありまして、払わなくてもいいとまで言っていないのです。つまり、未解決ということでありまして、従って、林さんの言われたことと相違はないと思っております。
閉鎖機関になりましたのは、この三つの銀行の在日支店が閉鎖機関に指定されたのでありまして、これは日本の国内にあり、いわば日本の権力下にありますから、閉鎖機関令というものでそういう清算措置もできるのでありますが、三銀行そのもの、この本店は日本にないのでありまして、これを閉鎖機関にするわけにはいかないのでありまして、要するに、これらが、どうなっておるかということはわからないと林さんも言っておられるのであって、私はその間に違いはない。雲散霧消というのは、本物がなくなった、本店がなくなったのじゃないかということを言ったのです。
この第三条一項に掲げております戦後のアメリカの経済援助の提供から生じた日本国及び国民の請求権、全部これが十九条ですでに放棄されているということを再確認いたしておるわけでございますが、これでどういうものが放棄されたかというと、要するにここの規定は包括的に規定しております。要するに、どんなものがあっても、まだわかっていないものであっても、全部十九条で放棄されているんだということを念のために書いておるのでございます。具体的に今わかっているものでどういうものがこれで放棄されたかということにつきましては、お手元に提出してあります資料3、あれで控除項目というのがございます。あそこに請いてある控除項目におきまして、たとえば、見返資金から出しました