はあ大体そのくらい要求してございます。
はあ大体そのくらい要求してございます。
はい。
はい、やつておりました。
昭和二十二年の二月から五月までと、それから二十三年の五月から二十四年の五月までで、間が抜けております。
拂い下げにはいろいろありますが、一番昔から鉄道がやつておりました拂い下げは、たとえばくず鉄とか、くず銅とか、そういう工場で発生したいわゆるスクラツプの拂い下げでありまして、一般の製鋼会社で鋼材を使つておるところへ、鉄道がくず鋼材を買つておりますのにリンクいたしまして拂い下げるという方法をとつております。それから古レールこれも短いものはスクラツプとして拂い下げまして、炭鉱関係に坑木の代用として相当拂い下げておりますが、これも石炭廳と連絡の上、石炭廳の指定する炭鉱に拂い下げております。それから終戰後特にわれわれが不要品の整理として考えましたのは、弘済会に対する拂い下げであります。 なおそのほかに私の方で物を製作させますときに材料を支
これは先ほど申し上げましたようなもののうち、スクラツプとか鋼わくレールとか、そういうものは毎年毎年拂い下げたのでありますけれども、鉄道が終戰後非常に不要品が多かつたという関係がございまして、これには戰争中の防空関係の資材が、戰爭が終つて急に要らなくなつたとか、あるいは戰爭中いろいろ抱き合せで賣らざるを得なかつたので、鉄道として必要なかつたものとか、また大陸の鉄道関係で、すなわち満鉄とか華北鉄道とかいう鉄道に賣つていたものが、内地へ置いたまま終戰になつたものですから、そこでどんどんたまつて、不要になつたものとか、そういういろいろな関係がございます。それと普通のいわゆるスクラツプ以外に、かなりの不要品が國鉄としてかかえざるを得なかつたよ
弘済会は御承知かと思いますが、財團法人になつておりまして、大体の主目的は鉄道の退職者なり、あるいは公傷病者なりを救済するのが目的になつております。
その目的に適しておるというよりは、われわれとしてはそういうところを使つた方が仕事がスムーズに行くと同時に、利益などが万一出た場合にも、監督が十分に行くという考えでやつたわけであります。もう一つ鉄道の退職者などがおりますので、われわれといたしましては、整理をする場合、やたらに外部の人がうちの倉庫へ入つてもらつては困りますので、弘済会の方ならばその点安心してやれる、そういう氣持もあつたのであります。
やつております。
弘済会に対する一般的な監督は、鉄道といたしましては、職員局というところでやつておるわけでありますが、当時私がおりました資材局などにおきましては、その整理関係についての監督はやつておりました。
それはございました。
それは弘済会とわれわれの整理事務の補助機関として考えましたので、場合によつては損のいく場合もあるし、あるいは得のいく場合もあることを考えまして、当時ある程度の手数料という要素を加味いたしまして、新品二割、不急不要品五割、もつと悪いものは八割という割引率をきめたのであります。
法律上の根拠はありません。認定であります。
それはマル公のあるものはマル公によりますし、マル公のないものは物價廳に照会したり、しかるべき民間團体に照会いたして定めたものであります。
はあ。
鉄道といたしましては、全部が不要不急ですが、古品、損耗品については六割ないし八割であります。
古いものです。損耗品というのは燒けたとか、何とかいうものであります。
値引きの基準をきめましたのは、先ほど申し上げました――ちよつと理由をつけ加えていただきたいのは、相当古いものがあるし、あるいは不適格品がございますので、その加工費というものを考えたわけであります。そういうわけで適当な値引きをしてもいいということは、当時鉄道総局の関係から來ておりまして、その基準をきめましたのは資材局長だけでしておりました。
具体的なものになりますと、賣却には鉄道局にまかしておりましたものと、いわゆる当時の本省でやりましたのと二通りございましたので、具体的な場合には本省で契約いたすものは資材局長がやつておりますし、鉄道局に契約をまかしてありましたのは鉄道局長が認定したわけであります。
課は別にございませんが、普通の賣却をやる係でやつております。