技術委員会が全日空の機種選定に参画したということはないというふうに私は報告を受けております。これは直接松浦先生に確かめておりません。したがって、ただいまの先生のおっしゃったような点については、松浦先生がどのような趣旨でこれを言われたかという点については、私どもの方としても確認をしてみたいと思います。
技術委員会が全日空の機種選定に参画したということはないというふうに私は報告を受けております。これは直接松浦先生に確かめておりません。したがって、ただいまの先生のおっしゃったような点については、松浦先生がどのような趣旨でこれを言われたかという点については、私どもの方としても確認をしてみたいと思います。
これは日本航空から聴取いたしました経歴でございますけれども、昭和二十三年の三月に東北大学の法文学部を卒業いたしまして、四月に日本銀行に入行いたしまして、三十年の八月日本輸出入銀行に出向し、三十五年四月アラビア石油に入社いたしております。それから、三十九年五月富士石油に入社いたしております。三十九年の九月佐藤榮作氏の秘書になりまして、三十九年十一月内閣総理大臣秘書官となっております。四十三年六月全日本空輸の常勤顧問になり、四十五年五月全日本空輸を退社いたしております。四十五年の十一月日本航空に入社いたしまして、営業本部長付審議役という職名で現在に至っておる、このような報告を受けております。
日本航空の長期計画は、これは会社としてのいわゆる長期のビジョンを作成したものでございます。したがって、その長期計画自体を運輸省が認可すると、こういうことではございません。ただ、会社の計画でございますから、その長期計画は運輸省は説明を聴取いたしております。
四十五年に作成いたしました長期計画は、四十六年度から昭和五十年までの五カ年間、これは国際線、国内線に通じまして需要予測をいたしまして、それに対する機材計画、それから乗員計画、訓練計画、そういうものを、要するに会社としての運営の基本的な計画についてのいわゆる計画を作成しておるわけでございます。
四十五年に作成いたしました四十六年度からの長期計画の中では、四十七年度に当時国際線に使っておりましたボーイング747三機を国内線に転用する、それから四十八年度に大型ジェット機、これを国内線用として投入すると、こういう計画がございます。
三十七年の八月十五日に「日本航空及び全日本空輸の提携の強化に関する基本方針」と、こういうものを運輸省は決めておるわけでございます。その中で、両者の使用機材について、これは幹線でございますけれども、できる限り機材勢力の質的な均等化を図るということで、同一機種の採用が望ましいということを基本方針として決めておるわけでございます。したがって、この精神は、日本航空と全日本空輸の提携の強化ということの一つの具体的な手段として同一機種の採用ということもあるわけでございまして、そういうふうな提携関係の強化という基本的な精神はその後も変わっていないというふうに思うわけでございますけれども、ただ具体的な方法論につきましては、これは必ずしも将来、未来永
当時の関係者に聞いたところによりますと、当時そのような事実は全く知らなかったということでございます。
私は、若狭発言を否定するとかしないとかいうつもりは毛頭ございませんで、当時の御質問が、製造にはいつから入ったかと、こういう御質問に対して、私どもが持っておる資料によりますとこうなっておりますと、こういう御答弁をしたと思っております。
その事実は、当時はそういう事実について報告もなく、したがって承知いたしていなかったわけでございます。
先生の御質問はその……
そのダグラスとの接触というのは、たとえば当時運輸省で購入いたしましたこの飛行検査機器でございますけれども、それの購入に関してダグラス社と接触したか、あるいはいわゆる代理店である商社と接触いたしましたか、恐らく私は商社と接触をしたと、これは端的に言えばガルフストリュームという機種を最終的には購入いたしたわけでございますけれども、そのときにDC9とかボーイング737とかいう機種が候補に挙がったわけでございますので、その機種選定の過程におきましてメーカーと直接接触したか、あるいは代理店である商社と接触したか、この点についてはすぐ調査いたしますけれども、それを除きまして、いわゆる民間航空会社の購入機材について運輸省航空局がタッチしたというこ
飛行検査用の機材を購入するにつきまして、運輸省がメーカー、特にダグラス社とどの段階で接触したかと、こういう点につきましては、現在手元にそのような資料を持ち合わせておりませんので、可能な限り調査いたしまして御報告を申し上げます。
これは当時、四十五年の十一月に日本航空から国際線機材として747四機を購入したいと、こういう取得認可の申請事案が出てきたわけでございます。で、その是非を判定いたしますときに日航の持っております計画を調査したわけでございますが、その日航の計画として、これは長期計画の中にも入っているわけでごいますが、四十七年度に、当時すでに国際線に使用いたしておりました747LRを三機国内線に転用すると、こういう計画が日航の長期計画の中にあったわけでございます。で、そういう計画があると、こういうことを前提にいたしまして運輸省でいろいろ検討をするその資料を作成いたしたわけでございますけれども、いま先生御指摘の資料というものはそういう過程での検討資料の一部
これはあくまでも内部の検討資料でございますので、そういう意味では権威のあるというものではないと思いますけれども、ただ、航空局として四機の国際線用機材の購入を認めるか認めないかという判断をするときに、日本航空のそのような長期計画の中での三機転用と、こういうことを当然その検討の中に加えておった、念頭に入れておったと、こういうことは当然事実でございまして、そういう検討の事実があったということを示す資料としては意味があると、こういうことは先生御指摘のとおりだと思います。
この四機の購入の認可は、これは運輸大臣の認可でございまして、大蔵大臣に協議をすると、こういうことでございます。 それから、この四十七年度に三機国内線に転用するということは、これは決して既定の事実ということではございません。そのこと自体を認可したわけではないんでございまして、国際線用四機の購入を認可するについて四十七年度時点で転用という問題が当然起こる、そのことについて運輸省は当時の段階としてはこれを是認しておったと、こういうことは言えるわけでございます。
この長期計画自体を了承するとか、認めるということは、これ法律的にはございませんけれども、四十五年の十二月に全日空が作成いたしました先生御指摘の長期計画、これは当然運輸省としては報告を受けてよく承知しておった、こういうことでございます。
これは私、当時の関係者なり資料なりで調査いたしました結果から申し上げますと、運輸省として四十七年度導入ということを決めておったのを四十九年に延期した、こういうふうにおとりになっておられるんではないか、あるいは一般にそういうふうに理解されておるんではないかと思うわけでございますけれども、運輸省といたしましてはこのエアバス導入時期というものを、運輸省の方針として四十七年度からというふうに決めたわけではございませんで、要は四十五年当時に日航、全日空が持っておりました計画によれば四十七年度から導入するということで、事実そのような前提で機種選定の準備をしておる、こういう事実を運輸省は当然承知いたしておったわけでございますけれども、運輸省の方針
先生御指摘のものは恐らく四十五年の暮れだと思いますけれども、運輸省といたしましては日航、全日空において大型機を導入するについて、その導入時期とか、あるいは機種の統一という問題もあるわけでございまして、そういう点についてよく両方で話し合ってもらいたいと、こういうふうなことを意思表示したわけでございまして、そういう意を受けて両方で、両社でそういう委員会のようなものをつくると、こういうことになったわけでございますから、その構成に運輸省の職員が入っておることもございませんし、またその両社の委員会というものが具体的にどのような活動をしたかという点についても、運輸省としてはそれに干渉はしていなかったと、こういうふうに承知いたしております。
それは恐らく全日空の社内的な諮問機関としての技術委員会のことだと思います。それで、この機種選定委員会というのは、各社それぞれに別個に持っておったわけでございまして、それとは別に、この技術委員会というのは、いわばずっとそれより前から技術的な問題について部外の学識経験者からいろいろ意見を聞くと、こういうことで設置されたものでございまして、それに運輸省の職員が委員として参加しておったと、こういう事実はございますけれども、その技術委員会と、いわゆる機種選定委員会というのは全く別個のものでございますので、したがって、機種選定について、まあ直接にしろ間接にしろ、運輸省の職員が関与したということはございません。
これは当然やるとすれば両社に行うわけでございまして、両社に残っております資料から見ましても日航、全日空両方にそのようなアドバイスをしたと、こういうことになっております。