全日空は、これはいずれにしても新型機を購入いたさなければなりませんので、四十六年の六月段階は、まだ社内的には四十七年度に新型機を導入するという前提でいろいろ機種選定作業を進めておったと、こういうふうに理解いたしております。ただ、運輸省の行政指導に対しましては、全日空は四十九年でも結構だという回答をしておるということが、これは全日空側の記録でございますけれども、ございます。
全日空は、これはいずれにしても新型機を購入いたさなければなりませんので、四十六年の六月段階は、まだ社内的には四十七年度に新型機を導入するという前提でいろいろ機種選定作業を進めておったと、こういうふうに理解いたしております。ただ、運輸省の行政指導に対しましては、全日空は四十九年でも結構だという回答をしておるということが、これは全日空側の記録でございますけれども、ございます。
二月か三月でございます。
当時の全日空の記録によりますと、二月段階の航空局のアドバイスに対して、全日空としては四十九年で差し支えないような返事をしたということは、全日空の記録にございます。ただ、全日空内部といたしましてはやはり日航というものを常に意識しておったわけでございますので、そこで四十九年に延ばしたというふうな明確な意思表示を決定いたしていないようでございまして、先ほども申し上げましたように、いわゆる機種選定委員会では依然として四十七年度導入もあり得るという前提で準備をやっておった。私どもの調査では、たしか四十六年の六月三十日ごろだったと思いますけれども、そのときに機種選定委員会で導入時期を四十八年に延ばそうということを社内的には決めておるようでござい
日航に対するこの行政指導は、あくまでも国際線に就航いたしました三機の国内線への転用でございます。これは六月一日にそういうふうな行政指導、意思表示をいたしましたけれども、そこですぐに日航がオーケーと言ったわけではございません。ただ、六月のたしか一日でございますけれども、これは役所にも残っておりますけれども、役所でいろいろ需給を計算いたしまして、そして在来機のままでいいではないかという意思表示を明確に日航に対していたしたと、こういう記録がございます。
この当時の証言でございますけれども、これは日航が新型機の導入を、従来から考えておったようなペースを一年おくらせるということを意思表示をされたものであるというふうに理解できると思います。その国際線用の三機を国内に転用することも延期したと、こういうふうな意味で当時の日航の松尾社長が表明されたかどうか、これは実はこの当時の新聞記事しかございませんので確認できませんけれども、恐らく日航が進めてまいりました新機種導入のペースを一年延ばした、要するに四十六年度に機種選定をして発注するという計画を延ばしたと、こういうふうに言われたのではないか、またそのような前提で理解するのが順当ではないかというふうに思うわけでございます。
四十五年ごろに、大庭証人の証言に関連していざこざと、こういうふうな御質問であったように思いますけれども、特に日本航空と全日空との間でいざこざということはなかったのではないかというふうに承知いたしております。
五月二十六日は、たしか新聞で当時の橋本大臣が記者会見されました模様が報道されておりますけれども、それは従来のいわゆる政策を再検討する、そういう必要があるということを表明されておるわけでございまして、具体的にその再検討の内容については特にお触れになっていなかったというふうに承知いたしております。
これは四十一年に閣議了解されましたいわゆる運営体制の基本、これを実行するために努力をしてきたわけでございますけれども、四十四年から四十五年に至りまして非常に客観情勢、特に航空の輸送需要が旺盛になってまいりまして、したがって、四十一年当時決められました航空政策というのは、いわゆる企業基盤を確立するということで、日本航空と当時の日本国内航空、それから全日空と東亜航空、いわゆる幹線企業とローカル運営企業とをそれぞれ統一させるという、そういうふうな方針でございまして、その方針を実現するために政府も努力してきたわけでございますけれども、四十五年になりまして輸送需要が非常に旺盛になってまいりまして、ローカル線を運営いたしております会社も、当時使
その点につきましては、私どもも新聞紙上でそのような報道がされておることを承知いたしておるわけでございますけれども、私どもの知り得る範囲では、そのような事実があったというふうなことは承知いたしておりません。
当時の土川社長が橋本大臣から聞いたということで、いろいろな発言をされたということが新聞で報道をされておるということでございますけれども、現実にそのような発言を当時直接聞いたわけではございませんし、いずれにいたしましても、再編成の過程におきましていろいろな意見があり、また希望もあったわけでございまして、そういうものを背景にして六月に運輸大臣が運輸政策審議会に基本政策について諮問をいたしまして、その答申をいただいて基本方針が決まったということでございまして、したがいまして、その過程におきましていろいろな希望表明なりあるいは意見があったということはございましたでしょうし、またそれが新聞にどういうかっこうで報道されたかということはいろいろあ
いわゆる土川発言というものの内容そのものはわれわれ確認できないわけでございますけれども……
とにかく、運輸政策審議会でいろいろ議論がなされて、そうしてその結論が出たわけでございますから、その過程においては当然たくさんの委員の方々が議論をされて、そして、それの集約された結論というものが公正に出たというふうにわれわれは存じておるわけでございまして、その結論というものと、それ以前にいろいろな方が表明された希望なり意見というものとが合致しているとかいないとかということだけをもって、そこに何らかの疑惑があるというふうに見ることは必ずしもできないのではないかというふうに考えます。
橋本運輸大臣が直接記者会見して発表されたことは、先ほど申し上げましたように、従来の基本方針を再検討する、そういう必要がある、こういうことを発言されたわけでございます。それからただいま先生御指摘の件は、亡くなった土川元社長がそういうふうな、これは橋本大臣とお会いになったかどうか知りませんけれども、とにかくそういうふうなことをおっしゃった、土川社長がおっしゃった。それを間接的にわれわれは一部の新聞報道で承知した、こういうことでございまして、当時その時点において、そのような考え方がすでに政府部内で固まって決定しておったということはあり得るはずがございませんので、いろいろなたたき材料というものは、これは当然ございますけれども、すべては運輸政
四十五年に第二次空港整備五カ年計画を策定いたしまして、四十六年度から五十年度までの間に約五千六百億の資金を投入いたしまして国際空港並びに一般空港の整備をする、こういう考えでございまして、その中では、当然いわゆるジェット化あるいは大型化、こういう趨勢に即応するような空港の整備を考えておった。それと同時に、保安施設の整備と騒音対策、こういうものも充実させる。これが当時の方針だったように存じております。
いろいろ答弁をいたしておるわけでございますけれども、空港に関係いたしましては、四十七年度においてジェット化あるいは大型化というものが可能である、そういう空港がある、こういう答弁をしていると思います。
先生御指摘の八ページでございますけれども、当時の内村局長は、来年度、いわゆる四十六年度から「第二次五カ年計画を立てまして、総額として五千六百億というものを計上」いたしております。「すなわち、現在幹線の空港でございます千歳、それから東京の羽田、名古屋、大阪の伊丹、それから板付、こういったところは現在いずれもすでに就航可能でございます。それからさらに今後ローカル空港につきましても、需要の多いようなところにつきましては、逐次二千メートルまたは二千五百メートルというふうな長さに滑走路を延ばしてまいりまして、さしあたり四十七年度ぐらいからも二カ所ぐらいは出てまいります。」と、こういうふうな答弁をいたしております。
四十六年度の予算の関係でございますけれども、東京、大阪を別といたしまして、たとえば名古屋空港につきましては、エプロンの改良ということで四十六年度一億二千七百五十万、こういう予算を予定いたしておったわけでございます。 それから熊本空港につきましては、用地造成、誘導路、エプロンの新設、こういうふうな関係で十五億一千八百万、こういう予算を計上いたしております。 それから新鹿児島でございますけれども、これも用地造成、滑走路等の三十八億等でございます。
これは恐らくローカル空港ということでございますから、熊本と鹿児島、こういう空港を考えておったと思います。
空港のいわゆる滑走路等の規格から考えますと、この四十六年二月当時といたしましては、羽田、大阪のほかに、ただいま申し上げましたようなローカル空港としては熊本とか鹿児島、こういう空港にエアバスが就航可能になるだろうと、こういうことでございますから、空港関係という点から考えますと、国内にエアバスを導入することが四十七年度から不可能であるということにはなってなかったと思います。
この点は、四十五年の十一月に日本航空が国際線用としてLRを四機購入したい、それの取得認可をしたわけでございます。そのときに日航の長期計画といたしましては、すでに国際線に就航いたしております三機を四十七年段階において国内線に転用したい、こういう計画を日航は持っておったということでございまして、それ自体を承認したとか、認可したということではございません。ただ、そういう計画を前提条件として日航は持っておった、そういうことをわれわれは十分承知して四機の購入を認可した、こういうことでございます。