存じません。
存じません。
五月二十六日の全日空からの要望書は、これはいわゆる航空対策特別委員会に対して全日空から出されたと、こういうふうに承知いたしておりまして、政府といたしましては、どういういきさつでそれが出されたかということは詳細存じません。ただ、三月に航空対策特別委員会が開かれまして、そこで運営体制についていろいろ議論がなされたわけでございまして、その後いろいろな検討が政府部内においてもいたしたわけでございますけれども、七月一日の大臣通達が出されるまでの間においていろいろな経過があったわけで、全日空が党に対して要望書を出したということも恐らくその一こまであったというふうに理解いたしております。
求められて出したのか、自発的に出したのかについては、大臣が申し上げましたように改めて調査をいたします。ただ、この委員会には当日は政府といたしましては出席いたしておりませんので、したがって、その状況については当事者から直接聞かなければよくわからない、こういうことでございます。当日この意見を表明いたしましたのは、全日空以外に日航、それから東亜国内航空もそれぞれの意見を述べたというふうに聞いております。
私どもの聞いた範囲におきましては、全日空は文書を出したようでございます。それから日航は口頭であったか、あるいは文書であったか、確認いたしておりません。東亜国内航空は口頭で説明をしたというふうに聞いております。
これは資料として運輸省に存在いたしております。
三社の要望の内容は、資料として運輸省に存在いたします。
先ほど申し上げた中で、東亜国内航空の分はこれは口頭で述べたようでございますので、資料としても運輸省には存在いたしません。全日空と日航はそれぞれ資料として運輸省に存在いたします。
まず、日航の意見でございますけれども、いろいろ書いてございますけれども、まず日本航空として、事業分野につきましては、那覇が幹線であることの確認を願いたいというのが大きなことでございます。 それから全日空の近距離国際不定期でございますが、これはいわゆるチャーターということの確認と、それからその範囲については急速な拡大は国際的に悪影響をもたらすので反対であるということで、範囲の限定をし、かつ日本航空と提携をして秩序ある運営をすべきであるということでございます。 それから東亜国内航空につきましては、日本航空が積極的に技術支援を行うということと、東亜国内航空の幹線への新規参入につきましては、これは四十九年度を目途とすることには反対し
四十五年の十一月時点においては、ジェット化、大型化を何年から行うということについて具体的に明確な目標時点を定めておったということはないと思います。
まず第一点、六月二十六日のいわゆる文書というものと七月一日の通達というものとは、これは直接因果関係ございません。内容的にも必ずしも同一ではございません。いろいろな案がございまして、それは七月一日の通達の案が決定いたすまでのいろいろな一こまであったというふうに理解いたしております。 それから、先生ただいま四十五年の閣議了解の線が相当通達で変わったと、こういうふうに御指摘でございますけれども、実はその以前の四十一年にこの運営体制についての一つの基本方針がございまして、そこで、そのときはどちらかといえば集約化の方向でございます。したがって東亜航空と全日空、それから日本航空と日本国内航空、こういうふうないわゆる統合の基本方針があって、四
たびたび申し上げておりますように、六月二十六日のいわゆる文書というものは、運輸省としては正式の文書として取り扱っておりませんし、七月一日の通達の作成段階、こういうものには六月二十六日のいわゆる文書というものは特段の関係がないと、こういうふうに考えております。したがって、たまたまその日時が近接しておったということでございますけれども、これはそこに何らかの関係はないというふうに考えております。
先生のただいま御指摘の数字は実績値だと存じます。で、四十六年の二月段階であのような導入延期の判断をいたしましたあの当時の客観情勢、こういうものが、やはり四十五年までの非常に旺盛な需要の伸びというものに対してそれが鈍化したと、こういう状態を非常に当時の関係者としては強く意識したということでございます。それと、各社のいわゆる輸送需要に基づく計画というものをそのまま認めたとした場合には、先日も申し上げましたように、少なくとも四十七年、四十八年の段階ではいわゆる供給過剰になる。しかもそれがいわゆる大型機の導入という、しかもまだ世界中どこにも就航していないような、また実際に就航していない大型機を導入することによって輸送力をつけようと、こういう
お答え申し上げます。 二月ごろに日本航空が導入の延期を決定した、こういう事実、それから全日空に対しまして導入延期の申し入れをした事実、こういう点につきまして現在までの調査では確認がされていない、こういうことでございます。
日航内部で延期が決定あるいは内定された事実というものも確認いたしておりません。それから日航から全日空に対して申し入れをした、こういう事実も確認されておりません。
松尾社長が当時エアバスの導入を延期しようという発言をされたという記事が当時の新聞記事にあったと、こういう事実はございます。それだけでございます。
当時、日航の内部で導入を延期したという決定ないしは内定をしたということの確認をわれわれは得ておりません。
四十六年の二日初旬以降かと思いますけれども、全日空ないし日航に対しまして、エアバスの導入を四十九年ごろまで延期してはどうか、よく両社間で相談をしてほしい、その結果を報告してほしい、こういうふうな行政指導をしたということは、いろいろな関係のメモ等からそういう事実があったということは事実かと思います。
いつ、だれからだれにそのような意思表示をしたか、こういう点については現在までのところ、これを確認できないわけでございまして、ただ会社等に残っておりますいろいろな記録から、運輸省からそういう行政指導がなされたということは十分判断できるものがあるわけでございます。
これは全日空あるいは日航にいろいろ残っております記録等の中に、当時運輸省からそのような意思表示をした、会社の方としてはそういうものを受けたと、こういうことが記録として残っておる、こういうことでございます。
運輸省の中には、その行政指導をした、当時そういう行政指導をしたと、こういうふうなことを証明し得る明確な資料はございません。ただ、全日空、日航の方に、運輸省からそういう行政指導を受けた、こういうことを証明し得る資料がある、こういうことでございます。