これは航空局から両社に対しまして、運輸省が行政指導をした、会社としてそれを受けたという何らかはっきりとした証拠となるものはないかということで照会いたしましたところ、こういうことですという報告でございます。
これは航空局から両社に対しまして、運輸省が行政指導をした、会社としてそれを受けたという何らかはっきりとした証拠となるものはないかということで照会いたしましたところ、こういうことですという報告でございます。
その報告は両社から受け取って、現在航空局にございます。
これは全日空については、全日空の幹部がそういう行政指導があったことを裏づける発言を社内でしておる、そういう記録でございます。その記録を会社から運輸省に取り寄せたと、こういうことでございます。それから日航につきましては、むしろ航空局のそういうふうな行政指導に対しまして、日航としてそれに対応策をいろいろ内部で検討を始めております。要するに、当時四十七年度からエアバス、大型ジェットを国内線に投入する必要がやはりあるんだということを、日航としていろいろ運輸省に反論をするために作業をしておる。そういうものが日航の中に残っておる、こういうことから当然運輸省がそういう意思表示をしたということは言えると、こういうことでございます。
委員会で御検討いただいて、提出すべきものと決定いたされれば、提出をいたしたいと思います。
正確な日時は記憶いたしておりませんけれども、恐らく一カ月ないし一カ月半以前だったと思います。
たしか四十六年の二月ごろに、エアバスの導入延期の行政指導をしたかしないか、こういう問題が話題として出てまいりましたので、航空局といたしましても、そういう行政指導の有無を確認する意味において航空会社にも照会をいたしたということだったと存じます。
事実関係について航空会社からいろいろ報告を求めたということでございます。
航空局の内部につきましては、当然、そういうふうなことを立証し得る当時の文書がないか、いろいろ調べたわけでございますけれども、そういう資料は発見できませんでした。ただ、当時の関係者からいろいろ報告を受けたところによりますと、二月ごろからそういう行政指導をした、また、そういう行政指導をする理由は当然十分にあったと、こういう報告を受けております。
これは当時の航空局の局長以下の責任者にいろいろ問い合わしたわけでございます。
当時の航空局長は内村航空局長。それからそれ以下、部長、課長についても問い合わしたわけでございます。
当時の監理部長は住田監理部長でございます。
課長は監督課長の山元監督課長、補佐官の橋本君、そのあたりに問い合わせたわけでございます。
はい。
全日空、日航については、これは会社のいわゆる責任者、会社に対して聞いたわけでございまして、会社の内部の個人個人についてその調査をしたということではございません。
当時の行政指導は航空局として事務的に検討して、そういう延期の行政指導をすべきであると、こういう結論が出たということはこれはもう明白でございまして、したがって、航空局の最高責任者である局長以下に問い合わせたということでございます。
私の関心は、四十六年二月に航空局がそういう行政指導をしたいきさつ、あるいはそういう必要性があったかどうかということでございまして、したがって、当時の航空局の最高責任者である内村航空局長以下に詳細に聞きましたところでは、全く航空局として事務的にそういう検討をして結論を出したということであって、それ、航空局長以上のところからそういうものについて、必要性について指示があったとか示唆があったということは全くなかったと、こういうふうに報告を受けております。
航空局として、当時の航空局長以下が航空局としてそういう判断をしたのだと、こういうふうに言っておるわけでございますから、しかも当時の航空局長がそれ以外のところから延期について何らの働きかけもなかったと、こう言っておるわけでございますから、それ以上の調査は私としては不必要であったと、こういうふうに判断いたしております。
五月二十六日の橋本私案というものはよく存じませんけれども、四十五年の四月、五月ごろから、従来の方針を再検討すべきであるという声が上がってきたということは先ほど大臣申し上げましたとおりでありまして、恐らく五月二十六日というのは、われわれとしてその当時思い当たることは、新聞紙上で橋本大臣が記者会見されました中に、従来の方針を再検討すべきであると、このようなことを言われたという記事がございます。恐らく、したがってその当時、そういう運輸省に再検討の意見が出てきておったということの反映であろうと思いますけれども、具体的にどのような方向に持っていくかというふうな、いわゆる橋本私案というようなものは発表したこともございませんし、また、私どももそう
従来の方針、これは四十一年の閣議了解の線でございますけれども、そういうものにこだわらず、それを再検討する必要がある、したがって再検討の方向を打ち出されたものとわれわれは解しておりまして、具体的にどういう中身にするのだということの発表をその当時したということは、私どもの調査ではございません。
当時のいろいろいきさつはあろうかと思いますけれども、とにかく四十五年になって再検討の要ありという上客観情勢が出てまいりまして、六月に運輸政策審議会に諮問をいたしまして、そこで御議論をいただいて正式に答申をちょうだいして、そして新しい方針が決定された、こういうことでございまして、その間にいろいろな意見があり、いろいろなところで出て、また新聞紙上等にもそういうものが出たという事実はわれわれも承知いたしておりますけれども、経過としてはいろいろな意見があって、運輸政策審議会に諮問して検討された、こういう経過を経ていると思います。