その程度ですね。
その程度ですね。
実は私もきのう初めて見たんですけれども、四月十七日号の週刊新潮の中にこれが詳報されておるわけでございます。もともとこの学校は従来からいろいろなトラブルがありまして、校長、教頭と職員会の間にうまくいっていないということで、いろんな事件が起きているようでございます。ここにも書いてあるんですけれどもね。たとえば、夏休み中のプールの監督を学校長が依頼したところが、職員は全部これをボイコットしてしまった、こういう一件もあるようでございます。あるいはまた、運動会事件というのがあって、その学校が工事のため、学校のグラウンドが手狭になると考えた校長が、近くのNHKグラウンドを借りたと、このことを職員会議に諮らなかったから、職員は全部これに反対して、
私は、秦さんとは別の立場で、防衛庁と外務大臣に二、三お伺いをいたしたいと思うわけでございます。 私どもは、いままで国会の外におりまして感じておりますことは、何かしらん防衛問題に対しましては政府は逃げ腰ではなかろうか、非常に弱い、こういう感じがぬぐい去れぬわけでございます。避けて通る、特にけさからの論議を見ましても、たとえば秦先生あたりから何か言われるのではないかというような、そういうおっかなびっくりの態度が見えてならないわけでございます。大変残念でございますけれども、しかし、こういう態度でありますると、最も政府が心配しておりまする国民の国防意識、私はこの欠如にやっぱりつながっていくと思うわけでございます。あるいはまた、政府の自信
そういう意味では、坂田長官になりましてから、国防を国民とともに考える、あるいはまた、国会の中に国防委員会というものを設置してほしいというような前向きの態度というものは、私はやっぱり評価していいと思うわけでございます。したがって、私もそういう立場に立って、防衛なんていう問題は、私ども素人でございますから、いろいろな面で素人なりに不明の点がございますので、その点について御説明をしていただきたいと思うわけでございます。 まず、これは原則的な問題でございますけれども、よく安全保障あるいは国防という言葉が使われておるわけでございますけれども、一体安全保障とは何であるか、国防とは一体どういう関係にあるのか、その点の御解明をしていただきたいと
安全保障というのは、広い意味では外交、経済、軍事、こういう三つの力を総合して日本の国の独立を守る、あるいは維持していく、その中の一環としての防衛庁は軍事面を担当するということに私はなろうと思うんです。そうなりますと、果たしていまの国の防衛体制、防衛機構で私はいいかどうかということが、まず疑問になるわけでございます。先ほども玉置委員も触れておりましたけれども、まあアメリカ、西欧、ここでは大統領なりあるいは総理大臣の直轄下に安全保障会議が設けられております。ここですべて国の総合的な防衛計画が樹立される。平和時の防衛力あるいは有事の際の防衛計画、こういうものが国の総力を挙げて立案される形になっております。一朝事ある場合には、直ちに内閣総理
まあ、安全保障というのは、要するに国家の原則、基本であって、国の独立なくして何の福祉ぞや、あるいは福祉の基盤そのものが国の安全ではなかろうかと思うんです。ただ、そういうことになりますると、内政はもとより外交、特に外交政策ですね、これはやっぱり日本の安全保障上の観点から選択をされなければならぬと思うんです。 私は、そういう意味で、まず第一にお伺いしたいのは、いま話題になっておりまする日中平和友好条約の締結が日本の防衛上あるいは安全保障上及ぼすメリット、これは一体何かということでございます。まあ先ほど玉置先生は大変わかったようでございますが、私ども新米にはわかりませんから、外務大臣からお答えをいただきたいと思うわけでございます。
まあ、先ほどの外務大臣が玉置さんの質問に対しましてこう答えたわけですね。日中の友好条約は一定の期限内にどうしてもやらなければならないという問題ではないと、両国が理解と納得のいく中で十分時間をかけて両国の平和と繁栄を話し合って決めるべきものである。このことは理解できるんですが、しかし問題は、条約の締結というようなものがその両国間だけの納得だけでいいかどうかという問題だと思うんです。その条約がよその国に与える影響、これは十分やっぱり私は考えていかなければいけないと思います。むしろ、その条約の締結のよその国に与える影響、このプラス、マイナスを十分考えていかなければならぬというふうに私は思うんです。 そこで、御承知のように、いまのアジア
外務大臣、そういう御感触のようでございますけれども、現実にソ連は日中平和友好条約の締結に対しましてどう反応していますか、歓迎していますか、それとも何らかの抵抗を示しておるでしょうか。その点どうですか。
新聞にも出ておりましたように、ソ連はこれに対してはかなり牽制をしておると。たとえば外務大臣が言われましたような領土抜きの日ソ友好条約の締結はどうかというような申し込みもやっぱりその一つのあらわれであろうし、あるいはまた、自民党の副総裁に日中友好平和条約の締結は好ましくないという申し出もやったというようなことも私どもは聞き及んでおるわけでございます。申すまでもございませんけれども、ソ連があの地域におきまして集団安保体制構想というのを持っている、これにくさびを打ち込む、反対をするという立場から立っての中国は日中平和友好条約の進展を図るということではないかとさえ言われておるわけでございます。したがって、これにはいろいろな見方があろうと思う
大変むずかしい問題であろうことは想像できるわけでございます。ただ、二月二十三日の中国新報がこういうことを報じてるんですよ。日台関係は日本が日華友好条約を破棄したときからすでに交戦状態に入っているんだと、で、今回再び日中友好条約を締結していこうとすると、これはとんでもないことだと、これに対しては台湾としては厳重な抗議をすると同時に、あらゆる手段をとって台湾自体の繁栄を守っていく、安全を守るんだというような報道がされておるわけでございます。まあ私は、これは台湾の人たちの率直な気持ちであると思うわけでございます。御承知のように、台湾の航空路線の再開の問題あるいはその他の実務関係、いろいろな問題があるわけでございます。恐らく私どもの想像では
何だかよくわからないんですがね。まあ私は簡単に言いますから、もしそれが間違っておったら訂正してください。 この核防条約に日本が署名してから五年たったわけでございます。この五年間の経緯を見ると、核保有国の間に核軍縮に対して見るべき成果があった、特に米ソ間においては上限値を決めた意義は大きい、次に、非核兵器国の安全保障については米英ソの三国が保障する決議をした、国連安保理事会においても同じような決議をした、核保有国は真剣に非核保有国の安全について取り組んでいる、しかしこれだけでは安全でないので、国連だけでは心もとないので、この裏づけとして日米安保体制を今後とも日本は継続していくのである、そこでわが国が核防条約を批准して核問題に対する
そうなりますと、よく言われておることでございますけれども、これは考え方の相違なので、明確な結論というのは出ないと思うんですけれども、要するに、ウラジオ会談で第二次兵器の制限交渉の中で上限値を決めた。この上限値を決めたそのことについてもいろんな意見はあるんですけれども、しかし、この上限値はそれ以上広がらないか。外務省の意見では、青天井だけれどもそれを一応規制するようになったんだから、それだけでも効果があるではないかということなんですけれども、果たしてそれだけで、この上限値だけでとどまるかどうか、私はこういう懸念があると思うんですよ。特に、こういうことについては、御承知のとおり、アメリカのシュレジンジャー国防長官はこの報告の中で厳しく認
それは一つには考え方の相違があると思うんですね。それからもう一つは、日本がこれを批准してみずからあかしを立てて、非核兵器国に対して核軍縮に対する協力を求める、説得をするということなんですけれども、果たしてそれが可能かどうかということ、日本はアメリカの核にぬくぬくと浸っていながら、非核兵器国に向かってあなた核軍縮に協力しなさいと言える立場かどうか。私はやっぱりこれは疑念があると思うんです。しかし、それは考え方の相違ですから追及しませんけれども、しからば、一番重大な問題でありまする、この批准の裏打ちになっておりまする安保体制、安保条約の継続化という問題これについて一体どのような保障があるかということでございます。二十年間拘束される、した
その三つの点はわかるんですけれども、最後の安保体制、これは批准すれば日本の国は二十年間この条約に拘束をされる。その裏打ちとしての安保体制を堅持するんだということですから、二十年間保障されるというそのことに取り組まなきゃいかぬわけですね。それが現状でどういうような形で保障されておりますか、そのことを聞いているわけです。
防衛庁長官の言うこと、私はそのとおりだと思うんですよ。ただ私は、アメリカは当然戦略上からでも日本を守っていくのはあたりまえだというような安易な考え方があるんです。その点は日本国民自身がもっと考えなければならぬということについては意見が一致するわけでございます。 この間、ニューズウイーク誌の極東特派員ブリンクリィロジャーズという人が「諸君」という本の四月号にこういうことを書いているんですね。とにかくアメリカの核のかさにただ乗りしながら一方で非核三原則を唱える理想主義にしがみつく日本のエゴイズム、というんですね。核のかさも核アレルギーも捨てたくないという経済大国日本の理想主義、しかしそれが頭のない巨人のただ乗り主義という国際的無責任
要するに、安保問題に対する国民の認識を新たにするということが第一点。もう一つは、アメリカと緊密な連絡の中で不断の努力を払っていくということが第二点。このことをやっていかなければ安易に安保条約は継続しないと思うんです。要望しておきます。 そこで、もう一つお伺いしたいんですけれども、いまよく米ソの核の均衡によって抑止力が働き、それがデタントになっているんだ、だから戦争は起きぬのだという考え方ですね。この場合の一体核の均衡とはどういうことですか。お伺いしたいと思う。
要するに、核の量、質、配備、この問題になると思うんですね、均衡ということは。となると、例の核の持ち込みの問題はどうしてもこの際考えておかなきゃならぬということになるんですよ。私、いまここで日本に核が持ち込まれておると思っておりません。これは政府見解のように現状では核は事前協議の対象である、その事前協議がないから核は持ち込んでいない、これはそのとおりと思うんですよ。しかし、果たしてそのままでいいか、それでいいのかと。それはやっぱり問題が残ると思うんですね。いまの核の配備の均衡だってそうではありませんか。第一、日本の領海付近をアメリカの艦艇以外の艦艇は核を積んでどんどん通る。日本を守るアメリカの艦艇だけは核を積んではいけない、これは明ら
そうしますと、戦術核というものは、この間三木さんが本会議かどっかで戦術核なんていうのは絶対将来とも使われないであろうという答弁をしてますね。それから衆議院の予算委員会か何かで、一朝有事の際も平和時も核の持ち込みは断るんだということを発言されたそうなんですけれども、一体どうなるんですか。日本の局地において戦術核が使われる、日本は使えない、アメリカも持って入ってはいけない、それで日本の局地防衛が成り立ちますか。やられっ放しでしょう。そんなばかなことを言っていて、果たして有事の際いいんですか。私はこれは大きな問題だと思うんですね。これは答えにくいと思います。ですが、私はここで十分お考えをいただきたいということでいいと思うんですけれども、少
四次防計画を策定した時点と今日とを比較して、たとえば中東、インドシナあるいは朝鮮半島等々、要するに日本を取り巻く諸情勢の中で特に緊張緩和が進んでおりますか、それとも緊張緩和でなくて緊張激化していると判断をしておりますか。一点だけ、簡単に言ってください。
そうなりますると、やっぱり国防というものの基調に考えなきゃならない緊張緩和、これは大して変化がない、四次防策定時と同じようであるという判断が一つ。それから、四次防はいま局地戦における最小必要限の兵力である、そのために四次防は計画したんだ、四次防計画を放棄すれば、これは直ちに最小必要限の防衛力の放棄になる、あるいは低下になると思うのですね。したがって、私はこの際四次防というものは日本の独立を守るためには、どんなことがあっても、どんな犠牲を払っても達成しなければいけないのだ。それで、国力、国情ということよりも、日本のいまの財政力から言えば、やっぱり独立を守るためにはどんな犠牲を払ってでも達成しなければいかぬというような決意があるのかどう