そうすると労働大臣は、公共企業体の職員に関する賃金関係の紛争は、今後はやはり仲裁の裁定によって解決する、それしか方法がない、こういうふうにお考えになっておるわけですか。
そうすると労働大臣は、公共企業体の職員に関する賃金関係の紛争は、今後はやはり仲裁の裁定によって解決する、それしか方法がない、こういうふうにお考えになっておるわけですか。
お言葉の上ではそういうこともあるわけですが、現実の問題として、話し合いで賃金問題が解決し得る現在の段階にあるか、調停によって賃金問題が解決されるようなシステムになっておるか、この点について労働大臣はどうお考えになりますか。
話し合いによって解決しようと思えばできるというわけですが、今度の補正予算、また前の、本年度の予算を見てみましても、ほとんど予算は各費目に窮屈に仕組まれておって、話し合いによっていわゆる給与の操作ができる余地が現在の企業体にあると労働大臣はお考えになっておりますか。
そうすると労働大臣のお考えは、いわゆる争議の態様によって、あり方によって話し合いができないのだ、こういうふうにお考えになっておるわけですか。私の尋ねておりますのは、争議のあり方等の問題ではなくして、両当事者間の話し合いによって解決しようという熱意と真心があっても、現在の公共企業体の当局者側の権限からいったならば、特に賃金に関係する問題は話し合いによっては解決できないようなあらゆるシステムが組まれておる、そこに原因があると私は考えておるわけですが、現在のシステムのもとにおいても話し合いをやろうという熱意と努力があれば、賃金問題についても、調停にもいかず、仲裁の裁定も経ずして団体交渉で解決できると、こういうふうにお考えになっておりますか
そういうふうになりますと、公労法ができましてから二年ぐらいたったときからと同じ情勢に復帰すると思うのです。言いかえれば、団体交渉は一つの前提だ、調停も前提だ、裁定が出なければほんとうの話し合いはできないのだ、こういう空気になってしまって、公労法の精神でありまする最後の場合の段階としての仲裁の裁定というものが、あらゆる争議の前提の問題と変ってくると思うのです。それが僕は正しい労働慣行のあり方とは考えないわけなんですが、今後だんだんに経営者側の能力が、財政的な権限が縮小されますと、仲裁の裁定が出なければ話にならないのだ、こういうことになってしまうわけなんです。そうなることが望ましい労働慣行だとあなたはお考えになっているかどうか。
そうなりますと、現在のシステムが続く限りは、仲裁の裁定が出なければ紛争解決の出発点にはならないと、こういうふうにお考えになるわけなんですね。
そうなりますると、公共企業体の職員に対しては、公務員とは違った団体交渉権を与えて、労働条件の確保に資するという公労法の精神が全然没却されると思うのですが、これに対してどういうふうにお考えになりますか。
大臣の答弁は形式的な答弁ですが、大臣としても、当事者間の話し合いによって紛争は解決されることが最も望ましいというお考えはあると思うのです。そうしますると当事者間の話し合いによって紛争を解決するための裏づけの措置としては、どういうことをお考えになっているかお聞きしたいと思います。
当事者間の話し合いによって解決をすることについては、まあ現在の段階においては何らの具体的な裏づけはされておらないと、こう私は思うわけなんですが、そうしますると、労相の理念としては、話し合いは望ましいけれども、現在の段階においては、特に予算に関係する賃金問題については、話し合いじゃ解決できない、仲裁裁定に基いていくより方法はないと、こういうふうにお考えになっているものと了解していいですか、どうですか。
そうすると、もう一つ縮小してお伺いしますと、現在の段階において、公共企業体の経営者において左右し得る、どういいますか、解決の能力といいますか、いわゆる労使の紛争を解決する能力はどの程度あるとお考えになっておるわけですか。
また、もとの御答弁に戻ったわけなんですが、話し合いでできるとおっしゃいますが、たとえば今、今度出されております政府の裁定に対する態度なり、補正予算を見ますると、いわゆる実行単価の三分の一を削っておるわけなんですね。そうすると、この三分の一についても、当事者間の話し合いによってこれは解決できる余地があると思いますか、どうです。
私は時間がありませんので、その裁定の内容の解釈で質問しているわけじゃないのです。仲裁の裁定の内容の御解釈は、たとえば政府の解釈の通りであると百歩譲って、政府はこれで仲裁は完全に実施しているのだと、こうお考えになっておるわけなんですが、これはこれでいいとして、これが一応解決したあとで、たとえば三分の一現実に削られておる、これを何とか復活しようと思って、当事者間で団体交渉をやって、誠意をもってやれば、これは解決できますか、どうです。
私の質問しておりますのは、当事者間の話し合いによっては誠意さえあれば解決できるという労相の話がありましたので、例をとって申し上げたわけで、従って仲裁裁定を離れて、たとえば国鉄も専売ももう二百円だけベース・アップの必要があるのだという明らかな問題と仮定して、両当事者間で誠意を持って話し合いをすれば、解決できるような権限が当局にありますか。
大臣の御答弁も政府委員の御答弁も同じように、事財政に関する限りは当事者間の団体交渉では話し合いはつかないという現実を結局お認めになるわけなんでしょう。
今まで過去八年間これは実施されておりますが、労使双方がこれは妥当なものだというふうにして話し合いがついて、それを財政当局が認めた例がありますか。
結局、合理的かどうかということを組合側と経営者側との話し合いによって妥結できたものは、おそらく合理的なものだと解釈する以外に方法はないと思うのです。ところが実際組合側と当局側と話し合いがついたものを、いわゆる政府当局はやみ給与、こう言っているわけでしょう。今までいわゆる予算単価と実行単価との差というものは、これは何も勝手に組合側がぶんどったものでもなければ、勝手に当局が支給したものでもなくして、双方の話し合いによって、いわゆる協約によってでき上った賃金内容なわけなんです。これを政府自体がやみ給与、こう言って削るの削らんのと言っているわけなんです。そうして今、労政局長の話を聞きますれば、やはり実際の担当である当事者が、やはり企業体の経
最後に労働大臣に二点ほどお尋ねしたいわけですが、その第一点は、公共企業体の経営者に現在労働関係に関してどういう自主性を与えておるか、お伺いしたいと思います。
十分な自主性を持っておるという御答弁ですが、どういう点に自主性があるのか、私は現実の問題としてわからないわけなんです。たとえば、今問題になっております、政府は春闘の処分ということで言っておりますが、あの公労法違反について処分をする権限は政府にあるわけですか、経営者にあるわけなんでしょうか。
ところが今までの労働大臣の発言なり、あるいは政府の新聞発表等を見ますると、経営者というよりも政府が政治情勢いかんによってこの権限を握っておる、こういうふうな印象を受けるわけなんです。今日もやっぱりこの問題について閣僚懇談会をやって、そうして政府がどうしよう、こうしようということを考えているように新聞は報道いたしておりますが、法律の面で公共企業体の経営者にこの権限があると、自主的にあるんだといっておきながら、実際は政府自体が権を握っておるという印象を国民に与えておるわけなんですが、この点はどうお考えになります。
私のお聞きしているのは、処分について経営者の自主性があると、こういうふうな御答弁でありながら、実際は春闘処分と新聞にいっておりますることに関しては政府がこれを行う、政府の都合によって左右いたしておる、こういう印象を受けるわけなんですが、これに対してどういうふうにお考えになります。