有償無償ということを、黒田君は無償だと断定しておりますけれども、一体この協定のどこに無償だということがありますか。
有償無償ということを、黒田君は無償だと断定しておりますけれども、一体この協定のどこに無償だということがありますか。
規定にないのでありますから、請求し得る場合もあると思うのですが、そこは話合いの上でやるというのか、あるいはなぜそれならばそういう有償であるか無償であるかというような重要な点については規定しておかないで、たとえば損害賠償のことなどについては、あとの条文に出て来ますけれども、全損だとか滅失だとかいう場合には、みんな補償をしろということが明確に書いてあるのに、この重要な有償であるか無償であるかということについては、なぜそれを規定の上に置いてはいけないのですか。無償という文字を入れることは、何か外交上さしつかえがあつて入れないのかどうですか、ということです。話合いで無償だというならば、なぜ置かないのか。
何かそれは結局先ほど黒田君も言われましたけれども、無償ということはどうもアメリカ側に利用されるような意味が、言外に含まれておるように思われるのでありまして、いやしくも日本が独立をいたしておるのにかかわらず、しかも日本の国では再軍備の問題が非常に国民的な議論になうておるのにもかかわらず、何ゆえにそういうような恩恵的な、属国的な、何か陸上における保安隊の武器もただで何も書かずに貸してくれる、それからこの船舶もただで貸してやるというのか、こういうことは日本の国が単に得だからというような意味ではなくして、もう少し何かアメリカ側の意図があるのではないかということを疑わしめるのであります。そういう点については誤解を受けると思うのでありますけれど
今の松岡君の質問と同じようなことでありますが、今、長官は見方によつては軍艦と見てもよいのだが、船舶とも見られると言われるのでありますが、長官の見る軍艦と船舶との間には、何か具体的な区別でもおありになるのかどうか、その点をまずお答えを願いたいのであります。
今度日本で貸与を受けますところのこのフリーゲート艦なりあるいは上陸用の舟艇というものがアメリカではこれを軍艦として——駆逐艦もしくは水雷艇というような同種のものとして使つておつたものを日本が借りるのでありますけれども、それでもこれを船舶と言い得るのかどうか。むろん長官の言われるように、改装してしまつて、たとえば三笠艦でも頭をみなもいで、大砲をみなとりはずしてしまえばこれはもう軍艦でも何でもないかもしれませんが、現にアメリカが艦艇として使用して、ことに日本に対する上陸のためにできたといわれる上陸用舟艇までも、それをそつくりそのまま借りて来て、これが船舶だと解釈をなさるかどうか、この点をお聞きいたします。
目的はよろしいのです。目的を聞いておるのではなくして、これはアメリカでは軍艦として使用しておつた古を借りるのかどうかの、現実の事実をお聞きいたしておるのであります。
装備は変更しないでそのまま日本で使うという事実、これはどうでありますか。
今後保安庁では、この程度で沿岸の警備に十分だとは考えておらないと思うのでありますが、今後もさらに増強をして、あるいはアメリカから借りて来るのか、日本でつくるのかわかりませんが、一体そういうような計画があるかどうか、お聞きいたしたいのであります。
そうすると、政府は今後も予算の許す限りにおいては、もつと艦艇を増強して行く意思のあるということは、長官の言葉といたしましてとつてさしつかえない言葉だと思うのでありますが、今度の船舶貸与を受けることについて、五箇年という期限を切つたのには、何か根拠があつて五箇年としたのでありますか。
この船はいずれも、もう戦闘などには使えないようなボロ船らしいのでありまして、警備に十分だという速力も持つていないということも聞いておるのでありますが、借りるならば、なぜもつと速力の早い有力な船を借りないで、こんなボロ船をありがたがつて借りて来なければならないのか。
この程度で……。
英濠兵の引渡し問題について、ただいま外務大臣は国際慣行とか、国際協力という趣旨で扱われたそうでありますが、そうだとしますと、前に神戸の裁判所で行いましたことは、外務大臣の考えから言われますと、国際慣行とか、あるいは国際協力の趣旨には反するように思われますが、そうすると、あのやり方は、外務大臣としてはよくなかつたというお考えでありましようか。
そうすると、前の神戸のときには誤解か何かがあつたというふうな意味で、せつかく日本に裁判権ありというこの日本人の熱烈な要求であり、希望であるにもかかわらず、かえつて神戸でやつたことの方が、誤解か何かのような意味のことを外務大臣は言われておりますけれども、これは法律上の扱いを聞いているのではないのですが、外務大臣としては、今度のような扱いをするのが正しいというふうにお考えになつておりましようか。
われわれの考えております身柄の引渡しというのは、一応日本に裁判権があり、そうして日本で裁判をやつて、その上に国際慣例を重んじて、適当な裁判によつて身柄を引渡すというようなことでありますならばわかるのです。ところが、裁判にもならないうちに身柄を引渡してしまうという今度の行為がわれわれにはわからないのでありますが、先ほど刑事局長の言葉では、処分を保留のままで引渡したのだから、もう一度日本で裁判をやるかもしれぬというようなことを言われましたが、事実上そんなことが行われるとはわれわれ考えませんけれども、刑事局長は、もう一度これを日本の裁判に付する場合があるということを、ほんとうにお考えになつておりましようか。
私はただいまの局長の答弁は、まつたく納得することができないのであります。向うの裁判が、無罪にはならぬと思うが、相当な裁判になるだろう、そのときに、強盗でありますけれども、たとえばたつた一年の判決しかなかつたというときには、日本の裁判で行けば最低が五年、これは四年ばかり軽過ぎるからといつてもう一度日本の裁判に連れて来てやるなんということが事実上あり得ますか。そんなことはりくつの上であなたは言われておるのであるけれども、そんなことを言わずに、はつきりそれは向うの裁判に引渡したのだということを言うて、そしてあなたの方がどういう裁判をするか——、立ち会うという条件を今大臣が言われたのでありますが、立ち合うことは立ち会うけれども、両方の国で二
それでは局長は、軽ければもう一度日本で裁判をやつてみせるということでありますから、さように了承してもよろしいのですが、向うの軍事裁判に日本が立ち会うというのは、これは何ですか、一体傍聴ですか、それとも法律的に何か立ち会つて、こに発言でもできるという意味の立会いでありますか。いかにも何か条件のようなことが書いてありますけれども、考えようによつては傍聴なんというものに立ち会つても、何の意味もありはしませんし、これだけの外交上の何か立ち会うというような条件をつけられたとするならば、立ち会うとはどんな意味でありますか、これは外務大臣にお答え願いたい。
結果については向うから報告があるということになつておりますから、結果はわかるのでありますが、そこで傍聴しておるのか、立ち会つておるのか、何か発言でもする余地がありますか。
いくら日本の役人が立ち会うかしりませんけれども、裁判そのものの本質からいつて、裁判官以外の者が口を入れられる裁判なんというものは、日本にもないし、外国にもないのでありますから、むろん日本の法務省の役人が出て行つてみたところが、問題にはならぬと思うのであります。結果において、こういうふうに処分保留のままに——われわれは事実上裁判権を放棄したものと見ておるのでありますが、これは外務大臣にお尋ねしたいのですが、国連軍協定を前にして、裁判権の問題だけがまだ今残つておるということは、先日の本会議の議場でも外務大臣は言われておるのであります。この日本の国策にも重要な微妙な関係のありますときに、事実上この犯人を引渡したということは、日本の裁判権を
どうもその点がおかしいのですが、事実上裁判権を渡したのではないといいながら——今度のこの強盗事件そのものを向うの軍事裁判で審理するのだろうと思うのですが、それは審理をするのではないのですか。
向うの軍事裁判で、すでにその強盗事件について裁判が一応終了してしまつたものを、もう一度日本へ持つて来て同じ事件を二度裁判ができますか、どうですか。