ありがとうございました。結構です。
ありがとうございました。結構です。
それでは、初めに先生の問題について御質問を申し上げたいと思います。 教育は人なりと言われるように、学校教育において最も重要な役割りを果たすのは教育に直接携わる教師であると思います。教師の人格がその後の生徒の人格形成に深く影響を与えるとともに、教師の教え方が生徒にその教科に興味を与えるか否かに決定的な影響を与えるなど、教師の果たす役割りはきわめて重要だと思います。したがって、教師に人を得るか得ないかということについて、学校の場合は施設や設備が幾らよくてもそのことにおいて左右されるのではなかろうかと私は思うわけでございます。私は、このような観点から学校教育において教育に情熱と誇りを持ったすぐれた教師を確保することを主眼としております
そういたしますと、そのような教師は職務上どのような性格を持っているとお考えでございますか。
大変結構なお答えだとは思いますが、そのような大臣のお考え方からなさいますと、現在の学校教育における教師の実態は満足すべきものでしょうか、いかがでしょうか。
そうすると具体的に、その満足すべきでないような点があるとおっしゃるその点ですね、具体的にどのようなことがございましょうか。
後ほどそのストの問題についても触れたいと思いますが、教師の職務に関する大臣のいまのお考えからすれば、教師の団体であるべき教員組合は職能団体としての性格を持つべきではないのでしょうか、いかがでしょうか。
教師は教育労働者である、こういうようなたてまえから労働組合としての闘争を前面に押し出している日教組の姿勢は好ましいとお思いになるでしょうか、いかがでしょうか。
日教組はこの二月の臨時大会で、賃金闘争の具体的戦術として春闘の山場と見られる四月中旬に第一波の早期二時間スト、第二波に午前半日ストを行うことを決定しておったようです。公務員である教師がストを行うのは法律で禁じられておりますので、日教組のストは違法行違ですが、大臣はこれについてどのようにお考えになられますか。特に、スト権ストで大活躍をされました大臣でございますから特にお答えをいただきたいと思います。
そうすると、そのストをやめさせるためにはどのように対処されるのでしょうか。
実は私どももそのストについてはいろいろ批判を持っているわけです。民主主義の存立の基本として法律の遵守を教えるべき立場にある教師がみずからの要求のためにストという違法行為を行うことは、私どもも断じてやめてほしいものだ。むしろこれは生徒が先生に対しての尊敬の念を相当失っていることは事実だと思います。そういうような話をしばしば私どもは見たり聞いたりするわけでして、ぜひともこのストはやめていただきたいものだと、こう思いますが、もしもストに参加をした者に対してどのような態度でお臨みになられるでしょうか。
また、五月中旬にスト権等を決定した主任制粉砕ストについてどのように対処されますか。
それでは次に、小中学校、高校、ここにおける生徒の落ちこぼれの原因はどこにあるとお考えになられますか。
この間あるお母さんが私のところに来て、その落ちこぼれの子供を持っている方ですけれども、このごろは落ちこぼれるんではなくて落ちこぼしだと、こう言って激しく怒られたお母さんも実はあるわけですね。そのことについても後でだんだん触れていきますけれども……。 そうすると、そういうお母さんもいらっしゃるという中で、私は落ちこぼれなのか落ちこぼしなのかと、こういうと、それは先生にも相当やっぱり指導要領が厚かったり教える分量が多過ぎたり、先生は先生として、現場の先生としての相当な御苦労もあろうかと思いますが、その点でやっぱりある程度教師の責任もあろうかと思いますが、それはいかがにお考えでしょうか。
教師は子供の教育に責任を持つものとすれば、落ちこぼれができるだけ出ないように、学校の授業時間の枠にこだわらずに、理解の遅い生徒については補習授業を行うとか、個人指導を行うとか、理解が得られるように全精力を傾注すべきではないか、このように思うわけです。私どもの学生時代を考えますと、先生というのは、理解ができない子供には相当遅くまで残って指導をしておったように思います。時には、算数の早い子は遅い子のために生徒自身がまた教えてやったりするようなことを私も経験をしたことがございますけれどもね。そういう中で、先ほどちょっと申し上げましたように、いや落ちこぼれではなくて落ちこぼしだと。そうして、できない子は塾においでと、こういうふうに先生が誘う
塾に通って、いまおけいこごとの塾は別としましてね、一生懸命で勉強をさせるために塾へやらせる。これは、親がめんどうを見てやれないから塾でやらせるんだということはまあ、私はそれはそれでいいと思うんですけれども、大学入試が過熱のためにどうしてももう小学校の四、五年から塾にやらなくちゃいけないというような問題になりますと、これは大変また弊害も多い、こういうふうに考えますね。これは隣近所がみんなやっているからうちでもやらないとおかしいというようなこともありまして、ずいぶん無理をして塾へ通わしている家庭もあるわけです。お父さんの給料が手取りが二十二、三万しかないのに三人の子供を塾にやっているためにその塾の費用が毎月十万円かかると、私の近くのある
私の理想とする私の考え方ですよ。これはいま子供が塾に行って次々小学校から今度いい中学校に入ろうと思って受験勉強しますね。今度中学校からまたいい、大学入試の効率のいい高等学校に行こうということで、また高等学校へ入るために受験勉強する。それからまた今度大学ですね。こうなりますので、ゆとりのある勉強をさせるためにも、頭を伸ばしていくときには私は休も伸びていくときだし、同時に、そのときには精神的な教育もどうしても施さなくちゃいけない。私はこういうことを自分で理想としているわけですが、その精神的な教育をどこでどうするかということはまたそれぞれに違った考え方があろうかと思いますね。 私はたまたまクリスチャンなものですから、そういう立場でキリ
よくわかりました。 そこでまた塾の問題に返りますけれども、学習塾での先生の平均月収はどれくらいでございますか調査したことがあおりになるでしょうか。
これも一遍調査をしていただけるとありがたいと思いますが、それじゃ、学習塾に行っていらっしゃる先生ですね、この学習塾における教育指導と学校における教育指導とどちらに力を入れていると大臣はお考えになりますか。
当然そうだろうと思います。またそうでなくてはならないと思いますけれどもね。 で、学習塾における教育指導と学校における教育指導のどちらに力を入れるかということは考慮の外に置くとしても、学習塾で教えるということは教師に二重の負担を課すものではないかと思います。それだけに学校における教育がおろそかにされるということは考えられませんでしょうかどうでしょうか。
まさか収入だけで学習塾に走るということはないと思いますけれども、もしそういうことであれば教師としての本格にもとるものですね。このような教師の姿勢がやっぱり一般国民に学校不信を招いている最大の原因ではないか、このように考えられるわけですが、今後この問題にどのように対処していかれるおつもりでございますか。