私もそれに関連して質問しますが、この数を非常に少くしたのは、日本人に悪い印象を与えるからです。まあ計画的にと言つては大変恐縮ですが、又いろんな先に佐多委員が言われたようなことで、これはずつと大きな分だが、金額だけのものを計上して、それに賃貸料その他をそれに加算すると非常に多くなる。それを少く見せる。そういう印象を与える手段としてこういう形式をとつたという批評もあるんですが、そういう関連質問……。
私もそれに関連して質問しますが、この数を非常に少くしたのは、日本人に悪い印象を与えるからです。まあ計画的にと言つては大変恐縮ですが、又いろんな先に佐多委員が言われたようなことで、これはずつと大きな分だが、金額だけのものを計上して、それに賃貸料その他をそれに加算すると非常に多くなる。それを少く見せる。そういう印象を与える手段としてこういう形式をとつたという批評もあるんですが、そういう関連質問……。
ちよつと第七条の二項の「行政事務費及びこれに関連があろ経費として」三億、これだけ出されろのですが、それは一体どういうものてすか。「行政事務費及びこれに関連がある経費、」どれとどれとどれですか、これは……。
これはやはり諸外国なみですか。金持けちん坊と言いますが、これくらいアメリカは何とかできないものですか。
第八条をのべたらにぶち込まれた意図なんですがね。文章のスタイルとして、例えば母法の五百十一条には(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)というふうに、よくわかるようにしてあるのに、こういう形式をとられたのは非常に意味がある。これは吉田、岡崎外交の敗北をこういうふうな「べた」に組んで、内容といいますか、重大な意図が含まれているのを糊塗する手段だというふうに有力紙も批評しているのですが、特に軍事条項等が入つて来るというようなことは、少くとも最悪の場合は附属書のほうにしたかつたが、アメリカが頑として聞かない。そこでまあ殆んど五百十一条の(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)という全部それをこのままの母法のスタイルで入れてはそ
我々は条約作成の素人ですけれども、やはり何人が読んでもよくわかる簡明な表現形式が……文学的な表現も大事でしようが、それにも増して必要なことは、やはりそういうことで、これを読んで母法と比較して見れば全くと言つてもいいほど同じのやはりこういうスタイルをとらざるを得なかつた苦衷は察しますが、この辺にも岡崎外交の失敗の跡は歴然たるものがあるということだけは記録にとどめておく。而もこういうカモフラジュする表現形式をとつたということは、憲法に対する解釈その他随所にあるわけで、なかなかこれは等閑に附せられない大きな問題の片鱗がここに私は現われておるというふうに見るわけであります、いろいろ質問したいことはありまするが、先ずこの点だけ申上げておきます
第八条について、下田局長は、外国に援助を与えることについて、アメリカ議会を納得させるようなものであり、むしろこれに対しては「自国の政治及び経済の安定と矛盾しない範囲で」とか、或いは「合理的な」とか、「適当な」というような措置があつて、十分アメリカとの折衝も有利にでき得る条項があるので、杞憂はないというふうに申されたように思いますが、併しこれは結局日本の外務省、或いは、日本の全般の力関係によつて、殆どこの点が生きて来ないではないか、特に我々がずつと見ておる古山総理の下における対米折衝においては、特にその感があるのではないかと思うのですが、その点如何でしよう。
この交渉が一年近くも続いたこのことは、一体どういう理由で続いたかということは非常に重要な問題ですが、吉田内閣が、強く日本の立場をこのMSA援助に対して訴えることによつて交渉がまとまらずに今日に至つたのではない。むしろアメリカがソヴイエトの原爆、水爆、朝鮮事変の体験等に鑑みて、そうしてアメリカの世界侵略、再編成、いわゆるニユー・ルツク作戦というようなものを生み出すために、そういう結論が出ないので非常に長びいたので、日本の外務省が強く折衝して両者の意見が合わないために今日まで長くなつたのではないというような点、更に大変恐縮ですが、終戦連絡事務局ですか、そこにおりました入江啓四郎氏がいろいろアメリカと折衝した感じを書いたのが、「文芸春秋」
協定の前文にあります経済の安定或いはここにあります、自国の政治及び経済の安定と矛盾しない範囲で、というようなことに、そういう限度で防衛力の増強ということになりますとこの判断が非常に客観性と言いますか、抽象的で、具体性を持たないことからして、いろいろなことからして、アメリカが強く日本の内政に干与するというようなきつかけを作るような慮れはないでしようか。その点は如何でしようか。
この経済安定については、改めて、外務大臣が来てから伺います。
関連して。そういうことなんですか。やはり講和条約、安保条約だけを見ても、日本に軍隊がないから暫定的にアメリカ軍が駅留するということを規定して、併しMSAを受けて日本が漸増するというようなこととスライドで、アメリカ軍隊の撤退とか、いろいろなことで安保条約にひびが入ると言いますか、そういうものに行くから、アメリカが持つている駐留とか、そういう既得権に庇をつけないのだと言いますか、そういう意味とは違うのですか。或いは先に言われたように、何ものも附加しないというようないろいろな国民の杞憂を除去するためのものか、その点はどうなんですか。
それはわかるのですが、将来やはり日本に自衛力がないんだから、アメリカが駐留するんだ、だからそういう意味で、例えば改進党なんかは一つの理由として、独立国は軍隊をおかなければならん、更に外国にいつも守つてもらうことはいけないから漸増するということで以て、折衝する際に、アメリカがこの協定を楯にとつて、それを拒むことはできないかどうかという問題は、どうなんですか、その点はどうなんですか。
安保条約自体の問題ですが、これを楯にとつて、アメリカが駐留を協定上理論付けることはできないかということなんです。
その問題は非常に重要だと思うんですが、この協定の折衡が最高潮に達した頃には、アメリカの、私たくさんの記録を切抜いておりますが、官辺筋としてはやはりそれに対応して撤退するのだ、今後五十ぐらいですか、そういいうなことをどんどん日本向けに放送して、如何にもそういうことと関連があるようになつたのですが、その協定ができたら、アメリカ軍は撤退しないのだというような放送が今度出て来たりして、非常に奇異な感じを持つているのですが、それはいろいろ機微に触れる問題という意味で、そう言われるのですか、実際なかつたのですか。
「この協定の附属書は、この協定の不可分の一部とする」というので、同一のまあ価値のようにも、不可分、一体をなしているように書いてあるのに何故附属書にこういうふうにされたか、これも第八条と同じような、重ねて指摘して恐縮ですが、なんとかして除きたいと思うが、除けないので、辛うじて附属書に、あたかも価値が少ないような形でそこに追いやつたのだというような、特に附属書のD項のごときは、「世界平和の維持を脅かす国」の問題というようなのは、なんとか国会の決議もあるし、除きたいが、アメリカの要請があつてどうにもならないから附属書に書くというようなことを伝え聞いているんですが、条約の体裁として、こういう形がいいものですか、その点お伺いしたいと思います。
その点はいろいろ具体的に附属書審議のときに言いますが、この4の「この協定は国際連合事務局に登録する」ということについて御説明頂きたいと思います。
私その関係は余り不案内なんですが、加盟した場合は条約なんかも登録するのですか。
インドネシアは一度調印して批准せなんだと思うのですが、非常に内閣は、外務大臣が辞めたり、いろいろトラブルがあつたのですか、対米関係は今はどうなんですか。そのことの及ぼした影響ですね。
この附属書のD項の問題に、このMSAを受諾しますと、日本国政府は共通の安全のために、世界の平和を脅かす国との貿易について統制の措置をとる。この問題についてアメリカ合衆国と協力するような規定があるのですが、平和の脅威国とは一体どこなのですか。
そうしますと、このMSAを受諾しますと、中共との関係はやはり現在と同じように継承されるわけですか。
それはどういう意味ですか。