私どものほうに、いまのところ、いわゆる要注意団体という、その対象には載っておりません。
私どものほうに、いまのところ、いわゆる要注意団体という、その対象には載っておりません。
通常の場合には、私服の警察官五ないし六名が警戒に当たっておりまして、直接連絡所の警備と、それから連絡所におります中国の方々の身辺保護というようなことに当たっております。それから右翼などの抗議行動が予想される場合には、機動隊等所要の制服員を配置いたしまして警戒に当たっております。
私どものほうの調べによりますと、膳所高校を卒業しておりますのは、浅間山荘の関係の被疑者として現在長野県が逮捕、留置しております坂東国男、それからハイジャックの事件で、例の日航の「よど号」で、現在北鮮におると思われます若林盛亮でございます。いままでのところ以上の二名が判明いたしております。
そのようでないようでございます。
一応、計算の始点を四十四年の十月十六日、羽田闘争にとりますと、現在まで二万八千三百六十七人になります。このうち、一番多いのが私立大学生でございまして、これが一方三千五百八十一名、それから国立大学生が九千四百四十九名、公立の大学が八百五十、高校生が千八百八十、その他二千六百七という内訳になります。これは逮捕数でございまして、このうち、起訴されまして公判に付されている者でございますが、まことに申しわけございませんが、計数をとっておりませんので、ただいまの段階では内容不明であります。
先ほど御説明申し上げました坂東国男、それから若林盛亮、このほかに今回の事件の関係者で行方正時、それから同じく赤軍で、今回の事件には関係ございませんが、大菩薩峠の事件の関係者の田中美樹、以上四人が膳所高校の出身者であるということが判明いたしました。
学生の問題が出てまいりましたのは、特にいわゆる過激派集団というものが第二次安保闘争の過程においてだんだん闘争の手段が激化するという過程で出てまいったわけでございます。大学が問題になりましたのは、御承知のように安保の前の年の四十四年の入試阻止闘争というのが一番顕著な形であらわれたわけでございます。この間において、当初私どもが逢着をいたしました一番大きな壁は、いわゆる大学の聖域論であったわけです。そこでこういう実体のない形式的な大学の聖域論にぶつかりまして、文部省の多大の御努力によりまして、その後四十四年から四十五年の過程において逐次大学側も御反省をいただき、その間に大学管理法の成立も見たわけでございまして、私どもとしては、私ども固有の
いわゆる連合赤軍という組織につきましては、今回逮捕いたしましたのが十七名、それからリンチ殺人事件で十二名死んでおりますので、大体私どもの考えております主力は、ほとんどこれで壊滅をしたというふうに考えております。しかしながら、連合赤軍のでき上がる過程においてそれぞれ脱落をいたしまして分派ができております。これがどういう行動に出るかということは今後注意を要する問題でございますし、それから、闘争手段において、爆弾とか銃器という非常に過激なやり方を主張しておりますのはこのセクトばかりではございませんで、たとえば共産同のRGとか、最近はいわゆる学生の組織でございます中核派の上部団体である革共同の前進派は、軍事組織をつくるべきである、人民革命軍
すでに新聞その他でいろいろ報道されておりますので、多少重複する点があるかと思いますが、一応最初からの経緯を簡単に御説明申し上げたいと思います。 今般出てまいりました連合赤軍と申しますのは、昨年の七月ごろに、共産同の赤軍派といわれますものと、それから日共革命左派といわれますもの、この共産同の赤軍派のうちの軍事組織の中央軍と称しておりますが、それと日共革命左派の人民革命軍と、この二つが連合組織をつくった、こういうことがございまして、結局今度の浅間山荘事件、それからその後のリンチ事件によってこれが立証されたわけでございます。 その前に、昨年の七月に米子で赤軍の中央軍の一部によります銀行襲撃事件がございまして、そのときに、日共革命左
今回の山岳拠点、山岳のアジトでございますが、一部判明をいたしました神奈川県下の西丹沢のアジト、これは実は地域住民の方の御提報をいただきまして、ことしの一月五日に初めてわかったわけでございます。それから、今回の事件の端緒になりました榛名山のアジトでございますが、これは二月七日にその地域の方からの御連絡をいただきまして初めてわかった、こういうことでございまして、先ほど申し上げましたように、相手方の組織が完全な非公然組織でございますので、ただいま申し上げました御連絡をいただくまでは、当方としてはその所在その他については判明しておらなかったというのが実情でございます。
ただいま私が御説明申し上げましたのは、今回の事案を検挙いたしましてあとで結果的にわかった事実でございまして、先ほども御説明申し上げたように、当時の私どもの情報収集の体制は、公然組織を通じてしかとれないという事態でございました。確かに両軍が結集をして武装蜂起をするという計画があるということにつきましては、きわめてばく然とではございますが、昨年の秋ごろから徐々に、そういう問題に関します情報を入手しておりました。それからまた、現実に東京都内の主として警察施設でございますが、交番とかあるいは警察署、それから最後は警視庁の土田警務部長のお宅に弾爆が送られ、あるいは伊勢丹の前の追分の派出所で爆弾が破裂するというような事態もございましたので、鋭意
これはただいま捜査中でございますので、これから取り調べが進展いたしますとあるいは情勢が変わってくるかと思いますけれども、いままで自供しておりますのは全部の被疑者が自供しておるわけではございませんで、彼らの組織で言えば比較的弱い、新たに参加した、あるいは年齢が若いとか、こういった比較的弱い立場にある者からの証言でございますので、全体を推しはかるのにはどうかと思いますが、ただいま小林先生おっしゃいましたように、確かに一般の社会からは隔絶された特殊な閉鎖社会の中で行なわれておる。したがって、気持ちの上においても、平常人のものの考え方というもので律し切れない問題がいろいろあるように見受けられます。これは心理学あるいは精神病理、そういった専門
実は、彼らの心境は、私も理解に苦しむところでございます。まあ、あとは推測になりますので御容赦をいただきたいと思いますか、私は、今度の人質事件で在来の人質事件と非常に違っておる点は、何か非常に異様な感じがしたわけでございますが、通常人質を確保した場合には、まず相手方に、自分は人質を確保しているぞということを誇示いたしまして、それを根拠として相手方と取引をやる条件を出してくる、こういうのが普通の人質事件の普通のパターンでございます。ところが今回は、もういかなる申し入れをやりましても、説得をやりましても、またゆさぶりをやりましても、最後まで泰子さんがおるということの痕跡は一切見せなかったというのが非常に異常な事件でございます。 それで
これも被疑者の全部が供述をしておりませんので、全く効果がなかったと言うことは早計であると思っております。少なくともいままで供述をしている被疑者については、何らかの心理的な動揺を起こさせたということは確かのようでございます。したがいまして、かりに今後類似の事件が起きましても、やはり説得活動というものは、最後まであきらめずに続けるべきであるというふうに私どもは考えております。
いままでのところでは、ごく一部を除いては、まだはっきり気持ちを述べている者は少ないようでございます。まあ調べが進むに従いまして、中の組織上の上下の関係、実力の関係、こういったものが次第にわかってまいっておるわけでございます。したがいまして、使い走り程度の者、あるいは例の赤ちゃんのおかあさんである山本保子、これは元来が御主人に伴って中へ入ったということで、意識的にはそれほど強い人ではないので、この人たちなどは確かに安堵の色を示しておるようでございますけれども、まだいまのところははっきりした供述が得られておりません。大体そういうことでございます。
座談会というと、それはどこの座談会でございましょうか。
私、NHKの座談会であったかと思いますが、要するに、これからこういう同じような組織が再び芽ばえてくる可能性があるかどうか、こういう御質問がございまして、それにつきましては、先ほども申し上げましたように、赤軍それ自体は壊滅に近い状態でございますが、きわめてこれに近いセクトがたくさんございますので、これらはやはりいまの連合赤軍のような形に育ち上がってくる可能性は十分あるのではなかろうかということを申し述べたわけでございます。
非常にむずかしい御質問でございますので、これは私の個人的な見解になるかと思いますが、まず客観的な条件といたしましては、私も前に述べているわけでございますが、いわゆる新左翼という七〇年代の新しい動き、これは既存の左翼勢力が、すでに彼らのことばでいう体制側であるということで、そのワク外にはみ出した左翼運動をやらなければいかぬというのが新左翼だと思うのでございますが、それがきわめて幅の広いばく然たる概念を持っておるということで、したがってこういったウルトラ左翼も、その新左翼ということばの中に包含されて、社会的には一種のレーゾンデートルを与えられておるというようなことが彼らを勇気づけておったのだろう。また、ごく一部でございますが、彼らの行動
昨年の八月三十日に京都大学から届け出がございまして、結局それをさかのぼります二十六日から三十日までの間のようでございますが、京都大学の理学部の危険物貯蔵所から金属ナトリウムが七・五キログラム窃取されたということが判明いたしたわけでございます。 手口といたしましては、実はこの危険物の貯蔵所が鉄筋コンクリートの平屋建てでございますが、七つの部屋に仕切られておりまして、それぞれの部屋の出入り口に鉄のとびらがありまして、かんぬきと南京錠がかけられておったわけでございますが、このかんぬきと南京錠を金のこ様のもので切断をいたしまして侵入して、いまの七・五キログラムの金属ナトリウムを窃取した、こういう事件でございます。 貯蔵所から約十メー
ただいまの先生の御指摘でございますが、これは率直に申しまして正確な表現ではございません。私ども、二十八日の救出作業を強行いたします最後の段階まで、人質が安全であるのかそうでないのかという確証は、いずれも得られなかったわけでございます。したがいまして、人質が安全であるというふうに確信を持ってやったわけではございません。