それはメモがあるのですか、発言のときの。
それはメモがあるのですか、発言のときの。
録音はあるでしょうな。
それはおそらく、めったにない記者会見ですから、マスコミのほうでちゃんとあると思いますね。したがって、やはりそれを正確に事務当局としては再現をして文書にしてほしいと思います、大事なことですから。
いや、例があってもなくても、今回は必要だから、必要だから要求するわけです。これは別に被疑事件の捜査に関連があるとかなんとか、そんな話じゃないから、マスコミだって正確な国会の論議の便宜のためであれば当然そんなことは協力してくれると思います。これはやってくれませんか。
努力してください。 そこで、いま事務総長がかわってお答えになったことを前提にして若干お尋ねいたしたいわけですが、今後そうすると裁判官を採用する場合に、どういう思想の持ち主であろうか、そういう点を調べるということになるのですか、ならぬのですか、それはどうですか。
そうすると、実益のないことをただおっしゃったということにもとれるわけですが、しかし、裁判所の機構の頂点に立っておられる方が発言される以上は、そのことが当然司法行政の中に何らかの形で生きてくる、こういうふうに一般は理解をしますね、理解をします。そういうふうに一般の人が考えるということについて、あなたはどう思いますか。
これは、憲法を守るというのは裁判官の独立の規定である憲法七十六条でも明記しておるし、そのほかでも憲法順守の義務ということは明記しておるわけで、そんなことはあたりまえのことですわね。わざわざ司法行政の頂点に立つ人が言われるというところに、いろんな憶測が生まれるのは、これはあたりまえじゃないですか。軽率だということになりませんか。
いや、当然のことを言ったとは私は言うてないのですよ。言うた以上は、やはりそういう考え方で司法行政を運用されるのだろうと、それをあなたのほうは否定されるわけだ。 〔委員長退席、理事山田徹一君着席〕 それはあなた、発言の中身は決して当然なことじゃないですよ。もしそういうことが司法行政の中で実際に運用面にあらわれてくるということになれば、前提としてはどうしたって調査ということが出てくるわけでしょう。調査は、しかもきわめて国の根本に関するような問題になれば、立場によって非常に違ってくるわけです。簡単に批判することはなかなかむずかしいです。そうして、いまそういう発言が多々行なわれておるのは、政治的にはむしろ場合によっては憲法九条をか
いや、ずっと関連して続いているわけです。あれを発展させればそういうふうになっていく。
ともかく、憲法を守るということを繰り返しおっしゃればいいんで、特定の思想というものを具体的に取り上げ出したら、これは切りがないですよ。最高裁の長官みずからが憲法十九条なり二十一条の規定を無視するような印象を与えかねないんです。よほどこれは注意して長官というものは発言してもらわなきゃ私はいかぬと思うのです。これは事前に事務総長などに、ああいうことは相談があるんですか、ないんですか。
裁判官が自民党に入党されても、裁判所法五十二条には抵触しませんね。
民社党も同じですか。
これは念を押しておくんです。公明党も、社会党も、共産党も、みんな同じことですね、五十二条違反にはなりませんね、はっきりおっしゃってください。
まあ法律上は差しつかえないが、モラルとしてどうだとか、まああまりそういうことはおっしゃらぬほうが私はいいと思いますね、なかなかものの見方によっていろいろ違うんですから。それで、せんだってからたびたびいろんな機会に問題になっておるのが青法協ですね。青法協というのは、事務総長は、これは政治団体あるいは政治的な団体というふうにお考えになっとるのか、なっていないのか、どっちなんですか。
私のお聞きしておるのは、政治団体あるいは政治的団体という見方をしておるのか、それを聞いておるんです。
この青法協の目的というのは、これはどういうことです。目的と事業というものはどういうふうに規定してあるんですか、ちょっと読んでください。
第三条は「本会は憲法を擁護し、」、ここが大事なところです。「憲法を擁護し、平和と民主主義をまもることを目的とする。」、第四条「本会は前条の目的を達成するために左の事業を行う。」——一から六まであるわけですね。一が「調査ならびに研究活動」、二が「教育ならびに啓蒙活動」、三が「法の制定、運用に対する批判活動」、四が「法律問題処理に関する知識ならびに技術の提供」、五が「他の団体との提携」、六が「その他必要な諸活動」。まあ五、六は、これは付随的なものですわね。それから一から四までが、具体的なこの事業内容といいますか、そういうものですね。これはきわめて法律家として当然のことを並べておるわけですね。問題は、第三条の問題に関連してくると思うのです
そこにまあ書いてあることは、これはきわめてもっともなことなんです。それは、憲法を守り、平和と民主主義を守るということが目的である以上は、目的に忠実なら当然出てくるそれは行動なんですよ、どの一つとったって。そしていろいろ具体的には、パンフレットをつくったり、やはり法律家としての特徴を生かしておやりになっているわけですね。私はどんどんやったらいいと思うのですよ。ただそこに裁判官が入るのが困る、ふさわしくないという意味なら——まあ違法ではないが、ふさわしくないと、そういう意味のこともおっしゃるわけですね。そういうところに最高裁のやはり古さがにじみ出ておると思うのです。これは裁判官も政党に加入するのは差しつかえないとさっきおっしゃった。それ
それは何べんもお聞きしておるからよろしい。私の問いに答えてくださいよ。裁判官が、自分の憲法解釈はこうだ、したがって政府の憲法の運用は間違っておると、こういう批判をすることば自由でしょう、裁判官として。裁判官、または個人としてでもけっこうですよ。
内心においては自由とは何ですか。そういう批判はできませんか、外部的にできるでしょう。そんなことを言うのは、憲法自身をあなたは否定するのじゃありませんか。どこから出てくるのです。表現の自由というのは、そんなあなた、厳然としてあるじゃないですか。内心というのは、そんなこと、どこに限定する必要があるのです。