ポト派が選挙に参加しないことが決まりましたけれども、これは今後のカンボジア情勢にやはり大きな不安定要因としてこれからも残っていくことになりますか。
ポト派が選挙に参加しないことが決まりましたけれども、これは今後のカンボジア情勢にやはり大きな不安定要因としてこれからも残っていくことになりますか。
いわゆる要員の撤収の問題ですけれども、全面戦争が起これは、当然これはもう五原則の前提が崩れるわけですから、撤収は当たり前ですけれども、全面戦争までいかなくても、いわゆる武力紛争が拡大したということになりますと、要員の撤収ということもあり得るのですか。またその場合、要員を撤収するかどうかというその判断の基準というものもあるのだろうと思います。その点については今どういうふうに考えていますか。
UNTACに対しては、ポト派のみならずプノンペン派も不信感を持っております。これは私は、UNTACの非常に厳しい置かれた状況からいうとやむを得ないと思う。というのは、武力を行使しない、武力で威圧をしない、しかも四派に全部中立だということになれば、これはこちら派が、おれの方がと、こういろいろな不満が出てくるのは当たり前です。そういう厳しい中でUNTACは現在活動をしているわけであります。だから、ある面では、UNTACがあそこに存在しているからこの程度の武力衝突で済んだのだという私は見方も成り立つんだろうと思う。もしUNTACが引き揚げたらどうなる、いなかったらどうなるんだろう。 私は、このPKO協力法のときにいろいろ議論いたしまし
カンボジアに展開して活動している要員の生命、身体の安全はどうかという、これは我々も大変気になります。自衛隊はタケオ、カンポット、これに展開をしておりますが、ここは紛争地域から大分離れているので無事だというふうに伺っております。それから停戦監視員が八人、これもやはり活動しておりますけれども、これも紛争地域からかなり離れたところであるので、別に身体、生命の安全には差しさわりはない。 問題は、文民警察ですけれども、サムロンとシエムレアプ、この辺で文民警察がいろいろ活動をしている。これは紛争地域から近い。ですから、それに対して私たち大変心配をいたしております。この事業が成功するためにも、私は、派遣した要員の生命、身体の安全というのは本当
五月に選挙が行われて、新しい政権ができて、それにすべてを移して、九月にはUNTACとしての任務は終了するということに今のスケジュールはなっております。 私、先ほど、選挙にポト派が参加しないことは不安定要因になるんじゃないかと伺ったことは、 新政権ができたけれどもポト派は参加していないということになると、この新政権を脅かすような存在になりかねないのではないか。そうすると、UNTACが引き揚げてしまうと新政権対ポト派とのいろいろないざこざ、交戦も全く可能性ゼロというわけにいかないだろう、そういうことを私たちは懸念しているわけです。UNTACも九月以降さらに任務を継続させるかどうかは、現地の新政権とポト派の両方の意向も当然あることだ
カンボジア問題は、大変複雑で難しい歴史的な背景もありますし、難しい問題であります。選挙が行われて新政権ができて、それで後、平和に国づくりが始まっていくならばいいけれども、さらに不安定要因がある場合のことも我々は視野に考えてカンボジア問題を考えなきゃならぬというふうに思っております。 質問内容を変えます。 国連に、日本が常任理事国になる、ならないという問題がありますので、それについてまず最初に総理の御見解を承りたいのですが、渡辺外務大臣は、昨年九月二十二日の国連総会での演説で、 国連中心主義を掲げ、平和国家として歩んできたわが国は、その国際的な地位と責任に相応しい貢献として、財政面のみならず、人的な貢献、さらには新たな平和
ドイツのキンケル外務大臣は昨年の国連総会で、ドイツも常任理事国入りの希望を初めて表明いたしました。キンケル外相は、安保理常任理事国になるからには、憲法を改正して国連の作戦にドイツ兵が参加できるようにはっきりさせる、こう言っております。 我が国はそういうわけにはまいりませんし、またそういう議論は準備もありません。今総理は何が何でもということではないんだとおっしゃったけれども、要するに安保理常任理事国になるということになると、いろいろな政治的な役割というのが出てくる。今までとは違った役割が出てくる、負わなきゃならない。そうすると、どういう問題があるのか。入った場合に、常任理事国になった場合には、今までとは違ったこういう課題があるんだ
例えば、国連憲章では、紛争の解決に平和的手段が功を奏しないときには武力を行使してもいいよと、これは認めていますね。我が国の憲法では、それはだめですね。個別自衛権はあるけれども、集団的自衛権は憲法上ないというのが今までの政府の見解であり、そしていわゆる集団安全保障体制の中で日本が、今ガリ報告のようなことに日本が現行憲法下で参加できるのかどうかということは、やはりこれは大きく議論しなきゃならぬ問題ですね。これは、常任理事国を目指すということになると、そういう問題を全部整理しなければいかぬわけです。常任理事国になりました、その問題はできませんと言っていられるのか、あるいはそこまで、常任理事国になれば政治的責任としてそういうところまで本気に
日本に常任理事国になれと言われて、日本は断る理由はありませんわな。 ただ、例えば多国籍軍の問題がこの前ありましたですね。あのときは日本は非常任理事国じゃなかった。今は理事国ですね、非常任理事国である。それで、安保理でもって一つの武力制裁を決定する、日本は今までそういう立場になったことは一回もありません、戦後。今度初めて特定地域に対して武力制裁をするとかなんとかという、決定するかどうかはわかりませんよ、安保理ではその決定権があるわけだから。それに日本が入っている、日本がそれに賛成をする。しかし憲法では、賛成はするけれども憲法上それに参画することはできない。ここでは決定OKだ、しかし参加することはできない、こうしたことによって生ずる
防衛問題について二、三お尋ねいたしますが、防衛庁長官、同じ茨城県でございますので。 政府は、現在、昭和五十一年に決められた防衛大綱の見直し作業に入っておりますけれども、作業の手順及び見直しの時期はいつまでか、明らかにしていただきたいと思います。平成七年の三月末までなのか、もっと早いのか。また、これに民間の有識者による懇談会を置くのかどうか、そうしたことも含めて防衛庁長官の現状をお示しいただきたいと思います。
大綱の基本となっているのは、基盤的防衛力という考え方であります。この言葉は、それだけ取り出すとどうということない言葉なんだけれども、昭和五十一年にこの基盤的防衛力という言葉が使われてもう二十年近くたっているのです。政府は、これは戦時じゃなくて、仮想敵国があるわけじゃない、平時なんだということでずっと言ってきた。しかし現実には、仮想敵とは言わないけれども、潜在的脅威ということでソ連が念頭にあったことは事実です、今までの防衛政策は。基盤的防衛力という言葉は、それだけ取り上げれば何でもない、無色透明な言葉なんだけれども、十数年間使われてきて手あかがついている、この言葉は。また、平時だと言いながら、五十一年のときの国際情勢と今は全く違うので
例えば陸自ですわ、今定員十八万だけれども、それを十五万にするということも検討の対象になっているのかどうかですね。また、PKOに自衛隊が協力隊員として派遣されることになった。そういうことになると、これは今までの大綱には書かれてない新しいことですね。そうした国際貢献における自衛隊、国際貢献に参加するということを、協力するということを自衛隊の主要任務とするというような位置づけも、この大綱の見直しというか検討の中で考えるのかどうか。そうして、その延長線上には自衛隊法三条の改正ということもあるわけですけれども、そうしたことまで防衛庁としては視野に入れてこの見直し作業を始めているのかどうか、それをお尋ねしたいと思います。 同時に、これはちょ
外務大臣、ウルグアイ・ラウンドについて伺いますけれども、ウルグアイ・ラウンドにおける農業交渉について、我々は大変重大な関 心を持っております。 先日、来日いたしましたフランスの国民議会の議員さんとたまたま昼食会で一緒になりまして、いろいろな話をしました。そうしたら彼は私に、アメリカ主導で農業交渉が妥結すればフランス農業は崩壊するだろう、現在百万の農業人口は五年後には三十万に激減してしまうだろう、農地は放棄され、国土は荒廃する、こう非常に厳しい意見を申しておりました。私はその話を聞きながら、国内での我々の議論と余り変わらないことを言っておるなと実は思ったわけであります。我々はこの例外なき関税化というものに対して非常に危機感を持っ
一月十九日のTNCでダンケル議長は、ガット体制から最も恩恵を得ている貿易大国がこれまでのところ種々の理由からラウンド終結のためのリーダーシップを発揮していないことに不満が集まっていることを自分は感じているという発言をしました。この貿易大国というのは複数だそうでございまして、日本とアメリカとECを暗に指しているのではないかと言われております。 これは対してECは、ウルグアイ・ラウンドの早期成功裏終結をすべての国が望んでいるというシグナルが米新政権に向けられることを望む、こう発言をしております。これは恐らく農産物輸出国であるアメリカに対する批判だというふうに私は受けとめております。 一方、アメリカは、サービスや知的所有権の問題、
アメリカの三月二日をさらに何カ月延長するかによってこの最終案、最終的な決断の時期というのが決まってくるのだと思います。 いずれにいたしましても、このウルグアイ・ラウンドというのは農業だけではなくていわゆる十五分野ワンパッケージですね。十五の品物が一つのふろしきに入っていて、このふろしき全体をイエスかノーか、これは賛成、これは反対というそういう選別的な賛否は問えない、こういう仕組みになっております。我々はあくまでも米の自由化、包括、例外なき関税化に反対でございますけれども、いずれにいたしましても何らかの形で一つのパッケージができ上がることは間違いない。その場合に、日本政府としてはそのパッケージに対してイエスとも言えるし、ノーとも言
大変これはクリティカルな微妙な問題だと思います。さらにこの点について議論をしたいと思いますけれども、これは別の機会にいろいろさせていただきたいと思います。 ところが、米に関する国会決議というのがあります。三度にわたります。総理はこの決議をどういうふうに受けとめておられますか。
法制局長官、お尋ねします。 国会決議については、平成二年九月二十六日の衆議院農林水産委員会で大森内閣法制局第一部長は、純粋の法理論としては法律と同様な意味での法的拘束力を国民に対してのみならず政府あるいは国会議員に対しても有していない、しかしながら政府が国会を構成する議員の意思として示された決議の趣旨を尊重して行政を遂行するのは 然、こう答弁をいたしております。改めて法制局長官としての御見解を承りたいと思います。
そうすると長官、一般論としてで結構ですけれども、政府は、国会決議は政治的に非常に重いものだということで尊重しなければならぬ、しかし状況の変化その他いろいろありまして、国会の決議はこうだったけれども、違った結論も出してもいいのですよということになりますか。そういうフリーハンドを持っている、国会決議は決議だ、しかし行政府の判断は、最終的な判断は国会決議と違っても構わないのだということになりますか。
実は米に関する国会決議、衆参での国会決議というのは、法律ではありませんから法的な拘束力がないのはそのとおりだと思います。しかし、その政治的な重みというのは私は相当大変なものだろう。だから、このウルグアイ・ラウンドの決着というのは宮澤内閣にとっても物すごい政治決断を要することだろうと私は思います。 例えば六十七国会では、日米繊維交渉が国会決議に反するとして当時の田中通産大臣は不信任案を提出された、こういう経緯があります。国会では三度にわたって衆参で米の例外なき関税化反対という決議をしてきた。この両院の意思というのは非常に重いものだというふうに思います。もしこの決議と全く違う決定をするということになりますと、日米繊維交渉のときを一つ
農林大臣にお尋ねしますけれども、米の関税化を容認する人たちは、七〇〇%あるいは一〇〇〇%という高い関税をかければ実質的には入ってくる米がない、だから米は守られるのだ、こう言っておりますが、私はこの考え方は非常に安易で甘いのではないかな、危険ではないかなというふうに思います。というのは、この国境措置についてアメリカは、市場を開放するための関税化だ、これがアメリカの基本的な考え方です。したがって保護するためだとは思っておりません。したがいまして、関税化をした段階で国内農業がこれからも守られるような高い関税が設定できるかどうか、これはかなり疑問だと私は思っております。 そういう意味で、高い関税をかけさえすれば大丈夫だという関税容認論者