実は、不幸にしてまだ映画を拝見いたしておりません。
実は、不幸にしてまだ映画を拝見いたしておりません。
私どもは、フィクションの映画が出るなり、芝居が演ぜられるというようなことについて、別段関心も持っておりませんし、またどうという考えも持っておりません。しかし、この「真昼の暗黒」は、裁判官というものが映画化されるのだということは、新聞によっても拝見しましたし、また情報課長のところにたずねてきた人たちもそういうお話であった。従って先ほど申しましたような、くどくなりますけれども、申し上げましたようなわれわれの考える理由からして、この映画ば、現実の事件を裁判として取り扱っているのだ、それが書籍の場合には、まだ影響するところは少いであろうが、それが映画化となると、非常に影響するところは大きいということで、私どもは心配いたしたのでありまして……
決して映倫の存在を無視するような考えはございませんし、映倫に対しても、やはり係属中の事件について映画化される場合については、いろいろ御考慮を願いたい点があるのだということを情報課長が申し出ているくらいです。映倫の存在を無視しているようなことはございません。
何も私は、声を大にして映倫に申し出たり、あるいは東映の顧問弁護士に申し出たのではございませんが、世間がそういうふうに騒ぎ立てると言ってはぎょうぎょうしいですが、そういうように、多少裁判所が圧迫したんじゃないかとか、干渉したんじゃないかとかというようなことを言出したのです。これは私の方としては、むしろ意外とするところであって、私どもとしては、そういうようなやり方をもってどうしようというような考えはございませんでした。ただ、先ほど申した線から、係争中の裁判に対しては、一つ間違いの倣いようにやっていきたい、また一方的な資料だけで批判されては困る、こういう点は常に強調しております。
先ほどの私のお答えがあるいは徹底しなかったかもしれませんが、最高裁としては、裁判官会議にかけなければ意思表示はできないことになっております。従って、裁判官会議にもかけてもございませんから、最高裁自体の意思表示ということは申せませんが、ただ最高裁の情報課長というポジションにある人がそういうことをやったということを申し上げただけの話であります。
私は、この件に関して私の個人としての発言なり、あるいはまあ世間は事務総長の発言ととるかもしれないが、発言をした情報課長のそのことについて、ここに取り消しをすべきことをしたとは考えてはおりません。
今後の問題について、これと同じ措置をとるかとらぬかということは、これはここで申し上げられませんが、私どもの方としては、現に係属中の事件に対する批判に対しては、その批判のあり方についてば十分な関心と注意とを今後も払っていきたいと思います。
ただいま、羽仁委員のお言葉の中に、証拠なくして有罪の判決をしたというような実例があるとおりしゃいましたが、それは、裁判の事実の見方、法律の解釈の問題もありましょうが、証拠なくして有罪の判決をしたというのは、私どもまだ裁判所の中におって聞いておりません。かりにこれは、まあ世間から見てどうも怪しいというような事件であっても、証拠がなければどんどん裁判所は無罪の判決をしております。私どもはそういうように信じております。 そこで今御質問になりました、なぜ裁判所は近ごろ批判が多くなったかという点でありますが、これは、一面においては、私は、戦後国民がやっぱり裁判所というものに対して相当関心が深まってきた、戦前より。この点は私ども、これはいい
私ども、実は表現の自由は憲法に定められたことでありまして、これを守っていかなければならないということはしょっちゅう考えておりますが、しかし表現の自由と、それから司法権の独立が、どちらが高いかどうかということになりますと、今ここで、こっちが高いとお答えするだけの資料とまた力もありません。十分研究いたしたいと思いますが、非常に相互比較がむずかしい問題じゃないかと思っております。
主権在民の憲法を擁護することについては、これは最高裁判所といえども、政府といえども、おそらく最善を尽して守っていかなければならないことと、かように存じております。
前に、法廷の秩序維持に関する法律が衆議院法務委員会の提案として提案された際に、羽仁委員の御意見は十分拝聴いたしたのでありますが、当時、直接侮辱と間接侮辱と両方の法案が最初は出ておったのでありますが、結局最後にでき上った法律が法廷の秩序維持に関する法律というもので、いわゆる直接侮辱が制定されたのです。で、これ以上私どもとして進んでどういう立法をお願いしたいとかいうようなことは、今ここで、直ちに間接侮辱の点についても望むとか望まないとかいうことは、ちょっと申し上げかねると思います。
刑事局長が参りておりますから刑事局長の方から。
そういう御意見は拝聴いたしますが、ただ、私どもは警察がやっていることにまでどうだこうだということを申し上げているのではなくて、要するに現実に裁判所へ来ている事件に関して、国民に対して裁判所の信頼を失わしめるような、そういうマス・コミニュケーションがあってはならない、こう考えているだけであります。
決して言葉を返すわけじゃないのですが、私どもはある一定の範囲で、裁判所に来た事件についてのマス・コミニュケーションは、これはどこでやっても私どもとしては一方的の資料によって世間に誤まった観念が伝えられることについては、それは警察であろうとどこであろうと私は要望いたすつもりでおります。ただ、今おっしゃったのは、警察から裁判所へ来るまでの事件について、裁判所としてはこれは手は出しません、こう申し上げるだけであります。
これは裁判所といいますか、私個人のお答えになるかもしれませんが、そういう起訴前の事件について、いろいろな国民にすでに有罪になったような印象を与えるということは、私は日常の新聞を見て、私個人としては実になげかわしいことだと思っております。
司法権の独立のためにいろいろ御意見拝聴いたしまして、まことにけっこうな御意見でございます。私どもも司法部に職を奉じておる一人として、日本の、ことに三権分立のもとにおける司法権の独立については、あらゆる面からその独立の慣習を進めるために努力いたしたいと思います。
お言葉よく了承いたしました。私どもも先ほど申しましたように、何とかこの裁判所が国民の信頼をつないでいきたい、国民の信頼にこたえていきたい、こういう気持からいろいろねことを措置しておる次第であります。今後もやはり司法権の独立に向ってあらゆる面から検討を進めたいと思います。
ただいま御質疑のありました二件、神戸の地方裁判所で、二十九年の三月から三十年の一月までの間の不正事件、それから大阪の方は二十七年十一月から二十九年十一月までの間における不正事件、この二つを御指摘になりました。まことにこれは遺憾の次第でありまして、私はただいま吉田委員のおっしゃるように、裁判所の会計については、何とかして不正事実だけはなくしたい、かような点から、会計課長会議等において、まずまっ先に不正ということだけは取り除きたいということを常に要望しておるにもかかわらず、かような事実があったということは、まことに遺憾にたえないのであります。この発覚は、いずれも裁判所の方で、神戸の方は主席書記官と会計課長による事務査察の結果発見されたの
まず裁判官の方から申しますと、裁判官は一般に停年六十五でやめる。それから病気その他で退職される。大体一年二十人以下とごく大ざっぱな数を押えております。ところ炉裁判官の中には判事と判事補とありまして、判事補が十年たつと判事になる。そうすると判事補が定員一ぱいあったものが、判事になるということによって判事補の欠員炉できるわけです。裁判官は、今申した判事補以外に求めるのは、弁護士から適当な人にきてもらうということですが、判事として地方裁判所なり家庭裁判所の執務をお願いするような方をいろいろな手段によって求めております。しかし東京におられる人を東京に採用するというのはあるいはできる場合があります炉、東京には定員があって今すぐ採用できないから
御指摘の点御説ごもっともと思います。私どもの方としても先ほど申しましたように、裁判官の充実についてはいろいろな手を使って弁護士会その他各庁において連絡をいたして、だんだん埋まっては参りましたけれども、なおこの欠員が生じ、しかもその人件費のおもなるものは裁判官の給与なのであります。お言葉に従いまして私どもとしてもなお一そう検討いたしたいと思います。