先は先ほど犠牲の公平ということを申しましたのは、これは全国民をこめてと、こういう意味でございまして、おつしやる点も入つているつもりでございます。併し関係者は一切知らん顔をする、これもけしからんのでありまして、関係者も無論入れまして合理的に、政府と申しますか、国家と申しますか、とにかく全体をひつくるめてそうして合理的な負担をしなければ、こういつた社会保障みたいな制度は前進しない。こういう意味でございまして、決して山下先生のおつしやつたことと全然正反対を申上げたわけではございません。
先は先ほど犠牲の公平ということを申しましたのは、これは全国民をこめてと、こういう意味でございまして、おつしやる点も入つているつもりでございます。併し関係者は一切知らん顔をする、これもけしからんのでありまして、関係者も無論入れまして合理的に、政府と申しますか、国家と申しますか、とにかく全体をひつくるめてそうして合理的な負担をしなければ、こういつた社会保障みたいな制度は前進しない。こういう意味でございまして、決して山下先生のおつしやつたことと全然正反対を申上げたわけではございません。
先ほど触れましたように、単価なり診療報酬なりを病院本位に考えるか、或いは診療所本位に考えるかという基本的な問題が実は残つております。従来この医療協議会に代表されております日本医師会側は常に診療所という、病院をのけましたものを基礎にして主張しておられますので、現行もそれでできておるわけであります。そこに今後残された大きな同順があると思います。それからもう一つは、資料の点について、余計なことでありますが一言申上げますと、従来日本医師会でも歯科医師会でも、その他の団体でも、それぞれ資料というものは一応はお取り揃えになつてよく協議会にお出しになります。併しそれはそれぞれの団体が何らかの前提で一方的に、悪く申しまするとお出しになつたものですか
実は発表はしておらないのですけれども、一部新聞に洩れたというのが真相でございまして、一昨年の六月ですか、臨時保険医療審議会が出発いたしまして、その関係者の間で随分むずかしい、而も保険医療の根本に関する議論の展開がございました。尤も途中参議院議員選挙のために、半年ばかり関係者が殆んど大多数御出馬になつたので休んだこともございますが、結局におきましてこの対立点がどうにも解けませんので、丁度一年前、昨年の丁度今頃だと思いますが、小委員会を作りまして、関係団体から一人ずつ出まして、私個人といたしましては止む得ず人がないために、私小委員長をお預りいたしまして、そこで何とかその打開点の発見に努めましたけれども、遂に今までの議論の整理が一歩も前進
むずかしいお尋ねでございますが、こういつたまあ賃金的なものを考えます場合に、この仕事は人の生命にかかわるから大事だ、この仕事は国の責任を負うから大事だというような議論を展開して行きますと、少くとも賃金をきめる場合には勝負はつかないのが先ず常識となつているようでございます。その意味からいたしますというと、結局その配分或いは高低をきめます方法といたしましては、結局におきましてそういう任務をやりますために必要な資格要件と申しますか、コーリフイケーシヨンの理論がアメリカあたりでは強く行われており、日本などでも最近公務員などにつきましてはそういつたことで格付けをやつているようであります。現実の問題といたしまして私も何倍がいいのかということをお
仰せの通り、CPS等を用いますというと、ありとあらゆる勤務者、要するにサラリーマンも中小企業の事業主も大会社の重役もみんな入つているわけでございますが、都市における標準的な生場計費ということになつておりますから、従いまして結局におきまして今の仰せのような点も、どういつた働きをしてどの程度の患者を扱つている、どのくらいのお医者さんというところに問題点があるのだと思います。単に抽象的に医師と申しましても、或いは開業医と申しましても、それがどの程度の一体時間的な勤労をし、どの程度の患者を扱つておるかということを具体的につかまえて行きませんで、単に抽象論で、お医者さんというだけで議論をいたしますというと、いろいろ解きにくい問題が出て来るのじ
なるべく今までの公述人の申されたことと重複しないようにして申し上げたいと思つておるのでありますが、私は昨年の十二月社会保険審議会にひつぱり出されて、今回の厚生年金法の改正にあたりましては、厚生年金の方の部会長を仰せつかりまして、労使の話合いのとりまとめに若干微力を尽しましたが、実は私の率直な感想といたしましてこの問題はいま少し両者の意見の合致が得られてしかるべき問題ではないか。ところが合致いたしました点は、国庫負担をふやせというくらいな点であります。それから保険料を上げてはいかぬというような点は合致いたしましたが、あとはほとんど食い違いが多かつた、こういつたように大ざつぱに申し上げられるのでありまして、この点ははなはだ遺憾に存じたの
あまり掘り下げてまで検討はいたしておりませんが、労働金庫との関係は、おつしやる通り厚生年金積立金には非常にふさわしい用途とは考えます。しかし現在の労働金庫法におきましては債券発行の力がございませんから、直接労働金庫の債券を運用部が引受けるというような方式はとれません。しかしそれは預託金等の形式によりまして、やろうと思えばやれる方法はもちろんございます。そうなりますと期間が短かいというような問題が起るのでありますが、その点は運用で解決し得ると思います。理想はもちろん厚生年金の積立金を別に立てるという考え方だろうと思うのでありますけれども、もしも特に労使の御意見が、自分たちの利益に福利的に還元することが重点であつて、金利は安くてよろしい
たいへんむずかしい問題でございまして私も中小企業というものを別の口からながめて、現在もたいへんな状態にあるということはよく承知しているのでありますけれども、こういうような本格的な厚生年金制度、社会保障制度を、もし日本に入れようと思えば、日本の経済構造というものに、ある程度の変動を与えることはやむを得ないのじやないか、その変動をいかに順序よく、摩擦を少く、犠牲を少くやつて行くかということに、ステップ・ステップの配慮を要するという問題じやないか、かように存ずるのであります。先ほど小西さんその他から言われました五十五で会社を首になるという問題も、今御指摘のような面が全部完了いたしますれば、ほとんど解決するものである、そういつた意味からもこ
これは決して私のせいではございません。御承知かもしれませんが、日本の社会保障制度らしいものの一番嚆矢と申してよろしい国鉄の共済組合、すなわち日本の私設鉄道が国有化いたしました明治四十年に国鉄に共済組合が勅令でできたのでありまして、これが健康保険と今の厚生年金の要するにトップを切つたわけであります。その際にこういう制度が国鉄の中で行われまして、引続いて陸海軍工廠にでき、さらに逓信に及び警察に及ぶというふうなことで、私のただいま関係しております非現業のごときは、わずか五年足らず前にできたのでありまして、そのころすでにそういつたやり方がずつと続きまして、一部は政府の御指示に従う国債等へ投資すると同時に、一部はまた職員の直接の福利厚生施設に
運営の機関、管理者は法律上認められておるのであります。ですから健康保険で申せば、健康保険組合の理事会というようなものです。そういつた式のものが要するに法律上ございまして、その管理者がやつておるわけでございます。
きまつております。要するに自分の資産でありますから、共済組合固有の資産でありますから、これは特別の規定で、どつかに入れろということにならない限り、むしろ自分で運用するのが建前でございます。その意味から特にお前のところは自分で運用してよろしいという規定があるわけではございません。よそへ入れろという規定がございませんから、自分で運営しておるわけです。
私は学者でもございませんし、評論家でもございません。政治家でもむろんございません。それから組織団体を代表しているものでございません。どういう意味でお呼びいただいたか、よくわからないのでございますが、一応私の意見を申し上げます。 まず、常任委員会の問題でございますが、この根本は、日本の代議政体というものをアメリカ式に持つて行くか、イギリス式に持つて行くかということだと思います。現在のものはイギリス式になつているわけでございまして、そういたしますと、常任委員会というものはやめた方がいいのじやないか、あるいは予算の増額というものは認めない方がいいのじやないかという議論がすぐ出て来るのであります。また、アメリカ式といたしましても、大統領
私どもはこういつた問題を取扱います場合における基本的な態度は、一つの企業体におきましての労使紛争を解決するという立場でございます。従いまして専ら国鉄企業というものを観点に置きまして、その間における労使間の言い分というものをできるだけよく聞きまして、労働者側の言い分の中で筋の通つておらんものを是正する、当局側の言い分の中でも同じようなことをいたしまして、それで極力我々の独自の見解を入れる分を少くしようと、そういう形で調整をして参るのでございますが、その際の心組といたしましては、民間企業の場合とおおむね同じような考え方で参る。従いまして民間企業が常に支払能力によりまして、賃金がチェックされるという原則は、我々としても十分心得ておるつもり
大体そういうことでよろしうございます。
若しこれを具体的にいま少し経理内容的に私どものさらいました部分を申上げますというと、国鉄には本年度予算にたしか三十数億円の予備費というものを盛つております。それから国鉄の、これは理論的な問題になるであろうと思いますが、国鉄には従来から災害の費用を全額その年度の運賃収入で賄うという建前をとつて来ておられます。これが例年でありますと、せいぜい十億乃至二十億の程度にとどまつております。今年はそれが不幸にいたしまして、異常な災難に会いまして、七十億四品を超えておるようであります。若しこれが自然増収がかなり五十億以上は見積られるようでありますので、若しも災害というものが例年のようになかつたならば、これは問題なしにもう全面的に可能である、普通の
余り大きな問題につきましては私から余り大きな顔をしてお答え申上げるのも如何かと思いますが、私は極めて常識的にやはり賃金や運賃が上ればこれは相当にほかの方面に影響するということは頭から認めておるものであります。これを全然ないという式の解釈もございますが、それは私どもとしてはとつておりません。少くとも何らかの影響はある。その影響をどう見るか、これはむずかしい問題になるかと思います。上ればそういう結果が起るのは経済上普通だろうと思います。
今回の場合にも私どもはこの際運賃を全面的に上げなければならん問題かどうか非常に疑義がございますので、そういつたお話に入りますと……。
賃金が上りますれば、又仮に実態がこれに追付いたというようなものに過ぎないといたしましても、それを理由にして又上げてくれということが民間の例でも恐らく出て来はしないか、そういつたことは考えられます。ただ私どもはこういう問題を処理します場合に常に置かれておる立場というものは一つの企業体におきましての労使紛争の問題であります。私も若し国民経済全体の立場におきまして賃金が如何にあるべきか、こういつた議論をさせられる場におきましたならば又意見も変つて来るかと思うのでありますけれども、仲裁委員会というのはそういう立場にございません。これは少くとも一つの企業体においての労使間の問題を解決するのが飽くまでその本務でございます。民間の賃金がおつしやる
冒頭に申上げましたように、私どもの立場はまあ抽象的に申上げますというと、労使の言い分が基礎でございます。仮に少しの極論を申上げまして、労使間が賃金をきめます場合に、若し大企業の民間賃金を基準にしてきめよう、そういう約束ができましたらそれはいかんと、こういうことを申すべき立場に私どもございません。ございませんが、併し今回の国鉄につきましては、実はそういうふうな議論があつたわけでございませんので、私どもといたしましては、民間賃金というものを十分に頭の中に入れて出したつもりでございます。ただ御承知のように、最近、今お言葉にもございましたけれども、中小企業と大企業とはかなり賃金の格差が開きつつございます。これはお示しの通りだと私は思います。
私は賃金問題にもう一つプラスいたしまして、国営企業乃至国営企業に準ずるものの能率増進というような角度と両方突つ込みましてそれで極く端的に申しますれば、即ち国鉄なら国鉄の事業計画というようなもの、一年に一億六千万トンなら一億六千万トンという形を、一トン幾らというような形で、国会の協賛を経る、その際条件として、例えば枕木を何木取替える、レールは百ポンドに何キロを取替える、そういつた形で事業計画として御協賛を得て、あとの細かい内訳は極力公社に任してしまう、それでその際におきまして国鉄当局が仮に物件費を多く使おうと、人件費を多く使おうと、或いは人件費の中で高い月給の人間をうんと雇う、或いは安い人間をうんと雇う、そういつたことを任せる、若しも