我々としては九月と十月の間というような観点です。丁度四月、三月の真中ということを狙いまして、一年の中間ということをきめた、そういう建前でございます。
我々としては九月と十月の間というような観点です。丁度四月、三月の真中ということを狙いまして、一年の中間ということをきめた、そういう建前でございます。
私先ほど申しましたのは、そのバツク・ペイが困難であるからいけないというような意味に申上げたつもりでは実はないのであります。勿論バツク・ペイいたしますと御承知の通りに或る程度の手数はかかりますが、又この手数に対しましては便宜措置がとれるのであります。特にこれが公務員の場合でありますと、法律によります非常に面倒な問題も引起しますけれども、この公労法の適用の場合には、その点は民間と同じように、団体交渉によりまして特殊な便宜措置も考えられますから、決して、バツク・ペイそのものということは、技術的な問題は若干ございますが、これは殆んど無視していい問題であると思います。ただ私どもが八月に切りました原因と申しますその意味におけるバツク・ペイは、少
この理由書の三に書いてございますように、当局は仲裁の最後になりますまで、現行賃金を譲らないという態度をとつておつたのでありますが、最終的にそこに書いてございますような文書を頂きました。即ち経営者として調停案の額程度を穏当と認めると、穏当という言葉を使つております。併しながら留保があとのほうについておりまして、最終的な意見は述べることができない、こういつた……。実を申しますと、私ども、藤田委員の仰せのように、仲裁と申しましても、一種の労使紛争の解決の一手段に過ぎませんのでありますからして、でき得れば両方の間に立ちまして、極力話を歩み寄らせるということで、それでまあできれば案を出す前に、もう案そのものが両者からよろしいという形になつて出
法律的に考えますと、我々のこの仲裁委員会の考え方といたしましては、問題ははつきりしておると思うのです。で、むしろこういつた問題が、個別企業的に労使紛争を片付けるという制度がとられておりますれば、これは若干の不権衡が起ることはむしろ当然であろうと思うのです。これを権衡論的に一本で割切ろうとするならば、むしろ公労法の制度をおやめになるほうが、民間の賃金が幾らになろうが、藤田委員は大分中労委で御経験済みでございましようが、それはやはりいろいろな場合で多少でこぼこが起ります。又こういつた公労法を作りました最大の原因というものも、その企業の努力というもの、労使の努力というものが或る程度……、まあその程度は民間の場合とは、私は小さいと思いますが
私の言葉の中にやめてしまつたらという意味合の下におとり頂きましたら、その意味は、私どもとしては、実はこの問題は政治問題でもなく、労働問題でもなく、むしろ法律問題だと、かように実は認識しているわけですが、それがやはりもつと権衡ということを別の角度からとる必要があるということのほうがより以上重大な要素があるということならば、それは個別的に両者の言い分を聞けば、これは言い分によりまして多少当局側にも甘いところも辛いところもあります。そうすればおのずから凹凸のできるのはむしろ当然だと思います。それよりも両者の言い分を聞かないで、一方的にぴしやつときめてしまえば一番問題はないと思います。そういう見地から行けば、それは公労法をやめたほうがよろし
公務員と仰せになりましたが、公務員と言つてもアルコール職員だろうと拝聴したのでありますが、結局におきまして我々は民間の同種産業の一応平均どころというものの絶対額、それにおいてバランスをとろうというのがこの三にございますように、このアルコールの結論でございます。ここにもございますように一部には確かに高いところもございます。ございますが、併しながらそれには又調整をしなければならんいろいろな要素がある、一部には極端に低いのがある。それらのどのほうも、これは両者からいろいろ資料を頂きました、どれも片寄つておりまして、私どもとしてこの一つで当否をつけるということは妥当でないと、かように考えまして、そこでアルコールに属します化学工業の賃金という
最初の問題でございますが、第三に書いてございますように、若し化学工業全体の賃金というものを一応推定いたしますと、一万三千三百円程度が、これは全化学工業でありますが妥当である。一方において三十人以上の工場、その工場の而も男だけを引抜いて考えますと、一万五千円くらいが妥当である。併しそのいずれを取ることも妥当ではない。そこでその中間を選んだというのが、これがこの結論になつておるわけであります。細かい理由は省略いたしますが、結果的にはそういうことであります。その際にさて一体どのくらいの生活水準になると考えたかどうかという仰せでありましたが、その点は私ども十分に考えました。即ち組合はマーケツト・バスケツトから生活賃金を弾いておるのであります
八月というふうに私ども切りました理由は、先ほど申しました要求の額と、並びに夏季手当の内容からでありまして、それが、今と推定の数字が違つてやしないかというお話は、これは私ども恐らく推定でありますから、現実の姿と必ず違うと思います。我々のほうが多少甘くなつているか、辛くなつているか、とにかく我々としては、この裁定を出しますまでに得られました一番近い数字を基礎にして、九月、十月の半ばというものを推定したのであります。その点は違いは出て来ると思うのであります。併しこの点はもう労使間の賃金をきめます場合には如何なる場合でも起り得る問題であります。これは勿論非常に違つた場合におきましては、それを変えるという方法も勿論考えられるのでありますけれど
給与総額には勿論突当るのであります。給与総額は御承知の通り、年度当初大体何円べースで年数をかけて行くのでありますから、その意味では給与総額には無論ぶつかります。その意味では給与総額というのは大体総則できめられておりますから、この修正にはどうしても、否でも応でも国会で御承認を願わなければいけないことになつております。併しながら私どもとしてこれを民間の企業と同じ立場におきまして、支払能力というものを検討し、その結果労使のこれは若干の努力は必要なんでございまして、決してあるだけの物件費は幾らでも使つちまう、或いはそのほか物の買入値段その他におきましても、石炭その他の消費面におきましてもこれを予算通りに全部使つちまう、こういうことをいたしま
予備費も私どもは一応頭の中に入れました。併し私どもの考え方は、予備費よりもむしろ従来のいろいろの実績……決算等を見ますというと、年によつてのいろいろの努力もございますけれども、原材料費のほうにむしろ重点を置くべきじやないか。予備費ということは、勿論使つて差支えないものと思いますけれども、できるならば最後まで予備費というものは保留して、万一の場合に備えたいという意味で、予備費をすぐ流用しようという考え方は実はアルコールにつきましては頭の中に持たなかつたのであります。
勿論原材料だけではございませんが、こういつた問題は、当局から少くとも従来の実績につきまして、いろいろ御説明は伺いました。又組合の諸君からも現状、従来の経営振りにつきまして詳細なお話を幾たびか伺つて、そういつたことを中心にいたしまして、私どもで最後の判定を加えますというと、この程度のことは、これはどうしても覚悟が要ります。これはまあ率直に申上げて、官営企業にはおおむね率直に言うと悪い癖があるのでございます。これはいずれかと申しますと、イージー・ゴーイングと申しまするか、何かそういつた新規の支出が起りますと、今までの支出を全部そのままにして、新規の支出を、よそに何か財源を求めようという傾向がございますが、これは非常に私は望ましいことでは
最初に一言仲裁の建前並びに仲裁委員会の心がまえといつたようなものを申上げたほうがよろしいかと考えますので一言いたします。 御承知の通り公労法は公社並びに国営企業につきましてその労使間の紛争を平和的に解決するために調停並びに仲裁の制度をとつておりまして、一応問題は団体交渉で処理されるのでありますが、この団体交渉も、労働大臣の手許へ労使間の一定の資格がある交渉委員を登録いたしまして、その資格のある、いわば労働大臣によつて公認された委員の間におきまして団体交渉が持たれるのであります。その結果話がまとまらない場合、労使のいずれかから調停申請がある、調停で片付かない場合に仲裁のほうへ引移されると、こういつた制度に相成つております。従いまし
むしろ感じを申しますれば、公労法三十五条からいたしまして、仲裁はやはりあとペンデイングになるというような形でありますと、調停と仲裁と重なることが余り意味がないのではないか。少くとも仲裁といつた別の複雑な制度を作つた以上は、やはり調停と違つた形にならなければ立法の趣旨に合わない。三十五条はそれを示しているのだ、そういうふうに私は理解しております。
あの問題は、私どもに言わせますともうすでに解消したのではないかと思います。公労法第十六条第二項の意味からいたしましても、要するに行政府に任せたものまでも国会へ持つて来いという式に十六条の二項というものはできておるようには読めません。仲裁というものが三十五条ではつきりと法律的の拘束力があるといたしますならば、それが原則でありまして、その例外も勿論予算の関係上必要でありましよう。例外でありますから、予算上の措置というものは成るべく狭く解するほうが、これは法理論からいつても当然だと思います。そうなりますというと、それから改めて、この裁定の適当か不適当かという議論が出るのがむしろおかしいのじやないか。裁定そのものは勿論できの悪いことも幾らも
御承知の通り給与総額というのは昭和二十五年度の予算から入つたものでありまして、二十四年度の第一次国鉄、専売裁定の場合にはなかつた制度でございます。どういう趣旨でこれをお作りになつたのか私どもわかりませんが、ただ、まあ例えば印刷とか造幣とかいうような特別会計におきまして公労法の適用前においてはなかつたと、適用になつたら出て来たと、むしろ国営企業というものを一つ能率的に運営させよういう趣旨が、公労法に移した一つの理由になつておるといたしますならば、そういつた手を縛り足を縛るということは、従来よりも行政府の活動能力を狭くするという建前はむしろおかしい。企業運営の面からいつて、時と場合によりましては人員をうんと減らして、その代り高い月給を払
お言葉でもございますが、仲裁委員会というのは、仲裁裁定を出すまでが本務でございますから、あとはただ我々の感想を申上げる以上のことには出ないと思うのですが、先ほど申上げましたように、三十五条の建前から考えますというと、そこで少なくとも両当事者が完全に拘束されるという状態になる。但し予算関係のある国会の承認という手続を経なければ、行政府だけではやれないものはその手続をとれと、こういつた十六条の二項と絡み合せて考えますというと、御趣旨のような工合に、その予算という、国会が議決権を持つておられる問題を中心にして考えるほうが順序だろうと考えるのであります。その点は私どもそういう感想を抱くのでありますが、ただできが悪いと申しますか、間違えたと申
これは若しも民間の労働争議に対して仲裁があつた場合を考えてみると比較的よくわかるのじやないかと思うのです。これは若し任意仲裁でありましても、強制仲裁でありましても、ありました以上はそれで勝負はおしまいであります。もう払える、払えない……、組合のほうは強制執行もできるという問題になります。それで特に明文を以ちまして公労法の仲裁はそれほどの力がないのだというように書いてない以上は、それに準拠してむしろ考えるほうが私どもとしては順序じやないかと思う。予算がないということ、予算というものは法律論といたしますというと、昔から政府部内における訓令的効力というのが解釈の統一的なものになつているのでありますが、予算があるないということは、決して民間
とにかくあといろいろと問題が紛糾することは、私ども自身としてもこれは負担上大変でございまして、又理論的に申しましても、それまでに政府のほうで若しいろいろと御意見があるならば、政府の統制下にある当局でありますからして、私は当局の口を通じて政府の意見というものを仲裁委員会に反映させる方法があると思うのでありますが、それをせずに、当局側は、ここにも示しましたように、ここにありますように、金額についてはおおむね異存のないことを言つておられるのであります。予算の問題はございますけれども……。ですか長府として著しもいろいろな角度からいろいろな御意見がおありになる、これは御尤もですが、併し権衡論を展開する場合においては、その段階において、どうせ国
これは企業によると思いますが、少くとも今日こちらで御審議願つておる三つにつきましては、私ども確認したわけでもございませんが、いろいろの断片的なお申込れやその他の御見解から推しますと、そういつたことを頭においた上でおつしやつておるのだと、こう私どもとしては判断できると思うのです。
政府はどういうふうにお考えか、私どもは裁定を下す場合に殆んど考慮の余地はございません。事実連絡も何もございません。ただ今回調停案と同じようになりましたことはむしろ偶然と申上げたほうがよろしいのでありまして、従来いずれかと申せば調停案の数字を仲裁委員会でいじつた場合のほうが多うございます。いじつた場合はいずれかと言えば少し下つた例のほうが多うございますが、一つには今回の案件はさつき申上げましたように、両者が遠くから大砲を打合つておる形に実は相成りました。私どもとして、今白兵戦的な状態に相成りますれば、百円、二百円、三百円という細かい問題までもいろいろ議論して頂きまして、そうして僅かの差までつけなければならない、そういう頭でおつたのであ