当時現地におりました用地部の次長が参っておりますので、次長から。
当時現地におりました用地部の次長が参っておりますので、次長から。
私も報告で受けたのでございますけれども、よねさんのお宅の中におったというふうに聞いております。
お答えいたします。 おっしゃるとおりで、私どものいままでのいろいろな折衝過程について、御指摘のとおり反省をいたさなければならない点が多いと思います。しかしながら、昭和四十一年に公団が発足いたしました当時は、すでに政府において位置を決定をされた以後でございまして、私どもは現在の三里塚にきめられた一千六十五ヘクタールというものについて任意買収を進めてまいったわけです。当初は、御料牧場並びに県有林等もございましたけれども、全体としては、やはり千六十五ヘクタールの中で六百七十ヘクタールというのが民有地でございます。しかも相当地域内の方々の反対が強いということであったんでございますが、私自身、直接成田に当時寝泊まりをして、農民の方々とお話
先ほど概数を申し上げたんでございますが、第一期工事区域約五百ヘクタール、これは全体の半分でございますけれども、これにつきましては現在、最近の第二次代執行で取得いたしましたのは五ヵ所でございまして、団結小屋が三ヵ所、いわゆる戦術的共有地と申しますか、これが一ヵ所、それから一戸の民家を含めます関係の団結小屋等も含めまして一ヵ所、全部で五ヵ所でございますが、これも先ほどの御質問、加瀬先生のときにちょっとお話が出たんですけれども、小泉よねさんという方が借地をして、そこに家を建てていたというのが一軒だけ入っておりまして、あとは全部いわゆる戦術的共有地あるいは学生の拠点、こういうことになっておりまして、個人の農耕を営み、かつ住居を持っておるとい
第二期工事区域の小作関係の方についての正確な数字はいま持っておりませんが、いままで私どもが買収をいたした用地は、先ほど申し上げましたように、第一期工事区域については、ほとんどもう一〇〇%近く、第二期工事区域を含めても八〇数%というものは私どもがすでに用地を買収しておるのでございますが、小作だけで問題を起こした例は、実はいままでのところではあまり見受けないようでございます。小作をすると同時に、自分の耕作地も持っておるという方が多かったわけでございまして、そういった方につきましては、自己の所有地については当然買収をいたしまして、それからまた小作地につきましては、土地所有者と契約をいたしまして、小作人に対する補償につきましては、成田市の場
先ほどの答弁で、あるいは言い足りなかった点があると思いますが、私どもは交渉をやる場合に、一括して代表者と話すというようなことはいたしておりません。個々の農家との間に直接のお話し合いをした上で、合意を得て、用地を買わしていただいておるわけでございまして、それからまた、先ほど小作に対する補償の問題について、土地使用者にもお支払いをするというようなことを申し上げましたが、これは従来の私どもと小作の方々とのお話し合いでも、小作人の方の承認を得た上でやっておるわけであります。したがって、一人一人の権利者に対しては、一人一人やはり私どもの用地部の職員が行ってお話し合いをしてまいってきているわけであります。 その具体的な御答弁につきましては、
加瀬先生のおっしゃるとおりでございまして、収用委員会自体の審理が十分尽くされなかったというふうな面は、これいろいろ原因があったと思うのですけれども、その点は収用委員会としては十分審理をしたというふうにおっしゃるでしょうし、それからまた利害関係人のほうでは、特に一坪運動その他については十分聞かないじゃないかというふうに言われるだろうと思いますが、おっしゃったような見解もあり得るだろうと思います。
昭和四十三年に条件派四団体との価格の協定ができたのですが、その実情は、いわゆる条件派四団体というのは、予定地内農民が全部参加いたしておる団体でございまして、もちろん小作人の方も入っておられるわけであります。したがって、われわれが単に地主とだけ交渉したということじゃなしに、地主との関係については、地主と小作者との間で十分話をつけるということが前提になって、ああいったような協定ができたわけでございまして、私どもは団体の代表者というような方々とのみ協定を結んだのではなくして、やはりその団体に所属する全部の農民の方が相手に実はなっておったわけでございます。
お答えを申し上げます。 第二期の工事区域につきましては、用地といたしましては、すでに八三%の用地は任意買収で私ども取得いたしておりますが、まだ実際に農業を営んでおられる反対派の農民の方々が、世帯にして約三十数世帯、面積にいたしまして六十数ヘクタールというものが残っておるわけでございます。今度の第一次代執行におきましても、純粋に個人の所有地あるいはまた住宅であるところの一カ所につきましては、県知事の配慮で代執行から除かれたような状況でもございます。第二期の工事区域につきましては、私どもは、先生の御指摘にもありましたように、今後まだ相当期間ございますので、ぜひひとつ話し合いで、ほんとうに農民の方々のお気持ちを伺って、それに対応するよ
残されました墓地の問題でございますが、現在第一期工事区域には、今度の代執行からはずれた個所が三カ所ございます。一カ所は個人住宅の存在する場所でございますし、もう一カ所はいわゆる平和の塔といわれておりますパゴダの建っておる地域でございます。もう一つが先生御指摘の墓地でございます。個人所有地とそれから平和の塔は、工事上は何らかの施設をつくる場所ではございませんので、これは必ずしも急がなくてもいいのではないか、飛行機が飛ぶための検査をやるまでに取り除いていただければ十分間に合うということでございますので、私どもとしてはしんぼう強く話し合いをしていきたい。 それから墓地につきましては、天浪の墓地でございますけれども、七十遺体につきまして
お答え申し上げます。 第一次代執行をやりました際にも、私どもとしては、その後できるだけ農民の方々との話し合いをしたいということで、現在第二期工事区域に住んでおられる反対派の農民の方々との間にある程度の話し合いを成立させまして、十四ヘクタール程度の土地、十数軒の方々については円満に実は話がついたわけでございます。それからまた、代執行をやる予定にしておった反対派の拠点であった土地についても、数人の方々とは話し合いをつけて、現実にその土地を私どもが任意買収で取得したという例もあるわけでございます。 今後残された問題につきましては、第一期工事区域の中では、先ほど山木先生からも御質問があったけれども、三カ所実は残っておるわけでございま
農民の方々との話し合いにつきましては、昭和四十一年に三里塚の空港予定地として決定いたしまして以後、私ども直接現地に出向きまして、当時話し合いをいたしたわけでございまして、先生も御存じのように、第一期工事区域についてはほとんど全部の土地をといってもいいくらい、私どもは任意で話をつけたわけでございます。それから第二期工事区域につきましても、すでに民有地の八三%は任意の話し合いを私どもつけたわけでございます。ですから、第一次代執行以前にほとんど敷地内の大多数の方々との話は任意でつけたわけでございます。たまたま代執行をやったから、それを契機にして農民との話し合いをつけるというふうな意味で実は申し上げたわけではないので、初めからそういう努力を
大臣の御答弁を補足して私から説明させていただきたいと思いますが、農家の代執行あるいはまた先般行なわれました裁判所の仮処分決定に基づく強制執行等の農家の被害につきましては、私どもは、現実にたんぼが荒らされたあるいはまた落花生の畑が荒らされたというものにつきましては、県あるいはまた市の関係の機関にも御相談申し上げて、被害額を算定してこれをお支払いするというつもりでおるわけでございまして、現実に先般の強制執行に基づく農家の被害に対しては損害を補償いたしております。 それからなお、今後についても同様に考えておりますが、商店が戸を締めて営業ができなかったというふうな点については、まだそこまで——いままではそういう計算がなかったものでござい
現実に仕事を私どもでいたしておりますので、大臣にかわりまして私から御答弁申し上げたいと思います。 飯場あるいは事務所、作業所というものがすでに数十回にわたって放火その他の被害を受けておりますし、それからまた、単にそういう建物だけでなしに、現実にあそこで動いておる重機関係あるいは自動車というふうなものが相当な被害を受けております。これは私どもとしては現在空港工事には日本としては一流の業者の方々に作業をお願いしておるわけでございますが、全くこういうふうな作業環境というものは日本のどこにも存在しないわけでございます。したがいまして、私どもは工事契約とは別にそういったふうな損害については明確に損害額を算出して御提出をいただき、それに対し
鉄塔の撤去作業につきましては、十六日の大体午後三時ごろから始めようということで作業班が準備をいたしたわけでございますが、何ぶんにもその鉄塔自体の科学的な強さというふうなものをあらかじめ正確に判断することができない。しかし、私どものほうとしては比較的弱いものではないかという認識は持っておったようでございます。したがいまして、何とか材木で補強するなり、あるいはまた補強した材木と鉄塔とを全体をなわで拘束するなりというふうなことで、非常に慎重に準備をする段階であったようでございます。ただ、その間に鉄塔の下部の形鋼の一部にねじれが生じておるということを発見いたしたわけでございます。これは後に鉄塔を調べたところが、あれだけの人数があの上に乗って
お答え申し上げます。 徳安先生のおっしゃるように、第一期工事区域については三カ所を除きまして、工事はこれによって著しく進展すると思いますが、今後の私どもの反対派に対する姿勢と申しますか、あるいは信念と申しますか、そういった点について一言申し上げたいと思います。 私どもは従来敷地内の反対派農民の方々、これは第二期工事区域に現在約三十世帯ほど残っておるわけでございますが、こういうふうな人たちに対しましては、代替地についてのお話し合いというものを中心にして円満に解決するように、今後全力をあげていきたいということでございます。 それからなお、空港開設後の騒音問題について非常に不安を持っておられる空港の南側の、特に山武郡芝山町の人
まことにおっしゃるとおりでございまして、空港位置決定以来、私どもの至らなかった点も多々あると思います。 ただ私自身、昭和四十三年にようやく大多数の地主さん方との間に価格協定ができますまではほとんど成田に参りまして、あるいは一週間、十日というふうに現地に泊まり込んで実際農民の方々とお話し合いをした結果、当時反対運動の渦の中にあった三里塚の空港予定地の中で、ほとんど大多数の方々の賛成を得て、円満に土地を売り渡していただくということもできたわけでございますが、その後、私どもとしてもやはりできるだけ現地の方々と話したいということで、実際に私自身つい最近まで、従来反対しておられた農民の方とも現実にお会いをいたしているケースがございます。た
パイプラインの問題につきましてお答え申し上げたいと思います。 先生の御指摘のとおりでございまして、通常のガス管その他と違いまして、パイプラインは港頭から空港まで行くというだけで、地元には何らのメリットがないという問題があるわけでございまして、現在私どもは、特に千葉市内につきましては、団地の自治会あるいは町内会、部落会等に対して個別的な御説明を申し上げておりますが、総合的には、千葉市あるいは関係する四街道、佐倉、酒々井、富里、成田というふうなところの市当局と十分協議いたしまして、そういった問題についても、今後公団側としてどういうふうな答えが出るかというふうな面について、十分協議をいたしていきたいと思います。
お答えいたします。 先ほど来大臣も申し上げておりますとおり、できるだけ代執行等の措置をとらないで、話し合いで片づけるという線で努力したいと思っておりますが、さしあたって、先生御指摘の第一期工事区域内に残る三カ所についての問題でございますが、唯一の民家でございます藤崎恒治さんという方のお宅でございますけれども、四千メートル滑走路の先端の西側の空港敷地のボーダーライン付近に位置いたしておりまして、私どもの職員がたびたび行って実はお話をしておるわけでございます。代執行直前までは、ちょうど先般の代執行で つぶれました駒井野の団結小屋のすぐ近くでございまして、学生の人たちが終始恒治さんの家を監視しておるというふうな状況で、十分な話し合
まず最初の御質問でございますが、社会党国会議員団の共有地の登記の関係でございますが、この土地はすでに先般の代執行で消滅したわけでございますけれども、元来駒井野という部落の藤崎米吉という方、これは非常に強い反対派でございましたけれども、先般私どもとの話し合いで、他の所有地を合わせて売っていただいたのですが、この方の持っておられた土地でございまして、約三百坪程度のものじゃないかと思いますが、昭和四十二年八月十日に、当時存命中の小川三男先生外国会議員団五十五名の方々の連名で買い取りまして、登記は昭和四十四年の十月の十七日に登記されております。 それから第二、第三の点でございますが、実際に名前を連ねた先生方が、現物を見ておられたかどうか